言葉のボディブロー
意識を取り戻した悠太の全身に痛みが走る。
(……っ、――っ)
反射的にする身じろぎでも痛みが走り、さらに身じろぎをして痛みが、というサイクルを一分ほど続けて、ようやく落ち着く。
(…………室内、か)
畳と見覚えのある天井。
自身の家ではなく、フレデリカとアイリーンの家であった。
(誰が運んだ……? 周りには、誰も居ないが……起きるか)
痛みに耐えながら身体を起こし、壁に寄りかかりながら部屋を出る。
人の気配を辿りながら、今へと辿り着いた。
「おはようさん。起きて平気なん?」
「平気ではない。肉、骨、筋に加えて、特に内臓のダメージも深刻だ。二~三日はかゆなどの病人食で様子を見て、回復傾向が見られなければ病院だな」
剣人会の奥伝、鏑木響也の前に座った。
「真っ先に病院に行った方がええんやないか? 内臓なんて洒落にならんし」
「呼吸法の鍛錬も兼ねてる。痛みでどこが動いているか分かりやすい上、普段出来ない回復への経過観察までできる。初手病院が正しいのは理解できるが、生きているなら鍛錬した方が得で、結果的に長生きできる。……奥伝と化け物と例外の抗争に巻き込まれるし」
「仕事やし、お互い様なとこあるやろ? こっちは手ぇ退けて散々警告したし。――ってか、そこまで巻き込まれるか?」
「去年、東京に越してしばらくは一方的な挨拶回りが発生。今年の四月は精霊の影に遭遇。五月には挨拶回りの縁で妖刀案件に巻き込まれ、夏休み初っぱなにコレ。今年はまだ半分残ってるのにもう三度。昔の縁で引き寄せられることも考えれば、一分一秒すら惜しいとは思いませんか?」
「……うん。閣下は厄介ごとに愛されとるね。省いた部分も色々あったんやろなって、容易に想像つくわ」
思い出したくないのか、悠太はそっと視線を外した。
「ところで閣下、ワイに何か質問ないん? なんでここに居るん、不法侵入なんか? とか、従兄妹ちゃん含めた他の子はどこにいるん? とか、そんなん」
「俺を実家でなくこっちに運んだ時点で、あなたが運んだんだろうと想像がつきます。残っている理由については……想像ですが、禊ぎを理由に面倒事を押しつけられたとか?」
「大当たりや。閣下相手じゃ驚かすこともできんなぁ。他の子ならきっと、面白いリアクションしてくれたんやろうけど」
「昨日、充分に驚きましたよ。鏑木さんが裏切ってくれなければ、スクラップは鬼面殿に斬られていましたから」
昨日の戦い、悠太が絶刀を放った時点で詰んでいたのだ。
空の目を騙しきる幻術を認識した時点で「鬼面を潜ませる」という策を見切っていたが、スクラップが暴走したことで対処のしようがなかった。
フレデリカ達は圧を受けて動けず、鬼面にスクラップを斬らせることは論外。
何が悪かったといえば、戦略の時点で負けていたこと。剣聖を封殺する札を用意し、神造兵器を確実かつ安全に破壊する手順を整えた上で、剣人会は行動を起こした。鏑木の裏切りで指先が届いたとはいえ、鬼面がその気になればスクラップは破壊されていた。
詰まるところ、最後の最後で運が良かったので、判定勝ちに持ち込めただけなのだ。
「閣下への義理もあったし、気に食わんかったから裏切ったペナルティに対しては文句ないんやけど……釈然としないんよな」
「気になることでも?」
「んー……ワイが裏切るの、予定調和やったんじゃないかって疑念がな」
未来視が関わっていることもあるが、裏切った後の結果が鬼面にとって都合が良いのだ。
中伝や魔導二種に届かないにも関わらず、奥伝に届いた技と戦術。次代の育成と成長を至上とする鬼面にとって、スクラップの破壊よりも喜ばしいことであった。
「もしかして、未来視に踊らされたと思ってます? だとしたら、意味なんてありません。未来視で利益を得るのは上の人間で、下の人間に関わりがあるのは実働段階までです。反省するならともかく、それ以外で過去を振り返るのは無駄です」
「無駄は言い過ぎやないか? 敵に回ったら厄介なんやし、対策を考えんと」
「未来視の最大の利点は戦略を整えるまでです。また、戦略を整えることは未来視でなくとも可能です。標的にされたら負けるなら、普段からされないように立ち回るしかない。考えるべきは過去でなく、未来でどう立ち回るかです」
「……立ち回った結果、標的にされたら?」
「やれることは一つ。最悪の中でも落とし所を探して最善を尽くす。つまり、今日と同じです。本気で未来視とやり合うつもりなら、日々の心構えを鍛える方が重要ですよ」
「閣下って、高二よね? 割り切りが過ぎへん? もしくは、割り切れるような理に至ったから剣聖になったん?」
色即是空の理。
この世の全ては空虚であり、故に万物は平等である。
悠太にとっては、己の感情、己の生死でさえ等価なのだ。
「否定はしませんが、理なんてどこにでもあるものですよ。それこそ、持ち上げた物は手を離せば落ちる、くらいどこにでもある当たり前を理と呼んでありがたがってるだけです。重要なのはどう扱うか。奥伝に至っているなら、それを実感すべきです」
「閣下は現実的やね。てか、弟子でもないのに理の解説してええの? その辺の木っ端やヒヨッコならともかく、最底辺でも奥伝やで。悪用したらどうする気や」
「手を貸していただいた対価のつもりですよ。もちろん、これで足りたとは思いませんので、一時間の指導を無料で請け負います。無論、三剣の一つです」
「…………どんだけやねん。三剣の指導って、軽く億飛ぶで」
「愛すべき妹分と、大切な先輩後輩を泣かせずに済んだんです。三剣の一つを払う価値があります。――まあ、たったの一時間で触りでも掴めるかは知りませんが」
全てを斬る剣は、全ての剣士が目指す到達点の一つ。
そこに至った剣聖から、頂点への道筋を教わるというのは、剣士にとって値千金である。
「どの剣を教わるかは選べるんか?」
「当然です。――あ、ついでに俺の弟子も同行させますが」
弟子の同行に頷くと、悩むことなく告げる。
「なら――断流剣で頼むわ」
「理由を聞いても?」
「破城剣は修めとるヤツが多いからチャンスがある。なんなら、鬼面殿に土下座して使いっ走りになって、教わるって手もあるな。祓魔剣は……観測自体が難しいから時間をドブに捨てるようなもんや。なら、多少は希少性があって比較的覚えやすい断流剣を選ぶんがベストってことやね」
合理的な判断だと心の中で自画自賛をするが、悠太の評価は違っていた。
「ふむ、多数派と同じはイヤだが、リスクも極力取りたくない、と。出世はそこそこするが大成しないタイプですね。――もちろん過不足なく断流剣は教えますが、今の地位で満足することをオススメします」
「理由言ったら想像以上に酷評されたんやけど!? てか閣下、もしかしてワイの事嫌い? 嫌われるほど交流してへんけど」
「小利口にまとまってるな、という印象です。普通なら覚えやすそうな破城剣を選びますし、本物の合理主義なら俺に合う三剣を聞きますし、斬りたいナニカがあるなら目的に沿った剣を覚えるために俺に弟子入りします。ソレと比べれば、小利口としか言えませんね」
「やめて、やめてぇ……ワイの心を斬り刻むんはやめてぇぇぇ……」
具体的事例を出されては、受け入れざるを得なかった。
「…………ちなみにやけど、閣下やお弟子さんはどんな選択するん?」
「俺は絶刀を修めてようやく入り口なので、何が何でも弟子入り。フーは、魔導師になるのが目標なので師匠になるうる人を紹介してもらう、でしょうね。少なくともせっかくのチャンスを、鏑木さんのように妥協ではすませません」
言葉のボディブローが容赦なく叩き込むのであった。
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