パルランド-3
二人が立つのは、かつて館があった場所。
何もない荒野に、回想の中でかつての景色が作り出される。
「ここが中庭だった。木にブランコがあって……おまえを押してやったものだ」
「……ここには東屋がありましたね」
「ユーリは読書ばかりしていたな。俺は遊んでほしかったのに」
「などといって、いつも剣術ごっこでした。私は剣に自信がないというのに」
「そうだったっけ」
「そうですよ。苦手と言うと『克服させてやるぞ』と躍起になるんですから、全く」
「すまんすまん……じゃあやるか? 剣術ごっこ、久し振りに」
「勘弁してください、私はもう歳ですよ、……」
自らの言葉に、ユリウスは兄との時の隔たりを感じて言葉を切ってしまった。視線を逸らす弟に、「気にしてないさ」という意図で兄は笑う。
「うん、老いたなユリウス。でも素敵な老い方だ。貫禄があるし、堂々としてて、格好いいよ」
――昔は、もっと弱々しくて、か細くて、本の虫で。俺が護らねばと思っていたのに。
「ついでに腹も出たな」
もう「もっと食べなさい」と言わなくてもいいようだ。マリウスは弟の腹をポンと叩いた。「一言余計です」と彼は眉根を寄せた。
……それから一間。
「あと十数年もすれば、私もアウレリア様もいなくなるんですよ」
「そうだね」
「私がこうしてここを訪れるのだって、あと数回かもしれないんですよ」
「うん、そうだね」
「……マリウス、頼むよ……一緒に帰ろう……」
俯く彼の声に、涙が浮かび始める。
「私は君を『帰す』為に、ずっとずっと努力してきたんだ。なあ……もういいだろう、マリウス……君に『おかえり』と言わせてくれ」
「優しいなあ、ユリウスは」
穏やかな声で、騎士は言った。
「こんなに優しくて気のいい弟を持てて、俺は幸せ者だよ。……許せ、おまえの人生を縛ってしまった。自由に生きろ、なんて、言われた方からすると身勝手すぎるんだろうな。ありがとうユリウス、……すまなかった。よく頑張ってくれた」
それでも、と彼は続けた。
「俺は戦うよ。おまえ達が住む場所を、そこで生きる命を、未来を、護れているんだ、こんなに名誉なことはない。――どうか俺を憐れんでくれるな。どうか俺の手で、これからもおまえ達を護らせてくれないか。それが俺の何よりの誉れで、『幸せ/生きる意味』だから」
「マリウス……」
ユリウスは何も返せず、ただ地面にぱたぱたと涙の跡を作るのみだった。
灰塵卿はそっと弟を抱き締める。もう一度、「ありがとう」と心からの言葉を告げて。
「――これをアウレリアに」
体を離すと、自分の灰の身体の一部を一輪の薔薇に変えてみせた。小さな灰色の薔薇だった。
「そうしてこれで最後だと伝えてくれ。さようなら、と」
自由に生きろと放り出したせいで絡めてしまった鎖を、「さようなら」で切る為に。
受け取る弟は、しかと頷きを兄に返した。兜で見えないけれど、マリウスは確かに微笑んでいた。
「……ユリウス、もう行きなさい。振り返らずに」
騎士は無尽竜が封じられている場所へ向く。傷だらけのその剣に、手をかけながら。魔素が揺らいでいる。小竜が発生する予兆だ。
戦わねばならなかった。愛したものを、護る為に。
「マリウス! ……また来る。必ずだ」
「ああ、ユリウス。その時はお茶でもどうぞ」
反対方向へ、兄弟はそれぞれ歩いていく。
歩みの中で灰塵卿は、弟との会話のおかげで思い出せた少年時代を思い返していた。
無垢で、美しい、未来は輝いていると思い込んでいた、あの日々。
いつか焼け落ちて忘れてしまうだろうから、今、しっかりと噛み締めておこう。
恐怖はない。後悔もない。絶望もない。悲哀もない。
たとえ擦り切れて塵となっても。生きた日々に、無為はない。