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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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武仙流・皆伝――

 悠太が近付いても、スクラップは変わらずに地獄を生み出し続けていた。


(間合いに入らない限り、行動は変わりそうにないな)


 等割地獄もかくやという光景を前にして、一切の動揺を見せない。

 戦闘時であれば、誰を前にしても変わらないことを思考する。


(なら、先にこっちか)


 剣を一振り。

 それだけで世界が一変した。


「…………ぁ、ぅ……何……した、……す?」


「この場の空気を斬っただけだ。軽くなっただろう?」


 間違っていないが、正しくない説明だ。

 神造兵器がまき散らした呪力や、地獄を前にしての絶望や恐怖、その他多数の目には見えないが、確かに存在するナニカを斬ったのだ。


「すぅ……ふぅ…………空気ってなんすか? 斬れるもんなんですか?」


「斬れるに決まってるだろう。抵抗がない分、豆腐より楽に斬れるぞ」


「…………パイセンだけですね、斬れるの。抵抗ないっていうか、形ないものを斬る方法なんて思いつきませんよ」


「個体・不定・無形を斬るのが武仙の奥伝だからな。さすがに空気ほど曖昧になると、奥伝を重ねる必要があるがな」


 不定を斬る奥伝・断流剣。

 無形を斬る奥伝・祓魔剣。

 現在の悠太は、この二つを息を吸うほどの気楽さで扱う。

 奥伝と斬り合い、臨戦態勢となっている今ならば、この二つを重ねることも容易い。


「南、雲……くん。スクラちゃんと、戦うの……?」


「残念ながら、戦ったら俺が死にますね」


 目に見えない空気を斬れる悠太であっても、例外が相手では戦いにならない。

 例えば、スクラップが自身の手で破壊する鋼の翼。その歯車一つでさえ、傷付けるには武仙流の秘奥・全てを斬る剣が必要になる。

 剣聖である悠太も全てを斬る剣は使えるが、ただの一振りのために全霊を使う。

 戦いのステージに立つには、牽制の一振りさえ全てを斬る剣でなければならない。


「それでも、いくの……?」


「アイリにお願いされましたし……個人的にはいくつかヘマしてまして。ここらで名誉挽回をしておかないと、剣人会から面倒なのが出てきそうで怖いというのもあるので」


 ヘマとはもちろん、奥伝を相手に二度不覚を取ったこと。

 そして、使うつもりのなかった切り札を二つも切ったこと。

 だが、不覚を取るほどの闘争によって、悠太は研ぎ澄まされていた。


「色々考えてるのは分かりましたけど、戦ったら死ぬんですよね。勝算はあるんですか? というか、パイセンに死なれたらあたしらも死ぬんで、やめてほしいんですけど」


「俺も死ぬのはイヤだからどうにかするが……どうやってもそこで終わりだ」


 武仙流の秘奥を振るだけの余力はあるが、文字通りの全身全霊が必要になる。

 残心を維持することも、状況によっては意識を残すことすらも、できないかもしれない。


「だから、後は任せる」


 アイリーンがスクラップを拾った時点で。

 もしくは、剣人会の鬼面と対峙した時点で。

 この時が来ることを予感していた。

 斬った後、自身に何が起こるかを理解していながら、彼は迷わない。全てをかける覚悟など、とうの昔に終えていたのだから。


「暴走するとは思ってたが、ここまで耐えるのは予想外だった」


「…………懇、願……本機……の」


「アイリが望まないから却下だ。ついでに言えば、その抵抗をやめろ。精神の負荷がかかるのはもちろんだが、斬るモノが見えにくい。このままだと、破壊すらできんぞ」


「…………――要請受諾。規定への抵抗を停止します」


 だらん、と脱力する。

 中途半端に破壊された手と翼は即座に修復を始める。


「――修復完了。規定に基づき勇士の確保に移行します」


 破壊と再生の地獄が終われども、地獄は終わらず。

 否。終わるどころか、より深くなる。スクラップが抑えていたのは、行動だけではなかった。魔導師でなくとも、世界が一変したと感じ取るほどに――呪力が変質した。

 呪力の純化――そうとしか呼べなかった。


(全体的な傾向は師匠よりも姉弟子に近いが、古すぎてよく分からん)


 本に例えるならば、師である武仙は古びた和書、姉弟子は竹簡。

 そしてスクラップは、未知の言語で書かれた石版。ちなみに、暴走する前のスクラップも石版であるが、読めずとも見慣れた言語で書かれていた。


(だが、斬るべきがモノは観えた)


 破壊と再生を繰り返す中で、空の目は二つの石版を映していた。

 普段のスクラップを知っているため、どちらを斬れば良いかは分かるが、ことは単純ではない。石版とはあくまで例えであり、実際には理解困難な――否、理解してはいけないナニカであり、両者は複雑に絡み合い相克し合いっていた。


(なら、後は斬るだけ)


 悠太は構えを捨てた。

 剣とは、無闇矢鱈に振っても斬れない。皮や肉を傷付けられても、骨までは断てない。

 構えとは、剣に骨を断つほどの力を伝えるための手順。動きが限定されてしまうが、それは無駄のない動きをするために必須ものも。

 だが、全てを斬る剣を手にしていればどうだろうか?

 どれだけ適当に振り回しても、どれだけ力が張っていなくとも、抵抗なく骨を断てる剣があればどうだろうか?

 構えという名の必須は、ただの制限に成り下がる。


「――エラー」


 スクラップが足を止める。


 ――エラー

 ――エラー

 ――エラー


 壊れたレコードのように、足を止めたままそれだけを呟く。

 悠太も同じく足を止める。

 スクラップと違い、肩やつま先、手首や太股が小刻みに揺れるが、その場から動かない。


「……」


 全てを斬る剣を十全に扱うために必要なのは、対象に近付く技術。

 間合いに入らなければ、全てを斬る剣など無用の長物。極論を言えば、対象との距離が一キロでも一メートルでも、間合いに入らなければ同じなのだ。

 だが、間合いに入れることは、相手の間合いに入ることでもある。


「…………、っ……」


 魔導の加護を持たない悠太は、防御という面では紙も同然。

 そして、スクラップの間合いは悠太よりも広い。一歩でも踏み込めば、周囲に散らばった歯車や鉄塊を操り、もしくは四肢を雑に振り回す。剣聖を相手するにはあまりにお粗末であるが、武器となる残骸は山のようになる。

 文字通りの物量で圧殺されるが、悠太が振るうのは全てを斬る剣。

 磨り潰されようとも、間合いにさえ入ればそれで充分。殺されたとしても、同時に斬り殺せるのだ。


「――エラー」


 呟くと同時に、光景がリセットされる。

 確かに斬られたのに、斬られていない。だが、すぐに同じことが起こる。

 近付き、磨り潰し、斬り殺される。

 近付き、磨り潰し、斬り殺される。

 近付き、磨り潰し、斬り殺される。


「――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――――――エラー、――エラー、――――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――エラー、――――――――エラー、――――エラー、――エラー、――エラー、――――――――――エラー、――エラー」


 両者の間で起こっているのは、真に迫った読み合い。

 悠太が小刻みに身体を動かすのは、読み合いを誘発するため。両者の読み合いは軽く五〇〇を超える。現実にはなにも起こらないが、剣聖と神造兵器。

 その精度はもはや、現実と何ら変わらない。

 一〇〇〇迫る試行は両者の精神を確実にすり減りていき――


「――エ」


「武仙流・皆伝――」


 試行の果てに見いだした唯一の勝機。

 認識の盲点を突き、背後に立つ。

 だが、試行を続けたのはスクラップも同じ。剣が振り下ろされるよりも早く認識し――


「……?」


 ――動きを止めた。

 文字通りのエラーだが、原因は剣の位置にある。

 振り下ろす先には、何もないのだ。


「――絶刀」


 全てを斬る剣――絶刀は空振り、地獄は終わりを迎えた。

お読みいただきありがとうございます。


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