狙いは、始めから
剣士の正道とは、ある種の万能性を目指すことである。
あらゆる敵、あらゆる戦場、あらゆる困難を、剣一本で切り拓く。
武仙流の奥義である「全てを斬る剣」は到達点の一つと言えるが、そこに至る者はほんの一握り。故に、多くの剣士は複数の型を用意する。状況に応じて有利な型を選び、選べるように鍛錬を積む。
フレデリカの一足一刀がゲテモノ呼ばわりされるゆえんである。
(……とはいえ、どうしよう? ぶっちゃけ手詰まりなんだよな)
ゲテモノ剣術で戦闘が成立するのは、磨き抜いた魔導にある。
悠太から剣魔一体とまで称賛されたほどに、剣との不可分の魔導が。
「――ノウマク」
「させません――っ」
平時ならばともかく、戦闘中の彼女は魔導主体では戦えない。
魔導の使用はブラフか、隙を潰すための補助。相手を動かすことはできても、戦況を変えることはできない。
(やっぱり、堅い相手は苦手ね。これまで当てることに焦点当ててきたけど、もっと手軽に斬れる技を考える必要があるか)
これまで火力不足で悩むことはなかった。
まず、悠太にはそもそも当たらない。魔導による守りがないので、避けるのが最良の選択だからだ。火界咒よりもバレットを多用する理由もここにある。
また、大抵の相手なら火界咒で充分――というより、火力過多になってしまう。
火界咒を纏わせた剣でさえ、防げる者は多くない――魔導的には。
「……使いたくありませんが、仕方ありません」
フレデリカの弱点は、物理的に堅い者が、技量的に堅い者だ。
現在、切り結んでいる彼は、両方の意味で堅い相手。つまり天敵に等しい相手なのだが、なぜか彼は焦っているように見えた。
「何? その、ガラスに入った怪しげな液体は?」
「これですか? こうやって使うものですよ」
ガラス製のシリンダーを首筋に突き付けた。
すると、筒の中の勢いよく減っていき、空になると同時に落ちて砕け散る。
「……う、ぐぅ」
「まさか、ドーピング!! 何考えてるのよ!?」
魔導師にとってドーピング、薬を使うことは珍しくない。
多かれ少なかれ、魔導は精神を狂わせる。狂った精神を整えるため、もしくは魔導を扱うに相応しい精神に整えるために、薬は用いられる。
また薬は、精神だけでなく肉体にも大きな影響を与える。
スポーツの世界でドーピングが禁止されるように、記録に影響が出るほどの効果もある。
「……あなたに、勝つためです」
「なら、なおさらよ! このままなら、あなた達の勝ちよ!」
互いに攻めきれない千日手だが、時間は剣人会側に味方する。
現状維持を続ける時間稼ぎ、一種の籠城戦は当初の予定通りであるが、スクラップという不確定要素がある。
だが、現在のスクラップは不安な状態にある。
時間をかければかけるほど、暴走する可能性が高まるのだ。
フレデリカ達は、スクラップが暴走する前に現状を打破しようとしており、暴走するまでに解決できなければ敗北となる。
「だと、しても……これには意味があります」
呪力にはなんの変異はないが、肉体的には目に見える変化がある。
目は血走り、柄を握る強さや、地を踏みしめる力など、剣士であれば一目瞭然の変化。
「では、行きます」
まず、流星を防ぐために広く展開した障壁が縮小し、密度を高めた鎧となった。
次に、フレデリカ目がけて突っ込んできた。
「しま――っ」
何も考えていないような、後先考えない突進だ。
バレットや火界咒で迎撃しようにも、短時間で高密度の障壁を破ることはできず、突進を止めることはできない。
フレデリカにできることは、悪手だと分かりながらも回避するだけ。
「待――っ」
「――遅いです」
彼の狙いは、始めからフレデリカの後ろにあった。
防衛の要である火界咒の壁に。
「奥伝技・再現」
全ての剣士が目指す境地とは、武仙が至った「全てを斬る剣」である。
過去に幾人もの剣士が武仙に弟子入りし、されど至らずに去っていた。だが、その前提である三剣の一つ二つであれば、修めた剣士は多い。
そして、武仙は自身の剣技を秘匿する気がない。
「――疑似」
武仙の三剣とは、全てを斬る剣を三つの要素に分けた奥義。
すなわち――
無形を斬る――祓魔剣。
不定を斬る――断流剣。
そして、個体を斬る――
「破城剣――!!」
個体――物質の強度を問わず斬り裂く剣技。
金属を砕くほどの膂力と、斬り筋を見抜く眼力を必須とする、紛うことなき武の奥義。
彼が扱うのは、薬や魔導の補助を受けた上で、強引に再現した贋作。
あらゆる物質を斬るほどではないが、城壁を砕くことはできる。また、それほどの威力があれば、大抵の魔導障壁を力業で斬り裂くこともできる。
汎用術式で制御された、火界咒の壁も例外ではない。
「今、……です」
炎の壁の五分の一が消し飛び、四人の剣士がそこに飛び込んだ。
突進を避けるために体制を崩したフレデリカでは、彼らを止めることは叶わない。
流星の被弾を恐れず進む彼らはバレットを意に介さず、火界咒を操作し生み出すには時間が足りない。
彼らは壁の内側へと踏み込み、剣を振るって終わり――と、なるはずだった。
「呪力収束・術式解放――マクロ」
籠城戦とは、守るだけの戦いではない。
援軍到着を待つ時間稼ぎであり、時には遊撃隊を出して敵を攪乱する。
また、即席で作られた炎の壁に対して、絶対の信頼を置くことができるだろうか?
信頼を置けないとしたら、破られる前提で戦術を組み立てないだろうか?
その答えが今、示される。
「――ミーティア」
術式は単純明快――フレデリカの全呪力と同量の呪力で砲撃を放つ。
平均的な魔導一種の一〇倍の呪力による、圧倒的な物量攻撃。それは呪力の鉄砲水。子供でもできるような単純な術式を、天災のごとき規模で使用するという、単純明快だからこそ対処法が限られる。
圧倒的な呪力に耐える、もしくは受け流す、以上である。
「おーおー、やっぱりミーティアは初見殺しに最適ですね。あ、フーカ先輩、時間稼ぎ乙です。押しつけちゃってすいません」
「これでも剣士の端くれだから、身体張るのは別にかまわないわよ。あんたもサテライトの制御頑張りながら、状況動かしてたみたいだし」
「言うほど手間でもないですよ? ライカ先輩みたいになるよう、素直に撃つように手を抜きましたし。――それよりも、ヤバいのはあっちです」
視線の先には、莫大な呪力砲を当てたのに、変化のない霧の結界。
「力業が通じない以上、解除条件を満たすしかないんでしょうけど……まったく解析できませんでした。やっぱりプロの仕事は違いますね」
「そこは仕方ないわよ。スクラを閉じ込める前提の結界を、三種にも届かない素人が解けるわけないでしょう」
「言ってくれますねー……と、強がりたいところですが、さすがに相手が悪いですね」
火界咒の壁が、擬似的な破城剣で突破されたように。
天災にも等しい呪力砲撃は、大抵の結界を吹き飛ばすだけの力がある。
それができないのならば、別の方法を探すしかない。
「警、告……」
だが、彼女たちには探すだけの時間がなかった。
「本機の即時破壊……を、推――」
糸が切れた人形のように、スクラップから力が抜ける。
ガシャン、と音を立てるように膝を着くと、口から無機質な音が発せられる。
「――規定値を超える魂を確認。規定に基づき勇士の確保実行のため機能を解放します」
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