戦いたくない、でも生きるために
ロッテンとアルバは実技試験の会場に向かうために舗装された道を歩いている。歩行者はアルバとロッテンだけだ。
ロッテンはアルバが逃げ出さないように手を繋いでいる。アルバはロッテンの歩幅に合わせるの為に早歩きをする。アルバは逃げ出そうと、ロッテンの手の中から手を引き抜こうとするが、握力が強く引き抜く事ができない。アルバの表情は暗く、足取りも重い。アルバの足取りが重くとも、転ばない為には速歩きするしかなかった。
アルバとロッテンは舗装された道を歩き、ミューケが所有する研究施設の前までやってきた。ロッテンがドアノブを握ると解錠音が鳴る。ロッテンは解錠音が鳴ったのを確認して、ドアを開けて中に入る。ロッテンはアルバの手を離す。ロッテンはアルバを置いて白い廊下を進むと、微動打にしないアルバに気づいて後ろを振り返る。すると自分の肩ぐらいの身長であるアルバに目を向けて言う。
「私は観戦室に行きます、貴方はホワイトボックスに行きなさい」
アルバは返事をするとロッテンとは別れてホワイトボックスを目指して白い廊下を歩く。
アルバが白い壁に囲まれた部屋へと入る。アルバが肩の荷を下ろす。肩の荷を下ろして気軽になったはずのアルバの表情はロッテンと別れる前よりも暗くなりずっと白い床を見ている。
程なくしてアルバの対面側から一人の男が両開きの自動扉から入ってくる。扉が横に開くとアルバより身長の高い細身の青年が入ってきた。青年は指先に吸盤の付いた黒い手袋を着けていた。
ロッテンは電気の付いていない暗い部屋で足を組み、頬杖をついた状態でモニター越しにアルバを観察している。
細身の青年が言う。
「まだ幼い子供を傷つけるのは気が引けますが、致し方ありません、ミューケの後継者を目指すもの同士恨みっこなしです!」と言うと、握りこぶしをアルバに向ける。
アルバは小声で言う。
「そんなになりたいなら譲りたいよ」
手袋を付けた男が胸に手を当てて言う。
「私の名前はエルス・ネットマグ、君の名前はなんだい?」
アルバは弱弱しい声で言う。
「俺の名前はアルバ」
室内にアナウンスが流れる。
「第一回実技試験を始めます、ミューケの後継の候補者である残り四名の内、二人が対面して戦います。勝利条件は対戦相手を戦闘不能にさせる事です、勝者のみが王家の後継として生き残れます」
室内にアナウンスが二回鳴り響く。音声の余韻が無くなると白い壁で覆われた部屋、通称ホワイトボックスが変化する。部屋は暗くなり上部には綺麗な夜空を移す。そして部屋は工事現場へと姿を変えた。周りには鉄骨や建設途中の縦長の建物が現れた。建築物は一階から三階までは壁や床があるがそれ以上、上の階になると鉄骨が剥き出しである。屋根はまだ完成しておらず、星の光が建設途中のアパートを照らす。
エルス・ネットマグは言う。
「工場ですか、私に有利なフィールドですね」
アルバは跳ねるように立ち上がり初めて見る鉄の棒や建物に驚いて咄嗟に発言していた。
「なにここ、エルベスでは見たことない物が沢山ある!」
先程まで俯き拗ねていた人とは思えない程、はしゃいでいた。その光景を見たエルス・ネットマグは困惑した様子で言う。
「今が試験中だという事を忘れられては困りますよ」
エルス・ネットマグが右腕を横に伸ばして手の平を広げると地面に転がっていた鉄パイプがエルス・ネットマグの手に吸い寄せられた。エルス・ネットマグが鉄パイプを握ると、エルス・ネットマグが握っている鉄パイプに向かって鉄くずたちが集まりくっ付いていく。鉄パイプは最終的には大きな斧になった。
エルス・ネットマグはアルバに聞こえるように大きな声で言う。
「全力で行くぞ!」
そう言うとエルス・ネットマグは走り出し、斧が届く範囲内まで距離を詰めると、アルバに向かって斧を振り下ろす。アルバは後方に飛び斧を避けようとするが斧の刃先がアルバの胸をかすめる。アルバは後方にあった建設途中の建物に背中を合わせ、傷口を手で抑えている。
アルバは痛みで顔を歪ませて溢れ落ちそうなほど涙を浮かべて言う。
「死にたくない」
エルス・ネットマグは余裕のある表情でゆっくりと歩きアルバに近づいてくる。エルスは斧を手から離し捨てると一本の先端の尖っている捻れた鉄の杭を手の中に引き寄せる。
エルス・ネットマグは杭を振り上げる。エルス・ネットマグの手から杭が離れる寸前に言う。
「マグネッ投」
そう言うと杭にSという文字が浮かび上がりアルバの後ろにある壁にはNが浮かび上がった。
エルス・ネットマグが手から離し投擲すると、凄まじい速度でアルバに向かう。アルバはあまりの速さに反応出来ず、半身程ずらす事しか出来なかった。そして杭はアルバの左肩を貫き、壁にくっ付いた。アルバは肩を貫かれた激痛によってその場に倒れ込んだ。アルバは痛みに耐えながら叫び、アルバの目からは涙が流れていた。
アルバは言う。
「本気で殺しにきてる、俺はまだ死にたくない」
エルス・ネットマグはアルバに向かって言う。
「泣いてる場合じゃないよ、死にたくなければ戦うんだ」
アルバは立ち上がり涙を拭うと真剣な眼差しでエルス・ネットマグを見て言う。
「わかってるよ、生きる為に俺は全力で戦って、君を倒してみせる」
エルス・ネットマグは杭を手の中へと引き寄せて掛け声と共にニ投目を投げつける。
「マグネッ投」
アルバは飛んでくる杭を避けて、全速力で走りエルス・ネットマグに接近する。拳の届く距離までエルス・ネットマグに接近して、エルス・ネットマグを殴りつけようとするが、エルス・ネットマグがアルバの拳を手袋をつけた手の平で受け止める。
エルス・ネットマグは言う。
「磁石化からの反発です!」
するとアルバの体は一瞬鉄のような色になり、後方にある建造中のアパートに向かって吹き飛んでいった。アルバは建物の壁に当たり破壊すると、瓦礫の山にぐったりと腰を掛けて口から血を吐いた。
エルス・ネットマグは手の平を見ると笑みを浮かべる。そしてアルバに視線を向けて、自慢げに言う。
「アルバ君も気が付いていると思うけど、私の霊力は鉄を引き寄せる引力と対称を一瞬の間磁力を帯びさせる磁石か化の二つです」
エルス・ネットマグは手の平を胸元に当てて自信に満ち溢れた顔つきで言う。
「このフィールドでは無類の強さを誇ります、アルバ君には絶対負けませんよ」
エルス・ネットマグは止めを刺そうと杭を引き寄せる。
アルバはその光景を観た瞬間に建物の中に背を向けて逃げ込んだ。
エルス・ネットマグはアルバに向かって杭を放とうとするが、思い留まった。
(流石にアルバ君も背を向ければ死のリスクがあるという事ぐらい分かっているはず、先程の無謀な攻撃も今の行動にも何かしら理由がある)
エルス・ネットマグは不敵な笑みを浮かべて建物にいるアルバに聞こえるように大声で言う。
「私がその気になれば君が背中を向けた瞬間に君を戦闘不能に出来た!」
アルバは三階の壁に体を合わせてしゃがみ、星が輝く夜空を見上げながら、荒れている呼吸を整えている。そして建物内に響くエルス・ネットマグの声を聞いて、立ち上がるとエルス・ネットマグに聞こえるように言う。
「倒せる時に倒さないと後悔するよ」
エルス・ネットマグは言う。
「分かっているさ、私は慎重に立ち回るのが癖でね」
エルス・ネットマグは言う。
「相手を分析しながら、相手に対応を押し付けるのが定石さ」
エルス・ネットマグは手袋の吸盤でトカゲのように壁に張り付き、無音でアルバに近づく。
*
アルバは三階へと上がる階段を見張りながらどうやったらエルス・ネットマグを倒せるか考えていた。
(俺の霊力だとエルス・ネットマグを倒すにはまだ力不足だし、なんとか持久戦に持ち込んで勝機を掴みたい)
アルバが考えていると上から何かが降ってくる。
アルバは言う。
「上?!」
アルバはその気配を感じ取り後ろ振り返ろうとするが間に合わずエルス・ネットマグに首根っこを掴まれ床に叩きつけられてしまう。アルバの額が硬質な床に叩きつけられて、額から血が流れる。アルバは苦しそうな声を上げる。徐々に首を絞める力が強くなる。アルバ歯を噛み締めて唸り声を上げながら耐える。
エルス・ネットマグは楽しそうに笑みを浮かべて言う。
「このままでは死んでしまうよ、さてどうやって対応すんだい?」
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