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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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実に――不本意だ

 剣魔一体の妙技と、不完全な奥伝技によって、身体の自由を奪わた。

 討伐対象たるスクラップは回収され、精霊の炎と魔導の剣に抵抗する術はない。


(……見事、と言う他あるまい)


 殺さぬように加減はしたが、それだけだ。

 未来視を利用して戦略を組み立て、剣聖を退けるために名誉ある戦いを捨て、スクラップを討つためだけに剣を振るい、追い詰められた。


(鏑木殿はともかく、剣聖の弟子はまだ初伝。にもかかわらず、火界咒と無拍子のみは奥伝級。――しかし、真に優れているのはそれらを組み合わせ、格上に届かせる戦術。参謀は、断流剣擬きの術式を付与した彼女か)


 鬼面の奥で笑みを漏らす。

 奥伝として幾人もの弟子を抱える彼にとっては、自身の勝利よりも後進が育つことにこそ意義がある。


(これが指導試合であれば負けを認めるところだが……ああ、不本意だ。若者の勝利に水を差すのも、この身の枷を外すのも、実に――不本意だ)


 鬼の面が砕け散る。

 しかし、誰一人、鬼面の素顔を見ることは叶わなかった。


「             」


 呪力の爆発が、炎も、剣も、意識さえも吹き飛ばした。

 小規模ではあるが、スクラップが神造兵器として目覚めた時と同じ現象である。

 魔導師でなく、剣士である鬼面がソレを起こせた訳は、彼の素顔に隠されていた。


「……はぁ、はぁ、……よもや、鬼の素顔を晒すことになるとは」


 霊長三類・鬼種。

 人よりも遙かに強靱な肉体を持つ古き種族。その中でも、数百年の長きを生き、戦い続け、ついには奥伝に至った化け物。

 それが鬼面という剣士だ。


「……だが、ここまで。神造兵器を破壊して……」


 とん。


「……? ……何が?」


 何かが軽く背中に触れる感触があり、足が止まる。

 否。変化は足だけではない。剣を握る手からは力が抜け、振り向こうという気力さえも消え失せた。


「ああ……そうか。これが貴殿の剣か」


「絶、招……――虚空」


 武仙流「心」の理・奥伝――祓魔剣。

 死に体になることで意識から外れ、無理やりに身体を動かし、届いたのは指一本。


「斬られたのは戦意か……感触からして剣でないが、なぜ使わない?」


「…………握る、力すら……残ってない」


「どこまで読んでいたのだ? あれほどの傷、初めから動くつもりでなければ、回復も間に合わないであろう」


「すぅ、はぁ……まさか。フーは諦めないだろうとは思ってましたが、手を出すつもりはまるでありませんでした。――ただ、無理をすれば斬れそうだったので、斬っただけです」


 息をするだけで内臓が痛むのに、悠太は律儀に答える。

 勝者の余裕、などではない。

 戦意を斬ったとはいえ、届いたのは指一本。戦闘一色だった思考にヒビを入れ、僅かに理性的にしただけにすぎない。

 義務や仕事として剣を振るう鬼面であれば、すぐにでも剣の柄を握り直せる。

 悠太が手にしている有利とは、薄氷のごとく脆いのだ。


「こちらからお聞きしても?」


「よい」


「あの面は封印具の類いだと思いますが、なぜ使用していたのですか? 剣人会奥伝の地位があれば、古種として討伐されることはないと思われますが」


「人であるためだ。古き鬼の力は過剰にすぎる。面を付け、概念によって縛りようやく、人の営みに混ざれる程度に鬼の性を抑えることができる」


 鬼の面を付けた者は鬼として扱われる。

 であるならば、鬼の面を付けた者は人である、という逆説を利用した封印。

 スクラップを始めとした例外が意思ある災害だとして、それらへの対処が可能となる化け物もまた、社会にとっては脅威となり得る。

 様々な手段を用いて化け物の力を封印することは、珍しいことではないのだ。


「若くして絶刀に至った剣聖殿であれば、分かるであろう? 戦場ならばともかく、日常にあって我等の衝動は不要。いらぬ騒乱を引き起こす火種に過ぎぬのであれば、封じるか、飼い殺すか、それが出来ぬならば斬る他あるまい」


 実体はどうあれ、悠太が剣人会に所属するのは政府と敵対しない、という意思表示のため。

 例外や化け物のような強大な存在であろうと、討ち取る手段は数多存在する。弱者であるはずの人類が、科学万能、魔導全盛の時代を築き上げたのは、強大な敵を退け続けてきたから。悠太や鬼面であっても、人類を敵にして生き残れないのだ。


「同意はするが、不要の心配だ。スクラップはもう暴走しない」


「根拠は?」


「鬼面殿が身をもって体験をした剣の切れ味。祓魔剣で触れただけでそれなら、空の目と絶刀にて斬り捨てられた縁が結び直せるとお思いですか?」


 鬼面は古種であると同時に剣士だ。

 武仙の三剣を扱う剣士、全てを斬る剣に至った者、理や法則を歪める大魔導師、それらを歯牙にもかけぬ化け物や、神代の残滓たる例外など、多くの強者と対峙した。

 故に、鬼面は悠太の剣の異質さを理解した。


「ならば問おう。貴殿が何を斬ろうとする」


「いくら手を伸ばしても届かな……い、空を……」


 指が背中から離れ、悠太は意識を失う。

 ヒビの入った戦意は即座に元に戻るが、柄を握る手に力は戻らなかった。


「空、とはあの空、か。絶刀ならば斬れるだろうが届くかは別。そもそも斬る意義すらないものに人生を捧げるなど正気の沙汰ではないが、正気で剣聖に至るはずもなし。ならば信じる他ないと思うが、鏑木殿はどう思う?」


「……なんや。死んだふりに気付いとりました?」


 うつ伏せで倒れていた鏑木響也が、むくりと起き上がる。


「瀕死の剣聖殿が凌いだのだ。奥伝が凌げぬはずがあるまい」


「言うて、加減しとりましたでしょ? あれで気絶するなら奥伝は名乗れませんよ。瀕死の閣下が動けたのはどうかと思いますけど。――で、閣下をどう思うかでしたっけ? もうワイらの負けでいいでしょ。言い訳出来る程度には仕事しましたし」


「そうだな。武仙殿に動かれるのもマズい」


 スクラップの件で剣人会が動いたのは、武仙が対応を委託したから。

 その弟子らが奮戦し、スクラップを無力化したのならば、剣人会が動くための大義名分はなくなる。


「それを分かってて、スクラップを潰そうとしたんです?」


「あの程度であれば闘争の範囲。だが、最後の一指しは別だ。初空の未来視を超えたとなれば、我々の完敗。これでまだ剣を振り上げるのであれば、武仙殿とて動くであろう」


「え? 閣下、未来視を超えたん? 怖……」


「さよう。剣聖とは埒外。未来視程度を超えられぬはずがあるまい」


 未来を観測する未来視は強力な力だが、絶対ではない。

 確定した未来は存在しない――これは科学と魔導の両方によって証明された法則。

 だが、優れた未来視は観測するだけで未来を誘導する。日本魔導界の頂点の一つ、初空家の未来視を塗り替えられる存在は、数えるほどしかいないのだ。


「なら、今のうちに媚を売っとくべきですね」


「ならば、彼女らを家まで送り届けると良い。剣人会の手を借りずに」


「待ってください。閣下とスクラップも含めて六人もいるんですよ? 一人でなんて無茶」


「剣人会の方針に逆らったペナルティだ。フリーになった瞬間に寝返る剣士に対して、温情に値すると思うが?」


「やー、敬愛する閣下とそのお仲間のためですからね。心情を考えると、剣人会が関わるわけにはいきませんな。手を貸したワイは別ですが」


 剣人会の仕事とは、一種の傭兵業だ。

 昨日の敵が今日の友、となることも珍しくないが、戦場が変わればの話し。

 同一作戦中に相手方に着くことは、立派な裏切り行為。村八分になるならマシといえることを考えれば、鬼面の対応は充分に温情であった。


「では、任せた」


 鬼面が裏方の人員に連絡をする中。

 魔導を駆使して六人を一人で運ぶ奥伝の姿があった。


お読みいただきありがとうございます。


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