やっぱり嫌いなタイプ
「マクロ、バレット」
現代魔導の傑作、汎用術式・バレット。
速度・威力・射程に優れ、拡張性まで備えているこの術式は、使用者によって魔弾にも豆鉄砲にも変化する。
「初見ならともかく二回目ですよ。対処できないわけないと思いません?」
成美が放ったのは無加工のバレット。
一発目が軸足を止め、二発目で耐性を崩し、三発目は――放つ前に剣士が飛び退いたことで不発となった。
「んん、ん~、反応なしですか。予想通りですけど、やっぱり不自然ですね」
スクラップの討伐部隊に選ばれたのだから、理性で動揺を抑えるタイプだと考えていた。
だが、雑な挑発に反応するような剣士が、反応を理性で完全に制御することができるだろうか、と疑問を持った。
「人形か何かを操作してるかとも思いましたが、当てた時の感触は生身なんですよね。となると何かしらの術式で制御していると――ああ、なるほど。その能面が手品のタネですか」
「能面? そんなの付けてな……あ、見えた。つまりアレね。認識しないと見えない系の術式もかけられてるってわけか」
何のために、とは思わない。
能面を付けた武装集団と、付けていない武装集団。どちらをより警戒するかと問われれば、間違いなく前者だと答える。
「どこかで見破られるとは思ってましたが、こんなに早いとは予想外です。しかもノーマークだった方に。お名前を聞いてもいいでしょうか?」
「紀ノ咲成美ですが、絶対に呼ばないでくださいね。何かあなたに名前を呼ばれたくありませんので」
「報告書に書くために聞いただけですから、構いませんよ」
「うわー……やっぱり嫌いなタイプです」
認識はしているが、成美個人を見ていないのだ。
枯れている悠太と違い向上心に満ちているが、戦闘力のみで人を判断しているようにすら感じる。その一点が何より不快であった。
「構いません。好かれようと嫌われようと、ボク達の仕事は変わりませんので」
「ははーん、一人だけ能面付けてないのは交渉役だからだと思ってましたが、そのクッソお堅い頭が一番ですね。後ろの人達みたいに感情的ならないってのは、厄介ですからね」
四人に対して嘲笑を向けるが、僅かに反応するだけ。
無闇に動いてもバレットで迎撃されるだけであり、ここで感情的になるのは初伝である彼以下であると証明することになるから。
「厄介なのは別に良いけど、具体的にどう動くの? まさか待ってるだけとか」
「もちろん、待ってるだけに決まってるじゃないですか。最初っからその予定ですよ?」
悠太と比べれば未熟ではあるが、彼らは格上。
その上、人数までも上回ってしまえば、勝ち目などゼロに等しくなる。
唯一の勝ち筋が籠城戦なのだが、剣人会の戦略はそれすらも組み込んでいた。
「警告。この場からの即時離脱を、本機は推奨します」
「それが難しくて困ってるんですけど、理解した上での発言ですか?」
「肯定。この場からの即時離脱を、本機は推奨します」
アイリーンを背負ったまま、どこか深刻そうに進言をする。
「……マジでヤバいんでしょうけど、決断できないんで理由を教えてください」
「回答。本機の周囲に勇士の存在を確認。このままでは高確率で……本機の…………機能解、放に、至ると予想し……ます」
「オーケー分かりましためっちゃヤバそうなんで方針変更します!」
兵器がその機能を解放したらどうなるかなど、考えるまでもない。
ましてスクラップは神造。悠太が勝てない剣豪が動くほどの兵器の機能など、最大限警戒しても足りないに決まっていた。
「ライカ先輩は最大火力の準備しつつ平行してサテライトの準備! フーカ先輩は勝手に行動して結構です!」
「う、うん……でも、術式の並列起動だと、時間かかるよ?」
「時間がかかるからこそです! いざという時に使い物にならない切り札なんて無意味ですからね!!」
「勝手に動けってのもどうかと思うわよ。指揮官なんだからもうちょい具体的な指示出しなさいよ」
「こっちの作戦バレる方がまずいんですよ! それにフーカ先輩なら臨機応変にできるでしょう?」
挑発するような笑みを浮かべると、同じような笑みを返した。
「マクロ〇五、サテライト」
片膝をつき、両手を組むライカの頭上に、複数の光弾が出現した。
数え切れないほどの光弾は、一つひとつがバレット。それらが複雑な起動を描きながら飛び交う様は、衛星の名を冠するに相応しい美しさがある。
「牧野ライカ。精霊を宿していると聞いていましたが、その一端を目にするのと印象が違いますね。――しかし、規模は大きくともバレットのアレンジ。これで我々と戦うと?」
「呪力も魔導も使い方次第です。それに――私は信じてます。私よりも頭が良くて、色々なものを見ている成美ちゃんを」
「うははー、ライカ先輩の信頼が重いですね-。ちょっとプレッシャーです」
「え? ご、ごめんね……プレッシャーをかける気なんて、まったく」
「誤る必要なんてありませんよ。確かに重いですけど、信頼されてるって証拠ですから。バイブス爆上がりってやつです」
「爆上げるのはいいけど、引き際を間違えないでよ。魔導戦技と違って、当たり所悪かったら死ぬんだから」
成美は顔を弛緩させたまま、空気を引き締める。
ライカは息を呑み、手を強く握りしめて目を閉じる。
「おっかないことを言いますね」
「そう? わたしと違って、あんた達全員、人を殺したことあるでしょう? 兄貴に付いて色々と見てるから、血の臭いとかそういうの、分かるのよね」
「……ええ。剣人会からの正式な仕事として、斬ったことはあります。しかし、今回は個体名スクラップ以外の殺害は禁じられています」
「殺されないからって安心するわけないでしょう」
彼の言葉を信じていないわけではない。
この場にいる唯一の窓口である以上、つまらないウソで信用を損ねるマネはしないと、信頼さえも向けている。
その上で、警戒度を最大限引き上げているのだ。
「魔導師としては母親から、剣士としては兄貴から、背筋が凍るような事例を色々と聞かされてるし、ちょっとでも本やドラマを見てれば分かるでしょ? 死ぬよりも恐ろしいことは、世の中にいっぱいあるって」
「拷問のような非道なマネをすると?」
「当たり所が悪くて下半身不随。激戦の末に四肢欠損。もしくは脳に障害が残ることも考えられるわね。――ああ、女としては消えない傷ができるってのもイヤね。刀傷を勲章みたいに思ってる剣士脳には分かんないかもしれないけど」
成美とライカは、消えない傷の部分にビクリと身体を震わせた。
年頃の女子には死活問題だが、剣人会の剣士達は限りなく侮蔑に近い感情を発露した。
「傷付くのが怖いのであれば、戦場に出なければいいのです。違いますか?」
「違わないけど、女子供を戦場に引きずり出したのは剣人会よ。その自覚はあるの?」
「それを言うのであれば、個体名スクラップを拾わなければ良かったのです。魔導の心得があるのならば、一目で危険性が分かるでしょう。加えて、何度か警告をしています。実行までの時間が短いのは言い訳できませんが――いつでも構わないんですよ。手を引くのは」
「あら優しい。わたしはもちろん続行だけど、二人は?」
言葉にする必要はない。
デバイスから手を離すことはなく、起動した魔導も解除しない。
アイリーンはスクラップの背中から降りたが、側から離れようとはしない。
フレデリカは言わずもがな、である。
「――では、始めましょうか」
開戦は奇しくも、悠太と同時であった。
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