火界咒の制御
本日はフレデリカのターン。この子書きやすいから好き。
火界咒に代表される真言。
それらを含む古い魔導は、現代魔導との相性が悪い。
様々な要因がある複雑な問題なのだが、特に大きいのが信仰心。
古い魔導の多くは、精霊種や神霊種と繋がることで力を借り受ける。この繋がりを太くする要素が信仰心。
対して、汎用術式に代表される現代魔導は、理性と論理を重視し、誰でも使えることを主眼に置く。呪力さえあれば、どんな人間でも一定の力を発揮する。その汎用性実現のカギとなるのがデバイスなのだが、これが信仰心との相性が悪い。
だが、優れた魔導師とは抜け道や例外を見つけ出すもの。
「マクロ〇八、ウォール」
フレデリカの見つけた抜け道は、生成と制御を分けること。
信仰心が必要な生成はこれまで通りの火界咒で。
生成した火界咒の制御を汎用術式で。
準備という手間はかかるが、それを補ってあまりある速度を得られる。
「マクロ〇一、バレット・ハンドレット」
剣を一振りする間に、目隠しのための火界咒の壁と、火界咒の弾丸を放つ。
速度に優れる現代魔導師には珍しくないが、火界咒であることを考慮すれば偉業と呼ぶに相応しい。
「ノウマクサンマンダ」
「させませんっ!?」
単純な抜け道故に、対処法も単純。
火界咒の生成を阻めば良いのだ。
「さすがに直情的すぎるわ」
フレデリカの基本戦術は、相手の選択肢を狭めること。
真言の中でも特に高い攻撃性を持つのが火界咒。生成と制御を分割したことで危険性は増大し、対処の優先度度が上がる。
そこに差し込むのが、火界咒を纏わせた一足一刀。
「良い判断をするじゃない。障壁で防ぐタイプは、初見だと判断を誤る人が多いのに」
「固い障壁を張れるからこそ、限界を理解しているんです。あなたのように、魔導と剣を合わせた攻撃に弱いことも」
「その性質の所為で、魔導剣術だと制限されてるのよね」
障壁を纏った剣と、火界咒を纏った剣による鍔迫り合い。
足を止め、四人は隙を晒したフレデリカを仕留めようと動くが、火界咒の弾丸が阻む。
「でもさ、こんな誰でも思いつく派手な剣、あなたも試したことあるでしょ? で、派手なだけで有用性がまるでないってことも実感したんでしょ? それを警戒するだなんて、ちょっとおかしくない?」
普通では起こりえない現象を引き起こす魔導であっても、現実の影響から逃れられない。
フレデリカの使う炎の剣も同じだ。創作物では見た目の派手さからよく登場するが、熱エネルギーと近接戦とは相性が悪い。
熱エネルギーの伝達にはある程度の時間が必要だが、斬るという行為は瞬時に完了するため熱が伝わりきらない。また、仮に伝わって傷口を焼いたとしても、出血という福次効果を妨害してしまう。
もちろん、切り傷よりも治りにくいが、火傷を負わせたいなら剣に纏わせる必要がない。
費用対効果という面で、あまりにも非効率なのが炎の剣なのだ。
「熱エネルギーを完全に制御して、ボクの髪だけ焼くような人の剣を警戒しないわけないでしょう!?」
また、近接戦で熱エネルギーを使わない理由の一つが、制御の難しさ。
並の術者では相手を焼くと同時に、自分自身も焼いてしまう。熱エネルギーの扱いに長けた術者でも、近接戦と両立することは難しい。兵器や武器の最低条件である、敵だけを攻撃することを満たすことは、それだけ難易度が高いのだ。
「そもそも、これだけ魔導と剣を両立できる人が、なんで三種と初伝なんです!? 魔導資格は国家試験なので別かもしれませんが、中伝は師が認定すればもらえるでしょう。剣人会なら文句なしに中伝認定されますよ!」
「剣人会は何でもありの実力主義って話し本当なんだ。うちとはまるで違うわね」
フレデリカが入れた蹴りは障壁で阻まるが、鍔迫り合いの圧が弱まり互いに距離と取る。
同時に十数発の炎弾を叩き込むが、全て障壁で弾かれた。
「実力主義でないなら、何を基準にしているのですか?」
「違うのは実力主義じゃなくて、何でもありの部分よ。魔導だろうが薬物だろうが何でも使って基準を満たすんじゃなくて、純粋に剣の腕だけを評価するの。わたしの場合は、一足一刀以外がアレだから」
一足一刀に限れば、悠太に匹敵するほどの練度があるのだ。
だが、一種類しかないためどうしても評価が低くなる。悠太も選択肢を増やせと指導するが、フレデリカは相手の選択肢を狭めるという戦術を取っている。
「位階が上がらないことに、不満はないのですか?」
「え、なんで?」
「中伝以上になれば、剣士としてですが信用も評価も上がりますよ」
剣人会は民間組織であるが、歴史の長さなどから半ば公的機関となっている。
達人の証である奥伝は、己の流派を立ち上げることも可能。ここまで上り詰めれば、食うに困ることはなくなるのだが。
「あー、なるほど? でも、剣士としての評価って興味ないのよね。あくまでも魔導師だし」
フレデリカの呪力は、平均的な魔導一種持ちの一〇倍。
それを活用するならば剣士よりも魔導師なのだが、彼女の剣は片手間で習得できる腕を超えていた。
「剣聖殿に師事し、剣人会における中伝級の力をその年で得たのにですか? 常軌を逸した反復でしか習得できない技術を修めていたのに、魔導師をえらぶのですか?」
「兄貴が剣聖になったのは、わたしに初伝を授けた後よ。それに剣を教わったきっかけも、魔導を修めるための手段としてだもの。中途半端に修めるのは危険だから、そのままやってるけど。……まあ、嫌いじゃないのと、将来的に使うつもりだから続けてるけど」
彼女の呪力は、一人前の魔導師でなければ特殊な処置をされるほどに多い。
もちろんのように魔導師としての将来を期待されていたが、持ち前の不器用さから誰もが匙を投げてしまった。流れに流れて悠太に剣を教わり、その反復を通して呪力制御を磨くまで、まともに術式を扱うことができなかったのだ。
彼女が魔導師を目指すのは、匙を投げた教師達を見返したいという部分も大きい。
「使うのであれば、なおさらに位階をあげた方がいいのでは?」
「充分な力量もないのに高位の位階を名乗るのは危険だし、兄貴の剣を見てると初伝なのも納得できるってものよ。それに、剣人会で中伝の認定を受けるって、師匠を変えることと同義じゃない。あなたはその程度の不満で、師匠を変えられるの?」
悠太は剣人会とは距離を取っていて、フレデリカもそれに倣っている。
魔導剣術という剣人会との関わりが強い競技をしていても、意図して関わらないようにするほど徹底して。
だた、剣人会で中伝を授かったとしても、従兄妹という関係故に切れることはない。
また、自身が望めば悠太は師弟関係を継続するという確信もある。
だが、悠太が良くてもフレデリカが気にする。
だからこそ、彼女は剣人会と距離を取ろうとするのだ。
「ない、ですね。例え他流派からスカウトされたとしても、ボクは師を変えるつもりはありません。――破門されない限りは、ですか」
「でしょう。それに初伝に唆されて旗色変えるような人間、信用されると思う? わたしは信用する気ないし、奥義を授ける気も沸かないし。――ま、武仙流の末席にいるわたしが言っても、説得力はないだろうけど」
「いえ、すごい皮肉だとは思いますね」
武仙流の開祖である武仙は、自身の奥義である三剣を誰にでも授けている。
習得できるかできないかは自身の能力次第だが、諦めない限りは見捨てない。そして、習得した者が三剣を誰かに授けることを禁止していない。
そんな流派の者が授けたくないと言うのが、どれほどの皮肉か分かるものだ。
「皮肉が分かるなら、自分がどれだけ非道なことを言ったか分かるでしょう? だから容赦なんてするつもりないの」
炎壁の内側から、星空を彷彿とさせるほどの光弾が打ち上がった。
「籠城戦の時間稼ぎも終わったことだし、ここからが本番よ」
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