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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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ぬるま湯

「武仙流・皆伝――絶刀」


 これこそが、剣士ならば誰もが夢見る到達点――全てを斬る剣。

 剣士の巣窟たる剣人会でさえ、この域に至る剣士は少ない。

 だが、誰もが知る頂点であるからこそ、一度は考えることがある。


 ――全てを斬る剣は、本当に全てを斬れるのか?


 この疑問の答えは、戦国時代には出ている。

 曰く、全てを斬ることができるが、認識外には届かない。

 具体例として、鏡に映る花を斬れるか、という問いがある。この花は普通の花だ。全てを斬る剣でなくとも、普通に斬ることができる。だが鏡の花が、鏡に映っていると認識できなければ、斬れるのは鏡だけで花ではない。

 また、鏡に映っていると分かっても、元の花がどこにあるかが分からなければ、花を斬ることはできない。

 空の目の習得をきっかけとして、剣聖に至った理由もここにある。


(……っ、数日は……戻らないな……)


 剣聖と神造兵器、両者間で行われた一〇〇〇に迫る試行は、神造兵器に現実と錯覚させるほどの精度を誇った。だが、本来であれば成立するはずのない試行だった。

 剣しか使えない悠太はともかく、神造兵器の機能を知る者は誰も居ない。

 悠太がわずかでも、神造兵器の試行から外れた動きをすれば、現実と錯覚しエラーを起こすことはない。試行の数が足りなければ良くて相打ち。武仙が動くほどに被害が拡大するという、最悪の未来まであり得た。

 それらを覆し最善を引き寄せられたのは、空の目によるもの。


(人型だから、マシとはいえ……神造物と同調、する……ものじゃない……な)


 空の目の真髄は、認識の拡大と同調にある。

 認識の拡大は観の目の延長にあり、全てを斬る剣の届く範囲を広げる。呪力や幻術など、見えないナニカに対処するのはこれだ。悠太にとっては呼吸よりも当たり前の域にあり、無意識でも使用している。

 だが、同調は違う。

 相手を理解し、相手に自身を理解させる、双方向に影響し合う。

 未知の相手であっても、深く同調すれば秘匿する奥義さえ見抜く。だが、同調し理解するということは、予期せぬ悪影響を受けることもある。

 例えば、狂ったカルト教団の者と同調したとしよう。

 戦闘時の切り札を丸裸にできるが、同時にカルト教団に入信した経緯や感情、またカルト教団の教義や、教団内の人間関係に至るまで、全てを理解してしまう。並の人間は間違いなく、訓練を受けた者であっても、確実に汚染されるだろう。

 人間相手でさえコレなのだから、同調相手が人から遠ければどうなるか?

 人として生活するための常識や倫理観はもちろん、手足の動かし方や、呼吸の仕方に至るまで、木っ端微塵に破壊されるだろう。


(……まだ振り終わらない……時間の感覚も狂ってる、のか?)


 人としての常識が崩壊する危険を冒した悠太の目には、あるものが映っている。

 スクラップを神造兵器へと変貌させた要因。

 ただ、形あるナニカとして映るわけではない。色があるわけでも、水のような不定でもなく、空気のように形がないだけで触れられるナニカでもない。人のみでは認識できなくとも、確かに存在する無形のナニカ。

 魔導の世界では、それを縁と呼ぶ。

 虚空からスクラップへと繋がる、紐のように細いソレに刃を通してから、長い時間が経ったように思えた。


(まあ、いいか……俺の役目はコレで終わりだ)


 常人――否、他者と同調することに特化した魔導師であっても、人間性を失いかねないのが神造兵器との同調。

 だが、悠太には変化が見られなかった。


(確信したが、やはり絶刀なら空も斬れるな。あとはどう届かせるか。だが、これがまるで見当つかない。)


 悠太に変化がないのは、あまりにも強固な意志があるため。

 呪力がほとんどなく、魔導が使えないというハンデを背負いながらも、剣聖にまで至るほどの目的。

 すなわち――空を斬る。

 化物と謳われる存在からみても、悠太の目的は常軌を逸していた。

 狂信者と比較してなお狂い、されど正気を失わず。

 亡者よりも深い妄執を抱きながら、されど生者として日常を生きる。

 一歩どころか半歩踏み外せば人外に堕ちる綱渡りを、常日頃からしている悠太にとって、人間性の欠如との戦いなど食事や睡眠と同義。

 今もそうだ。感覚が戻らないことに焦りや混乱を覚えるどころか、空を斬るための模索をする時間として有効活用している。

 だが、その時間も長くはなかった。


(……ああ、ようやく来たか)


 剣はまだ振り下ろしきっていない。

 次の動作どころか、残心に移ることもできない、中途半端な状態。

 神造兵器は無効化され、悠太も動けない絶好のタイミングに、それはきた。


「奥伝技――」


 神の縁を感知するほどにまで研ぎ澄まされた上、命の危機にさらされたことでようやく感知した。予想していたことが、正しかったと理解した。

 彼は初めからこの場にいたのだと。


「――破城剣」


 絶刀――全てを斬る剣、の前段階。

 三分割された剣の一つ。個体を斬るだけの奥義だが、悠太はただの人間。

 魔導の加護はなく、神に由来する守護もない、普通の人間であれば、過剰でさえある。


「…………、ぁ」


 引き延ばされた時間の中で、自身に迫る死を見続けた。

 剣が皮に触れ、肉を潰し、骨を砕く。その音も感触も痛みさえも、狂うことなく脳髄に叩き込まれ、吹き飛ばされた。


「見。事――斬り損、ねると。は思わな、んだ」


 激突した樹木がへし折れてなお、悠太の肉体は繋がっていた。

 脳が焼け溶けるほどの痛みを十全に知覚して、なおも悠太は意識と正気を保っていた。


「しか、もま。だ牙――を、研ぐか。油断な、らぬ」


 獣が唸るような呼吸が、悠太から発せられる。

 身体能力を引き上げ、自己治癒力を高める剣仙由来の呼吸法。

 指一本動かせない悠太が、未だ折れていない証左だ。


「鬼面さん、ですよね? 今更何のようですか~?」


「無。論役、目を果。た、すため」


 動けない悠太から目を逸らし、見据えるのはスクラップ。

 神との繋がりが断たれ、神造兵器としての力を扱えない現在であれば、奥伝の力がなくとも破壊は容易い。


「スクラさんであれば、お兄さんが無力化しています。鬼面さんのお手を煩わせる必要は-、ないと思いますが?」


「否定せ、ずだ。が再び暴、走せ。ぬ保、証なし」


「暴走する保証もありませんよね?」


「しか、り故。に確実に破、壊す。る」


 これ以上、邪魔をするなら斬る。

 悠太を斬り飛ばした大剣から、強い殺意が発せられる。


「で。は――」


 スクラップの地獄と比べれば、ぬるま湯同然の威圧。

 だが、動けなければどちらも同じ。四人の中に、振り上げた大剣を止める手段はない。


「いや~、鬼面殿。それはなしやろ」


 だから、スクラップと鬼面の境に突き刺さった剣は、第三者の手によるものだった。


「そこのお嬢ちゃん達は頑張って中伝共を捌ききって、剣聖閣下は頭のおかしい絶技を見せてくれたんやで。どう考えても、ワイらの負けや」


「さよ。う、だ。がこれ。は任、務だ個、人の勝敗に意。味はない」


「その任務も失敗ゆうことや。閣下の手によって無力化され、破壊は必要なし。なんならワイに全責任を押しつけてもええで。閣下を止めきれんかったから、失敗しましたってな」


「否ま。だ規、定である」


 突き刺さった剣が浮かび上がり、放った者の手に戻る。


「な~るほど~。これも未来視の範疇ってか? 気に食わんな」


 一〇の剣を浮かべ、二本の剣を握る奥伝――鏑木響也は全ての切っ先を鬼面に向けた。


「なあ、鬼面殿。ワイのお仕事ってもう終わりやろ? なら、こっからは好きにやらせてもらうで。文句あらへんよな?」


「無論」


 奥伝二人の内輪揉めが始まる。

お読みいただきありがとうございます。


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