ホームのベンチに座り
ウマ娘の映画見ました。
本編への言及はネタバレに繋がるので避けますが――ミラ子食べ過ぎでターフ生える。でも解釈一致で笑えた。ネームドがたくさん出ているので、ウマ娘好きなら楽しめますね。
七月末、合宿最終日。
魔導戦技部の面々は駅のホームにあった。
「色々ありましたが、概ね平和な合宿でしたね。イノシシに追われた時は死ぬかと思いましたけど、捌いて牡丹鍋にしたのも含めて良い経験です」
「自家製味噌が味の決め手だったね。私はあれかな、マンドラゴラちゃん達が脱走して皆で追いかけたやつ。ヴォルケーノが暴れる前によく遊んでた時を思い出して懐かしくなったな」
成美とライカは合宿中の思い出を語り合う。
初めは印象的な事件であったが、だんだんと日常の些細なことへと変わっていく。
だが、最も印象に残ったであろう騒動について、二人は口にしなかった。
「目を逸らしたところで、剣人会と争った事実はなくなりませんよ?」
悠太が指摘した瞬間、二人は黙り込む。
はて? と首を傾げる悠太に対し、フレデリカとアイリーンは呆れ果てる。
「兄貴さぁ……思い出したくないものを無理やり思い出させる意味ないんだからさぁ」
「仕方ないよお姉ちゃん。お兄さんが野暮天なのはいつものことだしー」
剣人会と衝突し、スクラップが暴走した夜。
知略と死力を尽くし、わずかな幸運に恵まれた日は、二人のトラウマになっていた。
「別に無理やりというわけでないが、野暮天……?」
悠太にはピンとこないが無理もない。
彼にとって既知の事柄だが、化け物も例外も関わること自体が異常。民間人は当然として、警察や軍、裏社会の住人でさえ、その力に触れることなく生涯を終えることも珍しくない。逆に言えば、力に触れて生き残った者が少ないということだ。
生き残ったとしても、魔導や争いの世界から身を退くことを選択する者も少なくない。
例え、殺す気がなく手加減された力だったとしても。
「……大丈夫、大丈夫、……うん、大丈夫……あたしは生きてる、だから大丈夫」
「ふぅ、ふぅ……出てこないで、ヴォルケーノ。ちょっと思い出して動悸と息切れがヒドくなっただけで、危険はなにもないよ……」
「見なさいよコレを。兄貴が無理やり思い出させたから、情緒不安定になってるじゃないの」
「目を逸らすからトラウマになるんだ。こういうのはちゃんと向き合って、可能なら何度も体験して慣らせば日常として上書きされる。魔導師として生きていくなら、乗り越えなければいけない試練の一つだ。なら、避けるべきでないと思うぞ」
決して間違ってはいない。
例外や化け物に関わることは珍しいが、そこに近い領域の者は多い。
ライカのように精霊を宿した者や、魔導を仕事とするのであれば、似たような経験をする機会は多い。
「再起不能になる人が続出しそうですねー。スパルタにもほどがありますよー?」
「脱落なら脱落でかまわん。色々と美化されているが、こんなのはヤクザ家業そのものだ。誇らしく語る方が間違っている」
悠太は自身の剣を決して誇らない。
剣聖であることは事実だが、同時に斬る以外に特出した技能はないことも事実。
どれだけの名誉や実績があろうと、ヤクザ家業以外では生活できないというのが、悠太の自分自身に対する評価だ。
「言いたいことは分かりますが-、誇ることも必要ですよ? お兄さんみたいな剣聖が荒事に意味ないなんて卑下してたら、誰もやろうとは思わないですよね。それはそれでー、困るとは思いませんか? 思うのでしたら、お仕事だと思って割り切ってくださいね」
「……そうだな。どうでもいい相手に対しては留意しよう」
魔導戦技部の面々へは別だ、との証言にアイリーンはほっこりと和む。
フレデリカも、仕方ないなとため息をついた。
「疑問。留意しない相手にはどう対応するのでしょうか?」
「これまで通りだ」
「推測。意味がないように思われますが……」
「それでいいのよ。評判ってのは、どうでもいい大多数が作るものだからね」
人の機微に疎いスクラップはしばらく考え込む。
だが、答えが出せなかった。
「不明。本機には判断が付きません」
「今はそれで構いませんよ。お兄さんのおかげで、時間はたっぷりありますからねー」
「肯定。現在の本機に起動の兆候はありません」
大きく傾いた首を戻しながら優しく諭す。
合宿中、幾度となく見た変わりない光景を前にすると、身体を支配した震えが自然と止まるのだった。
「……ウジウジしながらお別れするのは、性に合いませんね」
自身の頬をバシンッ、叩く。
ヒリヒリとした痛みに感じながら、成美は精一杯の笑顔を浮かべた。
「色々ありましたが、都会じゃ絶対に体験できないことが多い実り合宿になりました。思い出も多く……ええ、思い出したくないことも多かったですが、あたしは参加して良かったと思っています。ライカ先輩はどうです?」
「え? 私は……うん。私も参加して良かったって思ってるよ。ヴォルケーノの力を借りるのは怖かったけど、ちゃんと扱えたし。思い出したくないのも事実だけど……いつかは経験することだから」
精霊を宿している以上、ライカは魔導世界から逃れることができない。
実際に前にして怖じ気づくことはあれど、とうの昔に自身の境遇を受け入れている。
「ライカ先輩。経験するのは仕方ないでしょうが、対処法は考えた方がいいですよ。まったく同じ状況はありえませんが、応用できるかもしれませんし。それが生死を分けることだってあるんですよ」
「そ、そうだね……じゃあ、電車の中で一緒にやらない?」
「…………や、やりましょうか、反省会!」
冷や汗を掻きながらも、精一杯の虚勢を張る。
自分で発破をかけただけあって、断るという選択肢が成美にはなかった。
しばらく狼狽えていると、電車がやってきた。
「南雲くん、フーカちゃん、二学期にまた! アイリちゃんも、東京に出てきたら声かけてね。観光名所の案内するよ」
「あ、案内ならあたしも一緒にしますよ。というか、お手製のガイドブックを渡しますから、一週間前には連絡してね。……パイセンは、ちゃんと完治してくださいよ。まだキツいんですよね?」
「一ヶ月もあれば治る。そっちこそ、変なことに首を突っ込むなよ。曲がりなりにも化け物と例外に関わった後だ。危機感が多少なりとも麻痺してるからな」
「他ならぬパイセンの言葉ですからね。肝に銘じときます」
ドアが閉まり、時刻通りに発車する。
四人は、車両が見えなくなるまでホームに残っていた。
「人手がなくなるのは痛いが、ようやく静かになったな」
「どっちも否定はしないけど、言い方は考えなさいよ」
「まあまあ、お兄さんなりの照れ隠しですって。あと、申し訳なさもあるかもしれませんね。鬼面さんを通しちゃったことを気にしてそうですのでー」
そうなのか? と視線で問いかけると、悠太は顔をそらす。
フレデリカはむっとして頭をはた――けずに反撃を受ける。
「いたっ――図星なら素直に受けなさいよクソ兄貴!」
「はたきたいなら、はたかれたくなる攻撃をしろ。もしくは、俺が反応できないくらい高度に隠せ」
「理不尽がすぎるわよバカ!!」
フレデリカは飛びかかり、悠太はひらりと躱す。
誰も居ないとはいえ、駅のホームは従兄妹ゲンカをする場所ではない。
スクラップは二人の様子をしばし眺めた後、アイリーンに意見を求める。
「疑問。二人を止めなくて良いのでしょうか?」
「五分もすれば飽きるでしょうからね-。もし辞めなかったら、お願いできるかな?」
「了承。カウントダウンを開始します。六〇〇、五九九、五九八――……」
律儀に数え始めるスクラップがおかしく笑いそうになるが、三人を邪魔をしたくないので声を抑える。
(ふふふ。もう少しだけ、眺めてますかね)
ホームのベンチに座り、両手を顎に乗せる。
笑い声こそ抑えるが、表情筋が緩むのは抑えられないアイリーンであった。
お読みいただきありがとうございます。
夏休み編はこれで終了。次回は……いつもどおりノープロット、どうしよう……。
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