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無尽の騎士の或る話  作者: あまひらあすか
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パルランド-2

ソファに腰かけ、向かい合う。

 ユリウスは手にしていた鞄から書類を取り出すと、兄の方に向けて卓上に置いた。これは「読め」だ。なので灰塵卿はガントレットの指先でそれらを取り、目を通し始める。

「ユリウス……これは、」

 その声には驚愕が滲んでいた。


 ――魔法屋や勇者、探索者による武装戦力が、この地の管理を行う旨の計画書だった。


 魔法屋は言うまでもなく、迷宮と呼ばれる純魔力生物に踏み入る探索者、果ては生物兵器たる勇者までも駆り出されている。腕に自信があるのならば種族も問わない、とも。

 本計画に参加できるのは、そんな中でも試験に合格した精鋭部隊のみと記されていた。


「兄上。もう帰りましょう。彼らに任せて、都市で私達と普通に暮らしましょう」

 弟の眼差しは、切実だった。

「あなたはもう十二分にがんばったではないですか。もういいじゃないですか。退いたところで、誰があなたを咎められるでしょうか。……もういいのです。もう立ち止まってください、兄上」

 表情は冷静だ。しかし脚の上で、ユリウスは拳を握り込む。


 都市の民へ無為に不安を与えない為、『ここに無尽竜が封印されている』とは大々的にされていない。秘匿されている訳でもないが、それでも知る人ぞ知る情報だ。これは灰塵卿の意向でもあった。

 しかしユリウスは、こんなにも兄が身を削ってまで戦い抜いているのに、称賛も何もない、一部の者が呼ぶ『灰塵卿』という異名だけでは、あまりに虚しいではないか――そう思っていた。

 兄は称賛されるべき偉人なのだ。

 それ以前に、ひとりの人間なのだ。

 労われ、報われて、安寧を得てもいいはずなのだ。


「そうか……」

 マリウスはじっくりと、書類一枚一枚に目を通して。

「いやっは~よくできているじゃあないか。おまえが作ったのか? ユーリは昔っからこういうの得意だもんなぁ! まつりごとに関してはほんと、お兄ちゃんより上手だよおまえ」

「……」

 ユリウスは複雑そうな顔をした。


 ――兄のそれは昔と変わらないリアクションだった。

 だけど昔は、もっと荘厳な物言いだった。一人称も「俺」ではなくて「私」だった。


(何が兄をこうさせた? 記憶の磨滅による人格破綻? 過酷な場所に居続ける為に、自我を防衛すべくわざと飄々としたふるまいを?)

 脳裏をよぎるのは、かつての兄の姿だった。鎧ではなく生身の人間で――凛と麗しく、明朗で勇敢で、自慢で憧れの、若き領主で――


『よくできているじゃあないか。きみが作ったのか? ユーリは昔からこういうのが得意だね。まつりごとに関しては、領主の私顔負けだよ、ははは……』


 ユリウスはかつて、兄の右腕としてこの領地の運営に関わっていた。

 先代である父が病で逝去した後、二人で力を合わせて。大変ではあったし、父を喪った悲しみはあったけれど、やりがいはあった。

 ずっとこんなふうに、ここで兄を支えて生きていくのだと、そう思っていた。


 運命が変わったのは、あの日。


『ユリウス、きみは逃げなさい』

『なぜ! 私も残ります!』

『きみが民を導くんだ。……ユーリは頭がいい。私の剣よりきみのペンの方が、多くの人を活かして救うことができる。頼んだよ』


 そうして、爆炎に包まれる領地から民と共に逃げ延びて。

 着の身着のまま放り出された民をどうにかするべくの対応に忙殺されて。

 どうにか彼らが宿無しにならず、食べ物に困らず、都市社会に順応できるように交渉して手配して。

 その手腕が認められて、いつしか都市のまつりごとに関わるようになっていた。


 ……それから、長い時が経ってしまった。


 この計画案はユリウスの政治家としての最後の仕事になるだろう。これまで積み上げてきたありとあらゆるコネや権力の集大成が、この計画だった。

 ようやっとだ。ようやっと、あの日、ここに置いてきてしまった兄を迎えに来れる。

 悲願だった。あの日から受け続けた、自分だけが無事で平和な生活を送るという『罰』の、ようやっと清算ができる。


 ――しかし。


「それで、俺の代わりに派遣される若者が死傷していくのを承諾しろと?」

 灰塵卿は、計画書を卓上に置いた。

「『俺は最強』などと驕るつもりはない、この部隊に参加できる者がつわもの揃いになるだろうことも信頼ができる。けっこー厳しい試験も用意するみたいだしね。……だが、それでも『俺が死なない』ことは真実だ。未来ある若者が傷つき死んでしまうよりも、ずっとコスパがいいと思わないか?」

「……兄上、何をおっしゃるのです」

「こういう若い子には帰りを待つひとがいるんだ」

「だったら兄上、あなたもではないですか!」

 思わずユリウスは立ち上がって声を張っていた。

「アウレリア様のこと、忘れたとは言わせませんよ」

「……!」


 アウレリア。

 ――灰塵卿の許嫁だったひと。

 婚約直前に竜災が起きた為、正式に籍は入れていない。

 彼女は無尽竜侵攻時に都市へ避難し、それ以来マリウスとは会っていなかった。


「あの方はずっと兄上の帰りを待っておられる。婚約もせずに……ずっとたったひとりで……あなたを愛しているのですよ、今も!」

「それは彼女が選んだことだ。俺はアウレリアに――」

 ふと、思い出した。嗚呼、あの言葉は。

「――『私のことは忘れて、自由に生きなさい』。あの日、そう伝えた」

「……些か身勝手ではありませんか」

「そうだよ、これは俺のエゴだ。俺はあの日、領民よりも愛する女を優先して逃がしたんだ。多くの領民が逃げ遅れて死んでいったなか、領主として平等にあらねばならぬ俺は、民よりも私情を優先した。女の前でいいかっこしたかったんだ。馬鹿だろ?」


 灰塵卿にはもう、彼女の顔も思い出せない。声も、瞳の色も、抱き合った時のぬくもりも。

 ――アウレリア。


「これは俺の罪。だからこそ俺だけはここから逃げない。領主として、俺の領地を護り続ける。それが俺の『戦える理由』の一つだ。それに……」

 一つ思い出せば、またひとつを思い出す。アウレリアを見る弟の眼差しを。ユリウスが密かにアウレリアを慕っていたことを。

「うん。ユリウス、おまえに彼女を任せるよ。おまえなら、彼女と共に歩んでいけるんじゃないか? 俺よりも、おまえの方が……アウレリアを幸せにしてやれる」

 弟は俯いたまま無言だった。それきり、会話は途切れてしまって。マリウスは小さく笑う。

「……ユリウス、少し散歩しようか。おまえと過去を懐かしみたい。昔話をしてくれないか」


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