倶利伽羅
奥伝同士の内ゲバを尻目に、フレデリカはライカと成美を腕を取った。
「二人とも、動ける?」
「……ごめんなさい。力、全然入らなくて」
「むしろ、良く動けますね……何かコツでもあります?」
「根性」
奥伝の殺気を受けて腰を抜かすだけ、というは称賛に値する。
初伝でありながら、二人に肩を貸して引きずって運ぶフレデリカは常人の枠から外れつつあるのだが、本人は気付いていない。
「……根性でどうにか出来る範疇超えてますけど?」
「じゃあ、慣れ? 奥伝レベルの威圧なら、兄貴相手で慣れてるし。呪力はともかく、体力と気力が残ってるからマシよ」
悠太との鍛錬は、体力と気力が底をついてからが本番。
極限状態で行動することの慣れは、格上を相手にしてこそ真価を発揮する。
「ほい。動けないんなら、アイリと一緒に大人しくしてなさい。邪魔しないなら、これ以上は何もされないでしょうから」
「フーカちゃんはどうするの? 呪力、ほとんど残ってないでしょ」
「最後まで足掻きますよ。妹のワガママを叶えるのは姉の特権ですし――クソ兄貴に後を頼まれました。なので、弟子としての意地を見せてきます」
「……そっか。じゃあ、私も手伝う。南雲くんに頼まれたのは、私も同じだから」
「ライカ先輩が手伝うなら、あたしもやります!」
「二人とも……――はあ。じゃあ、魔導戦技部の意地を見せますか」
初伝を魔導三種しか持っていないフレデリカでは、奥伝である鬼面に勝ち目はない。
魔導三種すら持たないライカと成美では、そもそも戦いの舞台にさえ立てない。
だが、三人が挑戦する魔導戦技は、鬼面を打倒しうる強者が集う場所。弱者のまま、強者と戦うことには慣れている。
「――ってわけだから、なんかアイデアちょうだい」
「一人で戦う気だったのに、あたしに丸投げですか?」
「わたしだけなら特攻するだけだし」
「お姉ちゃんはその蛮族思考をどうにかした方が良いよ。お兄さんも斬って解決すればいいやって考えてるけど、あくまでも最終手段だって分かってから。でもお姉ちゃんは、思考放棄してるでしょ? いつか困るよ」
妹にたしなめられるが、フレデリカは開き直った。
「困ったら困ったときに考えればいいのよ。それに悪巧みは参謀に任せた方が効率良いし」
「いや、フーカ先輩も少しは考えてくださいよ! 悪巧みも参謀も否定しませんけど、負担半端ないんですよ!!」
「悪巧みできるほど使える魔導使えないのよ!! 器用な人間にゃ分かんないでしょうけどぉ!!」
「何のための役割分担ですか!? 全体像を思い描いて、出来そうな人探して、やることを割り振ればいいんですよ!」
「はい、二人ともそこまで。――具体的なアイデアはある? 私は、ヴォルケーノをぶつけるしか思いつかないけど、当たりそうもないかな」
ヴォルケーノは高威力の大砲ではあるが、当たればの話し。
ライカに限らず、呪力が多い者は細かな調整が苦手な傾向がある。戦術兵器や戦略兵器としての運用ならば問題ないが、極まった個を相手するにはライカは未熟。
悠太や鬼面レベルが相手では、押し通すことはできない。
「あたしも同感ですが、通じそうなのがもう一つあります。――フーカ先輩。あの炎のデッカい、なんとか剣ってのは使えます?」
「倶利伽羅剣? ……固めるだけなら出来るけど、火界咒が使えるほど呪力がないわ」
「なら、ライカ先輩。火界咒を用意してフーカ先輩に譲渡してください。時間かかってもいいので、大咒で」
「うん、分かった。でも、時間はかかるからね。――ノウマク・サンマンダ」
手を組み、目を瞑り、祈るように詠唱をする。
フレデリカのそれよりも拙く、ゆっくりではあるが、真摯に術式を編んでいく。
「デバイス、少し触りますね」
「いいけど、倶利伽羅剣で斬りかかればいいのよね? で、どうにか隙を作ってライカ先輩がヴォルケーノを叩き込むって筋書き?」
「そうです。で、いま書き込んでるのはダメ押しです。一度だけですが、あのお面さんの魔導障壁をぶち破れるんで、上手く使ってください」
「……それって」
「言わないでください。魔導戦技で腐るほど見てるのに、まーったく再現ができない産廃品を使わざるを得ないのは心苦しいんですが、腹に背は変えられないってやつです」
「限定的でも再現するのが難しいから奥伝なんだけど、……ま、気休め程度には頼っとく」
奥伝の触りさえ掴めないフレデリカは、才能の差に嫉妬を覚える。
だが、格上を相手にするには心強いので、ありがたく使うことにした。
「――ウンタラタ・カンマン。――フーカちゃん、手を」
伸ばされた手を取ると同時に、不動明王の火界咒が生み出された。
「神火清明、神金清明、神木清明、神土清明、神水清明。五行相克の理を持って、我、神意を示さん」
不器用なフレデリカが誇れる、数少ない魔導。
このまま磨き続ければ、剣人会でも奥伝に届きうる絶技。
「破邪顕正、万魔調伏――」
不動明王の火界咒を用いて再現した、煩悩を払う利剣。
神威を持って邪悪を斬る神剣が――振り下ろされた。
「――倶利伽羅」
「奥伝技・破」
「させるわけないやろ!」
未熟な魔導師の術式、未熟な剣士の技では、届くはずがない。
されど、邪魔をする者がいれば話は別だ。
奥伝の剣士、鏑木響也は鬼面に剣を振らすまいと、剣を射出した。
だが、鬼面は歴戦の剣士。四肢を串刺しにされるよりも、不動明王の剣を優先する。
「――っ、城剣!!」
倶利伽羅剣は破邪顕正の利剣。
対して、鬼面が身に付ける面は鬼を模したモノ。
面を被るとは本来、自分以外の存在になるための儀式。鬼の面を身に付け、不動明王の加護を持つ者と敵対をする限り、倶利伽羅剣は致命傷となる。
だから、倶利伽羅剣が破城剣に砕かれたのは、相性では覆せないほど実力に差があったことを意味する。
「――双刀!!」
だが、届かないのは初めから分かっていた。
砕かれるのを前提に、倶利伽羅剣を振り下ろすと同時に踏み込んだ。
剣魔一体の境地、その一歩先へと。
「……――ぬっ!?」
四肢を串刺しにされ、三剣の一つを振るった直後。
一足一刀を防ぐには魔導障壁に頼るしかないが、誤算が一つ。
不定を斬る奥義・断流剣――の、限定的な再現。
それが、正しく作用した。
反射的に展開した魔導障壁は砕かれ、フレデリカの剣が鬼面の首に届いた。
「マクロ〇一、スタンボルト」
起動したのは、暴徒鎮圧用の雷撃。
安全装置を外した雷により、鬼面は身動き一つできなくなった。
「先輩――!!」
鬼面の近くで倒れているスクラップを抱え、脇目も振らずに闘争した。
「――ヴォルケーノッッッ!!」
叫びと共に、精霊は軛から解き放たれた。
与えられた命令は、鬼面を攻撃するという一点のみ。
ライカの呪力を喰い尽くさんばかりの炎は、人型を成す。
――――ォォォオオオ!!
ヴォルケーノは苛立っていた。
汎用術式による炎ならともかく、不動明王という自身と縁遠い存在の炎を生み出すことは、彼にとって屈辱でもあった。
ボイコットさえ検討する行為を実施したのは、ライカの身に危険が迫っていたからだ。
元凶の一人を攻撃せよと指示されれば、待ってましたと飛び出すのも当然だ。
「苛立ってるのはワイも同じやから、加減せんよ」
決定的な隙を見逃さないのは、鏑木響也も同じ。
鬼面に突き刺さっていない、残った剣全てを射出する。
動けない鬼面では、これらの攻撃を避ける手段も、防ぐ方法もない。
「 」
だが、ヴォルケーノの炎が消え去った時。
最後に立っていたのは鬼面だった。
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