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あやかしのなく夜に  作者: 麻路なぎ


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12 幼馴染の知らない一面

 暗い山を下り、自転車を止めたところまで戻る。

 僕はリモを籠の中におろすと、彼はふう、とため息をついた。


「よかった……」


「え? 何が」


 自転車のロックを外しながら尋ねると、リモはでん、と籠の中で座り縁に手を掛けた。


「おぞましい気配がしたのであのままあの場所にいたら紫音さんたち、危なかったかも……」


「え、おぞましい気配って何?」


 臨が声を弾ませリモに問いかける。

 その勢いに気圧されたのか、リモは身体を引きながら戸惑った様子で言った。


「え? あ、あ、えーと……さっきの幽霊が怒ったじゃないですか? その時すっごい怖かったですが、それよりも怖いものが近づいてくる気配が……」


「あー! そう言われると気になる!」


 臨は頭を抱え、今下りてきた道を振り返った。


「臨、何考えてんだよ?」


 呆れつつ僕は臨を半眼で見つめた。こいつ、こんなテンション高くなるやつだったのか……? 俺の知っている臨と何か違う気がする。

 彼はこちらを振り返り、真顔で森を指差して言った。


「だって、あの化け物に会えたかもしれないんだよ? 残念すぎて残念なんだよ」


 とりあえず、かなり残念に思っている、と言う事だけはすごく伝わってきた。

 僕は自転車のスタンドを蹴り、それをそのまま帰る方向へと向ける。


「ほら、帰るぞ臨。リモが怯えてるじゃねーか」


「えー? じゃあせめてこの後俺の家に来てよ。この子と話したいから」


 その申し出を断る理由はなく、途中、スーパーで買い物するときに親に臨の家に泊まる旨を伝え、そのまま臨の住むマンションへと向かった。




 土曜日の夜。

 駅前には若いカップルの姿が目立つ。

 狸を連れて歩く僕らは悪目立ちする。

 ワーキャー言われてリモはまんざらでもないらしく、手なんて振って愛想を振りまいていた。

 写真を撮られたような気がするので、もしかしたらSNSに投稿されているかもしれない。

 内心うんざりしながら臨の住むマンションにたどり着き、僕はリモを抱えて中へと入って行った。

 臨の部屋に入るなり、僕はソファーに倒れこみ天井を見つめる。

 疲れた。

 いや、僕はたいして何もしていないけれど。

 僕は戦えないしな。

 幽霊はいた。しかも腹を斬れとかいう、おかしな女の幽霊が。

 あの幽霊は、少し前にあった事故の犠牲者だろうか。

 この町で起きた事件事故について、僕は調べないことにしている。

 きっと、関係者の悲しみの記憶を消すことになるから。

 だから余計な知識を入れたくなかった。

 僕のもつ、悲しみの記憶を消す力。

 今まで何人もの記憶を消してきたが、どれひとつ覚えている記憶はない。

 人は生きる上で不要な記憶は忘れるようにできている、と聞いたことがある。

 実際僕は、吸い上げた他人の記憶なんてほぼ覚えていないし、思い出すこともない。

 それでも覚えている、彼ら彼女らの持つ後悔の念。

 亡くなった人に対する想いは、僕の記憶の欠片に刻まれている。

 だから、あの幽霊が誰かに何かを伝えたいなら、伝えるべきではと思ったのに。


『残された人は幸せだと、紫音は思うの?』


 臨の言葉が頭の中で繰り返される。

 僕の想いは独りよがりのものなのだろうか?

 あの幽霊に後悔はないのだろうか?

 いや、ないわけじゃないだろうな……

 妊娠中に死んで、お腹にいた赤ちゃんが泣き叫んでて、それであの人も成仏できずにいたんだから。

 考えるだけで心が痛い。

 一年の内に亡くなる人は百万人を超える。

 大半が病気によるものだけれど、不慮の事故によって亡くなる人は三万人程度だ。

 死は日常にあるし、そのひとつひとつに構ってなどいられないことくらいわかっているけれど。


「死んだ人は、残した人たちに何かを伝えたいものだと思っていた」


 けれどあの幽霊はそんなこと一言も言わなかったな。

 いや、聞く暇なんてなかった気がするけれど。

 そんな事より早く逝きたかったんだろうか?


「紫音。大丈夫?」


 ソファーの後ろに立つ臨が僕の顔を覗き込んでくる。

 大丈夫か、と言われたらよくわからない。

 今日は色々あり過ぎた。

 僕は身体を起こしてソファーに腰掛けながら言った。


「臨」


「何」


「お腹すいた」


「お菓子食べたら?」


 笑って言って臨は移動し、僕の隣に腰かける。


「そんな気分じゃねーんだよなあ……」


「その割には随分買い込んだよね」


 臨の言うとおりだった。

 帰りのスーパーでパンやポテチ、チョコレート、飲み物などを色々と仕入れてきた。

 それらがテーブル上やその横に置かれたエコバッグの中に入っているのだが。

 普段ならそれらを食い尽くす勢いで次から次へと袋を開けているところだ。

 だが、今の僕の気持ちはかなり沈んでいる。


「臨」


「何」


「お前、容赦なくあの幽霊をぶった斬ったよな」


「そうだね」


「本当にそれで良かったのかなって思ってさ」


「もし、彼女がお腹の子供以外に未練があったなら言ってきたと思うよ? でも彼女は言わなかった。てことは彼女の未練はお腹の子供だってことだよ。この世に残されている人じゃない」


 臨の言葉は、鋭い刃となって僕の心に突き刺さる。

 わかってる。

 わかっているのに僕は……死者は生者に必ずしも縛られるわけじゃない、という現実に、勝手に打ちひしがれている。

 今まで記憶を消してきた人々は、大切な人を失った人々の多くは死者に縛られていた。

 だから死者もまた、生者に想いを残していると思っていた。

 あの幽霊だけが特別違っただけだろうか?

 この問いに対する答えは出しようもない。

 僕は、テーブル上に置いてあるポテチに手を伸ばし、勢いよく袋の口を開けた。

 袋からあふれる辛い匂いが、僕の空腹中枢を刺激する。

 僕は袋を手に持ったまま、ポテチを貪り喰った。


「あれ、そんな気分じゃなかったんじゃないの?」


 笑いながら言う臨はカフェオレを飲み、手にはチョコのクッキーを持っている。

「お前、そんなカロリー過多でよく体型維持できるよな」


 半眼で臨を見て言い、僕はポテチを口に放り込んだ。


「えー? まあ、僕は結構動くしそれに、力使うと体力の消耗激しいんだよね。だから太りにくいかも」


 そして臨はクッキーを口に放り込んだ。


「そう言う紫音は? お菓子ばっかり食べてない?」


「記憶を吸い上げると食欲なくなるんだよ。だから食べられるときに食べておかないとなんだよ」


「そうだよね。紫音が見る記憶って、その人が忘れたい、辛い記憶ばかりだもんね。すごいリアルなものとかあるんでしょ?」


「あるけど……しょせん他人の記憶だからな。ほとんど覚えてねーよ」


 完全に忘れてるか、と言ったら何かしらは覚えているとは思う。だけどどの記憶が誰のものかなんてわからないし思い出そうとも思わなかった。


「生きる上で必要のない記憶は忘れるようになってるって言うね。他人の記憶なんて、確かに覚えておく必要なんてないもんね」


「そうそう。だから、あの化け物を見た人の記憶を書きだしたんだよ、忘れても大丈夫なように」


「おふたりとも、人間なのに不思議な力をお持ちなんですね!」


 その辺を探検していたリモが、僕の膝にひょい、と上りながら言った。


「そうだ、俺は君と話がしたかったんだ、リモ君」


 臨が目を輝かせ、リモを見つめる。

 この目はさっき、幽霊を見たときの目と同じだ。

 僕が臨と知り合い十年以上たつ。

 なのにこいつについて知らないことが多い。

 リモは僕の膝に座ると、臨を見上げて言った。


「おいらと話したいなんて、人間は変わっておりますね!」


「俺にとって、君は怪異そのものだからね。話したいに決まってるじゃないか」


 臨の声は、妙に弾んでいて正直気色悪かった。

 リモは臨の言葉の意味が分からないようで、首を傾げている。


「怪異、ですか?」


「そうだよ、怪異。不思議なこと、って言えばいいのかなあ。俺は不思議な出来事が好きなんだ」


「おお! 不思議なことですか! おいらにとっての不思議はおふたりがおいらとお話しできることです! なんでおいらとおしゃべりできるんですか?」


「え、そうなの?」


 臨が言うと、僕とリモは頷く。

 僕の家族は誰もリモと会話ができない。

 僕がリモと話ができると言っても冗談を言っていると思われ、本気にされていない。


「えぇ。昔はちょいちょいお話しできる人間、いたんですけどねえ。最近はさっぱり。なので、おいら、ふたりとたくさんお話しできてうれしいです!」


 リモは顎に両手を当てて声を弾ませる。

 ていうか膝の上乗られると結構重い。


「ところでお前、さっき言ってた怖いやつって何者なんだ?」


 僕が言うと、リモはばっと僕を振り返り、尻尾を上げて言った。


「え? えーと……さあ……」


 そうかこいつ、噂の化け物の姿見てないのか。

「いつからその化け物は現れるようになったんだ?」


「おいらが出会ったのはこの間の満月の日ですが、気配自体はだいぶ前から……えーと……」


 言いながら、リモは指折り数えはじめる。


「たぶん、満月三回くらい前ですかねえ?」


 満月三回前……ということは三か月くらい前、ってことか?


「紫音さんは化け物を捜しているんでしたっけ? なんで捜しているんですか?」


「それは……」


「それは襲われているのが猫だからだよ」


 僕の代わりに臨が答え、それを聞いたリモは尻尾を震えさせた。

 カタカタと歯を鳴らせ、僕の方へと振り返るとがしり、としがみ付いてきた。


「まさかおいらを囮にするつもり……?」


「ンなわけあるか!」


「そもそも狸を食べるかもわからないしねー」


「も、も、も、もしかして、あの満月の夜においらがきいた断末魔とぴちゃぴちゃって音は……おいら喰われてたかもしれない……?」


 がたがたと震えるリモの肩を掴み、僕は声を上げた。


「喰われなかったからここにいるんだろうが! 過ぎたことはどーでもいいだろ、今お前はここにいるんだから」

 

 するとリモは手を叩き、にこっと笑って言った。


「それもそうですね! いやあ、紫音さんに拾っていただきおいらは幸せです」


「そうそう、お前は幸せなんだよ」


 そもそも例の化け物がリモに気が付いていないはないと思う。

 それでもリモは襲われていないのだから、餌とは思われていないのだろう。

 ……猫が餌になっているのだとしたらそれはそれで許せねーけれども。

 いや、じゃあ他の生き物はどうなんだ……

 やめよう、考えるのは。

 僕はポテチを口に放り込んだ。


「ねえリモ、君以外にも妖怪っているの?」

 臨が言うと、リモは僕にしがみ付いたまま、こくり、と頷いた。


「当たり前じゃないですかー! 猫とか狐とか、いろいろおりますよ! そういえば、最近狐さん見かけないですねえ」


「それって、あの山に住んでんの?」


「はい! お山には昔から色んな妖怪が住んでいるのですよ! 何せ天の使いの狐が降りたとされる、神聖な場所でしたからね! 強い妖気が溢れているのでおいらたちの楽園なんですよー」


 神聖な場所なのに、あんな幽霊がいたのか……?


「妖気が溢れているんで、色んなものを引き寄せるんですよ~! 幽霊さんも時々いらっしゃいますね!」


「じゃあ、リモ、あの場所にいったら他にも色んな怪異に出会えるの?」


 臨が喜びあふれる声で言うと、リモは頷いた。


「はい! ですが皆がみんな、人間を好きなわけではないので……どちらかと言うと嫌いだったり苦手だったりするんで、襲われる可能性も」


「俺なら大丈夫だよ! あぁ、見てみたいなあ……他の妖怪」


 うっとりとした顔で、あらぬ方向を見つめる臨が、正直怖い。

 こいつ……こんなにオカルト好きだったのか。

 まじで知らんかった……

 僕はポテチを食い尽くすと、次はクッキーの袋を開けた。

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