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無尽の騎士の或る話  作者: あまひらあすか
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殉教-1

見渡す限りの不毛の荒野。

 灰のように白んだ大地には、草木一本生えていない。


「ここが件の……」

 ローブのような上着をすっぽりと羽織った乙女エレインは、フードを脱いで周囲を見渡した。ふう、と汗を拭いつつ、地図を見る。ここで間違いない。――『灰塵卿』の領地。


 マリウス・グラウ・ツァハリアス・フォン・ロートス。

 魔素に適応せし種族こと魔族の騎士であり、『灰塵卿』の異名を持つ男。

 かつての竜災――『りゅう』達による大規模攻勢――において無尽竜が発生した際、無尽竜の侵攻先にある魔族の都市を護るべく、ここでかの竜を塞き止めて封印までしてみせたという、魔族にとっての『偉人』。

 しかしその『偉業』と引き換えに、無尽竜との戦いで彼は多くの領民を失い、緑豊かだった領地もこの通りの荒地になってしまった。

 話によると、今も『領主』は封印維持の為に、この地を監視・管理しているようだが――。


(あれか……)

 なにせ他に建造物など何もない(瓦礫ばかりが転がっている)、すぐ目についたのは、ぬっくと聳える白亜の塔であった。味気のない小さな見張り塔だ。『彼』はいるのだろうか、エレインは天辺に目を凝らした。

「なにしてんの?」

 後ろから話しかけられたのはそんな時だった。ぎょっとして振り返れば、そこに灰色の鎧が立っている。襤褸の外套が風になびいた。表情は瀟洒な兜に阻まれ窺えない。彼は――先程の声は明らかに男性のものだった――そんな兜の頭を傾げてみせる。

「こんなところに人が来るなんて珍しい。もしかして移住希望者とか?」

「移、住、ですか、?」

 ひょうきんな物言いなので立て続けに呆気にとられる。鎧の男はからから笑って「冗談だよ」と言った。

「だってここは人が住めるようなとこじゃないからね。きみ、何者か聞いてもいい? 一応俺、ここの土地の管理人だからさ」

「管理人……もしかして、あなたが灰塵卿ですか?」

「いかにも。俺がマリウス・ツァハリアスだ」

 言葉終わりの間が「で。きみは」と問うている。エレインは領主へと丁寧に一礼をした。

「エレインと申します、マリウス卿。あの……いきなり上がり込んでしまってごめんなさい、私はこの辺りの環境調査に来たんです。竜災について調査していて……」

「竜災について?」

「はい。『りゅう』が引き起こすことは人智を超えていますから……少しでも竜災のことが分かれば、人々の役に立つかもしれないのです」

「なるほどーいいね」

「……調査を許可して下さる、と捉えても?」

「いいよ」

 あまりに二つ返事だった。イメージと違う対応――もっと厳かな人物だとばかり――エレインは若干拍子抜けしながらも、許可に対しては笑顔で今一度礼をした。

「ありがとうございます! あの、ご迷惑はおかけしませんので……もしも何かお手伝いができることがあれば遠慮なくお申し付けください! 尤も微力も微力ではありますが……」

「ありがとう、律儀な子だね。……とはいえ……ここが危ない場所なのは承知の上で来たんだね?」

 この地には無尽竜が封印されている。無尽竜――自爆を行う小竜をその名の通り無尽に製造し、周囲の生物を殺戮し尽くすという、特異にして危険な竜種だ。

 エレインは真剣な顔で頷いた。短く揃えられた髪に小市民的な風貌、『戦士』という概念とは対極な見た目ではあるが、その内に秘めたものはそこらの冒険者よりも確固たるものだった。

「そう」

 灰塵卿はその意志を汲み取る。

「見殺しにはしないし、できるだけ護るけど、ある程度は自衛してね」

 言いながら、ガントレットの手の動作が「下がれ」を示している。彼が見やる先、荒野の中央――『何か』が地面から這い出してきている。大きさは中型犬程度か、だがその数はみるみる内に増えていく。よく見れば、それらは『形成されながら』地面から生じていた。

「あれが無尽竜が生み出した小竜。見るのは初めて?」

「……あれが、……」

 エレインは目を見開いていた。『りゅう』による世界規模の大災害、それを担った恐るべき一鱗が本当に目の前にいる――本当に無尽竜がここにいるのだと、思い知る。

「封印の極々わずかな隙間やゆらぎから、時折ああやって『尖兵』を送り込んでくるのさ。何重にもがんじがらめに拘束してるっていうのに、途方もない奴だよ。ずーっと諦めずに抗い続けてる。大した根性だ」

「……あの場所の、地面の下に無尽竜が?」

「うん。俺と数多の魔法屋が、多くのものを代償に成した多重拘束術式だよ」

 魔法屋、それは魔素による現象を取り扱う者らの総称だ。

「物理、魔法、次元、時空、概念、エトセトラ――多面的かつありとあらゆるプロセスで無尽竜を縫い止めている。……ま! それでも溶けかけの薄氷レベルなんだから『りゅう』って凄いよねー!」

 灰塵卿は抜刀する。なんの変哲もない、装飾も何もない無骨な両手剣だった。刀身は分厚く、斬ると言うより叩き潰す鈍器のような様相である。

「エレインくんは下がってなさい。監視塔は比較的安全だ、防御の術を施してある」

「あ、ありがとうございます!」

 エレインは一礼してから監視塔へと走り出した。


 おそらくこの地が更地になってから造られた塔は、一見してシンプルな石造りであるが、灰塵卿の言葉通りに魔術が施されている。凝固魔法と変質魔法を組み合わせたような代物だ、見た目以上に頑丈なのだろう。

 尤も、小竜の爆発を浴び続ければたちまちに崩れてしまうだろうが――たとえ「焼け石に水」だろうが、水がないよりはマシだ。

(でも……変質魔法は維持に魔力が要るはず)

 監視塔の鉄扉に手をかけながら振り返る。灰塵卿は魔力を消費しながら小竜と戦うつもりなのか? 一体どのように、灰塵卿は竜災の使者と戦うのか――階段を駆け登るエレインは、天辺の見張り台より『戦場』を見下ろした。


 爆発音が轟いたのは、直後。


 脆き小竜は死を悟ると魔壊炉を起動させ、『脆くて肉体がエネルギーに耐えられない』からこその臨界点自爆を行う。その爆発だと、エレインは察した。

 巻き上がる爆煙――それに紛れて、一縷の灰が流れていた。それはたちまち一ヶ所へと集まると、人の形に変成する。灰塵卿であった。

「千々と砕けど我が身は剣よ。いざ、いざ!」

 手にした無銘の剣に、纏わせるは灰塵卿の身の一部たる塵だった。擬似的な魔剣を作り上げる――鈍く、光すら返さぬ、くすんだ灰色の魔刃。

 飛びかかる小竜をすれ違い様に両断、爆発に巻き込まれぬよう駆け抜ける。

 だが次々と発生する小竜は数に任せて群がり、灰塵卿に食らいつき――しかし直後、彼の体が灰となって霧散する。漂う塵の中で魔剣が独りでに舞い躍り、小竜らを木っ端に切り捨てた。

 連鎖的に起きる爆発。

 爆風の中、亡霊のように上半身だけを人の形にして、騎士は小竜らの間を縫い飛びながら斬っていく。

 それはほどなく爆発に塗り潰されるも、また別の場所で爆散した灰が集い、彼は立ち上がるのだ。

 何度でも、何度でも、何度でも。

 彼は、その身が灰となっている。ゆえに小竜の爆発を何度食らおうが朽ちることはない。群がられ食らいつかれても、動けなくなることもない。


 ――「不死者だ」。


 見守るエレインは理解する。

 文字通りの、死を超越した者。不死への技術は確立しており、ゆえ様々なプロセスが存在するが――エレインはこれまで見聞きしてきた不死の中でもとりわけ異質さを感じた。まるで「何度死んでも戦闘力を落とすことなく戦い続けること」だけを考えているかのような……。


 また爆発が起きる。


 その戦いには派手な魔法も、鮮烈な戦略も、何もない。

 斬って、爆砕され、再生し、斬って、爆砕され、再生する。

 あまりにもシンプルで泥臭い戦い。無尽の竜と無尽の騎士の、尾を食み合う蛇のような戦模様。

 それは「生き物の戦い」をとうに超越している、ある種のおぞましさすら含んでいた。


 一進一退、終わらない戦いに見えた。

 半身を吹き飛ばされながらも、悲鳴も血飛沫もなく竜を切り捨て、また爆発に巻き込まれる不死の騎士。

 だが長い長い時間の果て、少しずつ小竜は数を減らし、やがて、最後の個体が喉を貫かれて自爆を行った。


 ボロボロの地表。土煙。

 さらさら、流れる灰が鎧の騎士の形となり、爆発にふっ飛ばされて地面に刺さった剣を引き抜いた。

「終わったよー」

 灰塵卿が監視塔の天辺のエレインへ、陽気な声で手を振った。


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