キャベツ、飽きた……
異界攻略の後始末を終えた悠太は、家のドアを開けると同時に疲れが出た。
「ただいま」
「おかー、めしー」
リビングから聞こえてくるのは、やる気の一切ない声。
悠太はため息を堪えながら、リビングに顔を出した。
「今日は遅くなるって言っただろう。何で食べてない?」
「コンビニ弁当とか菓子パン買ったら、兄貴怒るじゃん」
学校指定の体操着(半袖短パン)を着ながら、ソファーに寝転がるナマモノ――もとい、少女の名は南雲フレデリカ。
北欧系のクオーターで、悠太とは従兄妹という関係である。
「栄養価を考えて買えば怒らねえし、惣菜とか買って飯温めればいいだろうが」
「やー、めんどー」
スマホゲームをしながら床に垂らす金髪を、つい引っ張りたくなる悠太。
だが、栄養価の偏った食事をしなかったので我慢することにした。
「……遅いし疲れてるから適当に作るぞ。文句言うなよ」
二〇分ほどで準備は終わった。
テーブルに並ぶのは、ぬか漬けの盛り合わせ(キュウリ・ナス・春キャベツ)、味噌汁(タマネギ・春キャベツ)、バター炒め(春キャベツの千切り)、ソース炒め(春キャベツの乱切り)、そして白米と生卵だ。
「兄貴、肉は?」
「タンパク質なら卵と味噌があるだろ」
「栄養素だけで語るんじゃないわよ!」
「昼飯と買い食い、おやつは見逃してるんだから黙って食え」
えー、と口を尖らせながらも箸を取る。
二人は黙々と皿を空にしていくが、表情は死んでいた。
「ソース炒め、味が濃かったな。次はソース半分にするか」
「いや、濃さはこれでいいけど……飽きた。キャベツ、飽きた……」
「言うな。俺も飽きてんだよ……」
レシピアプリにあるキャベツレシピを片っ端から試すこと一週間。
毎食キャベツまみれの生活は、二人の気力を奪っていた。
「急な仕事だったみたいだけど、何あったん? 二日連続なんて珍しいけど、逃した?」
「別に。ちょっとばかり、魔導災害に遭っただけだから」
「え、うそっ! 気付かなかったけど」
「無理もない。どっちも天乃宮管轄だ」
うわぁ……、と声が聞こえそうにげんなりするフレデリカ。
「……昨日から連絡がひっきりなしなんだけど……やっぱり、天乃宮が昨日何かやったの?」
「知らねえし、知りたくねえよ。――ただ、天乃宮がピリピリしてたのは確かだ」
「食堂でバカを殺しかけたって噂を聞いたけど、それね」
スマホを取り出すと、パタパタと親指を動かす。
連絡があったという知り合いに、悠太からの情報を伝えているのだ。
「――しゃっ、一万円になった」
「小遣い稼ぎにケチつけないが、ほどほどにしろよ」
「でーじょーぶでーじょーぶ、ヤバい情報は出さないようにしてるわ」
「何がヤバいかなんてなぁ、人によって違うんだよ」
連絡があった知り合いとは、情報屋と呼ばれる種類の人間である。
高校生が関わるような職業ではないが、二人には関わるにたる事情があった。
「じょーだん、さすがにー。でも今回は特別。学校の探り具合がちょっと異常だったから。ここで恩を売っとかないと恨まれるレベル」
「なら、仕方ないな。剣聖だのプロだの言っても、後ろ盾なんてないからな……」
はあぁ……。
二人同時にため息をついた。
「兄貴はマシでしょ、武仙様の威光があるんだから。本当の意味で後ろ盾ないのはわたしの方よ。魔導三種は取ったけど、独学だから師匠なんていないし、フリーだし……」
魔導三種とは、プロの魔導師として活動するための資格だ。
天魔付属の魔導科に通う生徒は、その資格を得るために勉強をしているのだ。フレデリカも、三種よりも上の二種や一種を取るために天魔付属に通っている。
「――んで、いくらの仕事だったの? 兄貴が疲れるくらいなんだから、よっぽどの大物なんでしょ」
「大物……は、大物だったけど、どっちかって言うと素人のお守りが大変だから」
「そっかそっか、おつかれー。――んで、いくらになったの?」
絶対に金額を聞く、という強い意志を感じられた。
「合計で五〇〇万」
「ごぉっ!? な、なにやったのよ!?」
絶叫するのも無理はない。
常人の年収にも匹敵する額を、わずか二日で稼いだのだ。
プロの魔導師であっても、よほどのことがなければ無理である。
「あくまでも合計だ。三〇〇は物納だし」
「どっちにしろ、なにやったのよ……」
「魔導災害だよ」
「フェーズⅣ、とか?」
「フェーズⅡ」
フレデリカは混乱したように数度、まばたきをした。
魔導災害にも相場がある。フェーズⅠであれば数千円で、フェーズⅡなら数万円。フェーズⅢ以降は状況次第という具合だ。
そして相場以上の報酬が出る場合は、大体がヤバい厄ネタがある。
「リスクと損益は考えてるって信じてるから、無茶はしないでよね」
「無茶なんてしねえよ……師匠のしごき以外では」
「なんか、信用できなくなってきた――ところで、三〇〇万の物納ってなんだったの? 兄貴の趣味からして魔剣とか霊刀の類いではないと思うんだけど」
「趣味ってか、武器に頼ると腕が鈍りそうだからな」
「最弱の剣聖なんて呼ばれてんだから、少しは補ってもいいと思うけど? でも、武器じゃなきゃなんなのよ? 家具とか小物もらうくらいなら、現金でしょ」
「あー……あれだ。天乃宮関連の施設の、年パスみたいのだよ。ちょっと色々あって」
「天乃宮関連、ねぇー。企業派閥なんて言われるくらい手広くやってる連中よ。体よく客として囲われてんじゃないのー」
日本魔導界は、大きく三つの派閥に分かれる。
政府を頂点とする「中央」、平安の大陰陽師・安倍晴明を祖とする陰陽宗家、土御門家を中心とする「地方」、そして天文宗家と名高い天乃宮家の手足である「企業」。実際にはより細かく、そして複雑に絡み合っているのだが、この三派閥に関わらずに魔導師として活動することはできない。
悠太とフレデリカの二人で例えるなら、フリーとして「地方」に所属している、となる。
「体よく……そう、体よく、ではあるんだよな……」
香織から二〇〇万円を提示された時から感じていた、強烈な違和感。
レールの上を歩かされているような、手の平の上で踊らされているような、見えない糸で操られているような、得体の知れない嫌悪感。被害妄想だと分かっているが、それらが拭い去れなかった。
相手が、天文宗家と謳われる天乃宮だからだ。
常に魔導天文学の最先端を行くと同時に、未来を予言する占星術師でもあるのが、天乃宮家。
自分の行く先が、自分にとっての不利ではないか。自分が不利になるように誘導されているのではないか。そんな不安を一通り胸の内で呟いて、
「――まあ、いいか」
考えるのをやめた。
「なによ急に。何がいいのよ」
「価値がないことを考え続けても、意味がないと思っただけだよ」
思考停止しただけだと、言う者がいるかもしれない。
だが、考えても答えのない問題、考えることが害になる問題はある。また、考えるとは時間を消費することでもある。
限られた時間を、意味のない問題に消費すること。
それは間違いなく、無価値であろう。
「ねー、兄貴。わたし不安になってきたんだけど、大丈夫? 騙されてない? いや、兄貴のことは別に心配してないわよ。最弱でも剣聖だし、わたしより強いし」
「事実でも最弱とか、心配してないとか言うな」
「いーじゃない、わたしより強いんだから。重要なのは、わたしを巻き込まないのかってことよ。天乃宮と抗争になったら、兄貴を売り飛ばしてでも安全を確保するからね」
「はいはい、ならねえから安心しろ」
悠太は空になった食器を持って、シンクへと運び始めるのだった。
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プレイ動画とか見ると、スカイリムがやりたくなる。
もう、一〇〇時間以上やってるけど、たまにやりたくなるのがスカイリム。
初めて召喚魔法メインの魔法使いしてるけど、割と強い。付呪とか隠密とか色々縛ってるのに、結構強い。スカイリムを持ってて、暗殺者スタイルに飽きていたら、召喚魔法メインの魔法使いはおすすめです。