あんなゲテモノを相手にして
流星が堕ちた。
一つ、二つではない。五〇〇を超える光弾の星が堕ちたのだ。
標的に対して適確な軌道を描きながら。
「炎壁の内側から、よくぞこれだけ正確な狙撃ができるものですね。感心します」
一人当たり一〇〇の光弾が襲いかかったが、一発たりとも届かなかった。
「ちょっと正確すぎるのが玉に瑕よね。サテライトは飽和攻撃がキモなんだけど、今の精度じゃ三人くらいが限界かもね。意地悪さをもっと磨けば別だけど、ライカ先輩は性格的に向いてないし」
「戦闘に向かない性格というのは美徳だと思いますよ」
「意外とまともなこと言うね? 戦闘力しか評価しない剣人会のクセに」
「否定はしませんが、人格も重要ですよ。剣の腕に差異がないなら人格者を選びます」
「差異が大きかったら、人格の悪さを飲み込むんでしょ?」
剣士とはそういうものだ。
師となる人間の腕が悪いのであれば師を変える。
剣とは戦い以外の使い道がないのだから。
「選ぶ余地がなければの話です。選ぶ余地があるなら、鬼面殿のような人格者を選びますよ。ボク達のように」
「鬼面殿って、アイリと兄貴に会ったっていう奥伝よね? 兄貴が勝てないって言ってたんだから、戦闘力重視じゃないの」
「剣聖が師であるあなたが言いますか?」
「だから、兄貴が剣聖になったのは師匠になった後よ。兄貴が初伝を授かる前だから、わたしは戦闘力を重視したことがないのよね」
ウソではない。
壊滅的なほどに不器用なフレデリカに必要なのは、強さではなく根気だから。
「なるほど。だから南雲さんの周りには、良い人が集まるのですね」
「ロクすぽ話しもしてないのによく分かるわね。感心するわ」
もちろん、嫌みである。
嫌みであることを理解しながらも、彼は気分を害した様子はない。
「戦闘力を重視するからこそ、分かることもあるのですよ。例えば――」
彼は、絶え間なく降り注ぐ流星を指す。
「――サテライトと言っていましたね、この術式は」
「何か問題でも? 魔導資格なしが組んだから粗が目立つけど、充分でしょ」
「充分だなんて謙遜を。正直に言いますが、これほど素朴で精緻な術式は初めて見ました。膨大な呪力量を前提にしているのが難点ですが」
「呪力バカにしか使えないって素直に言いなさいよ」
一流の証である魔導一種持ちと比べても、フレデリカの呪力は桁違いに多い。
そのフレデリカと比べても、なお桁違いに多いのがライカだ。サテライトはそのライカの呪力量を前提として組まれた術式である。
「物量で押し潰すのは基本ですから、気にする必要はないと思いますよ?」
「コンセプト通りに潰せないから問題なのよ。中伝の四人ならともかく、初伝のあなたに通じないじゃないの。障壁が堅いのは身に染みて知ってるけど」
中伝の四人は光弾を躱したり、斬り弾いたりしている。
対して初伝の彼は、多重の障壁によって光弾を防いでいた。
「それは五人に分散しているからでしょう。光弾の数が一・五倍ほどに増えれば、確実に押し潰されますし、兄弟子達も同じでしょう」
絶え間なく落ち続け、五人を足止める流星。
止めるためには火界咒の壁を突破する必要があるが、流星の対処に意識を取られて突破することができない。
対してフレデリカ達も、現状維持を脱する手段を持たない。
「呪力量や、火界咒の密度こそ規格外ですが、使用しているのは汎用術式――それも、ただのバレットです。基本的すぎでプロでも牽制や補助程度にしか使わない術式を、これほど厄介に使いこなす様は、芸術的とさえ言えます」
「あー、うん。マクロ組んだ後輩に言っとくわ」
剣士らしからぬ褒め言葉。
魔導師として見ても同じだ。
剣士も魔導師も、芸術家ではない。どれほど精緻な術式であろうと、どれほど複雑な構成をしていようと、求められる結果を出さなければ意味がない。
だからこそ、素直な驚きを見せたのだ。
子供でも作れる泥団子で、剣士五人と拮抗して見せたような現状に。
「ウソだとお思いなら心外です。ボクは心底本気ですよ」
「……別に、複雑なだけ。後輩が組んだマクロがスゴいのは認めるけどさ、わたしがバレット使ってるのは才能のなさが原因だから……」
火界咒の生成と制御を分けることは、邪道の類いだ。
煩悩を退ける破邪顕正の力である火界咒は、現代魔導の最前線でも使用される強力な力。
使いこなせれば、コレ一つで戦略級の戦果さえ出すほどだが、フレデリカでは戦術級ほどの力も引き出せない。
例えるなら、国宝級の陶器作れる粘土で、綺麗な泥団子が作れてスゴいですね、と言われるようなものだ。
「剣人会は戦闘力重視ですから。才能のなさを他でカバーすることは、普通に評価対象ですよ」
「文化が違い過ぎるわね。自分が理想とする姿を追求し続けるのが武仙流――というか、求道思想だもの。もしかして、距離を取ってるのって音楽性の違いが原因?」
火界咒の炎弾と、火界咒を纏う一足一刀。
当初は優位に進めていたが、時間が経つごとに優勢は相手に傾いていく。
「それはあるかもしれませんね。剣人会に修められた研鑽を参照すれば、南雲さんは今以上に強くなります。特に、剣と魔導を組み合わせる戦い方は、退魔技巧との相性が抜群です」
「その結果が、何の面白味のない防御重視の魔導? 剣の方も面白味がない剛剣――は、別よね。わたしや兄貴だって、剛剣使えるなら使うし」
魔導全盛の時代であっても、体格差は近接戦を左右する重要な要素。
フレデリカは呪力はあれど、細身故に剛剣との相性が悪い。
悠太は体格こそ平均より上であるが、呪力がないので使用できない。
「面白味のない、手垢のついた定石が残る理由、言う必要はありませんよね?」
「誰もがマネしたくなるほど強いからでしょ。あなたみたいな王道路線から見たら、わたしの剣や魔導なんて邪道なんでしょうけど」
「剣人会で見ないスタイルなのは否定しませんが、憧れがないと言えばウソになります」
一足一刀に至る剣士は実は数多い。
だが、実戦で使える剣士は少ない。
なぜかといえば、フレデリカのように一動作だけの一足一刀だから。
初動を見抜けなくとも、動作が一つだけならいくらでも対策できる。そのため剣人会に所属していれば、一動作だけの一足一刀など許されない。
……いや、悠太も許しているわけではないのだが、それを前提に戦術を組んでいるので黙認しているだけである。
「剛剣使いがなにを憧れるのかしら? まったく逆でしょうに」
「まったく逆だからですよ」
彼の脳裏によぎるのは、魔導剣術での試合。
「試合のルール内であれば、圧倒的有利はボクにありました」
「でしょうね。あなたの障壁、ルールの中じゃ最高レベルだし。――もしかして、魔導剣術前提で鍛えてた?」
珍しいことではない。
剣人会と言えど、所属する全員が戦闘員ということはない。
一握りの本物を見いだすためには、裾野を広くし、受け入れる人数を増やす必要がある。
魔導剣術のような大きな大会で優勝できるとなれば、ライトユーザーという広い裾野へのアピールになるからだ。
「我が師の予想では、危なげなく勝てるはずでした。……ええ、はずでした」
「そうね。わたしがみっともなく悪あがきして、最後の最後で凡ミスして負けたわね。もしかして、評価が下がったとか?」
「まさか。ボク相手に勝機を見いだした南雲さんを褒めてましたよ。ボクに対しては……あんなゲテモノを相手にして災難だったな、と」
「……ゲテモノとは、言ってくれるわね」
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