絶対イヤです
アイリーン達の前に現れた五人の中に、見知った顔が一人。
フレデリカはその見知った一人に声をかける。
「粘着質のストーカーって厄介だと思わない?」
「兄弟子達の前でデマを流すのはやめてもらえませんか。ボクがここにいるのは仕事だからですよ」
「知らなかったわ。剣人会ってストーカー派遣会社だったのね。うちの兄貴が距離を取ってる理由が分かるってもんね」
「だから、デマを流すのはやめてください。というか、ここまで言われたから言いますが、はっきり言って南雲さんに女性的な魅力を感じてませんので、仕事だとしてもストーキングはしたくないんですよ」
「――あぁん!?」
胸部が平均以下であることを自覚しているのか、ドスを効かせた低い声で威嚇する。
「誰がド貧乳だって! ぶっ殺すわよ!!」
「いえ、それ含めて全体的にですね、縦も横も何もかもが足りなさすぎて。その意味だと魔導戦技部の方々や妹さんは範疇に入ってないのでご安心を」
「巨乳好きなクソ野郎ってわけね。首を落とせば静かになるかしら?」
「ダ、ダメだよ、フーカちゃん……気持ち悪いのは分かるけど、殺しちゃうのはダメだよ」
「そうですそうです。巨乳好きじゃなくてデカ女好きだから論点ズレてます。性癖としてはまあ、普通の分類ですよ。だけどですね、剣士さん。性癖は別に問題ないですけど、必要以上に暴露するのは気持ち悪いです。ほら、後ろの兄弟子さん達も困ってるじゃないですか」
憤怒するフレデリカの肩を二人が抑えるように。
感情的になった彼もまた、兄弟子達四人に窘められていた。
「……どうしてくれんですか、南雲さん。ボクの評価が駄々下がりですよ」
「知るバーカ! ――てか、何も言ってないのにわたしのストーカーしてるって発想になるのが気持ち悪いんだけど。そこまで自意識過剰になれるほど自己評価高いつもりないし」
「…………えっとね、フーカちゃん。普通はフーカちゃんのことを言ってると思うよ、あの状況じゃ。あと自己評価が高くないならその反応は理不尽……」
「自覚するのと他人に指摘されるのは別ですから」
すんっ、と真顔に戻る。
言っていることは間違っていないし、共感もできるが、理不尽であることに違いはない。
「では聞きますが、あなたでないなら誰をストーキングしていると?」
「んなもんスクラちゃんに決まってんでしょうが。剣聖と分断して、結界に閉じ込めてキルゾーンに誘導するとか、気合いの入ったストーカーじゃなきゃなんだってのよ」
「……いや、気合いの入ったストーカーでも、剣聖殿と敵対したくないんじゃないか? 少なくとも、剣人会に所属する人間なら仕事じゃないと関わりたくないと思うぞ。手合わせを願うなら話は別だが」
「この前のゴールデンウィーク、気合いの入ったストーカー被害にあったのよね。兄貴がお仕事してるときに、仕事先で襲撃した上で、わたしのところに来たのよ。しかも剣人会の人間だったのよね、そのストーカー」
剣人会の人間ならやらない、という予測を否定する実話。
得意満面のフレデリカに、彼は呆れ顔を向けた。
「妖刀《綿霧》の顛末なら聞いていますが、彼は剣聖殿のストーカーだったはずですよ。南雲さんは自分を差し置いて弟子になってる、みたいな嫉妬でしたね。……個人的には、自力で呪詛を焼ききった精神性は英雄的だと思いますが、女性的魅力は一切」
「黙れ訴えるぞ」
マウントを取ろうとして取られただけ。
なのに、殴りかかろうとして二人に止められている。
「えーっと……南雲アイリーンさん、でしたね。彼女はいつもこうなのでしょうか? 大会ではもう少ししっかりしていましたが」
「お姉ちゃんは割とこんなんですよー。お兄さんとの修行中とか、感情的になりますので。あと、大会とかは公共の場なので抑えてるだけですね。猫かぶりというやつですよー」
「ちょっ、アイリ! 何でわたしのことを擁護してくれないの!?」
「擁護できないくらい無様を晒してるからですよー。お兄さんのマネをしてマウント取りたいと思ったんでしょうがー、もうちょっと煽り耐性がないと。お兄さんはほら、指摘されてもそれはそうだな、と流しちゃいますから-。あのレベルまでいかないと」
「うぐぅ……っ、お姉ちゃんはもうダメです」
ガクンッ、と四つん這いに崩れ落ちる。
アイリーンは当然のごとく蔑んだように視線を向け、ライカと成美は呆れたようにため息をつく。
「さてさて。お姉ちゃん静かになってしまったので、わたしが引き継ぎますね-。物々しい雰囲気ですがご用は一体なんでしょうか?」
「知っていますよね?」
「いーえ、知りませんよ。わたしはあなた方が誰なのかも、どのような職業かも、どれだけの支払い能力があるのかも知らないんですよ-」
「なぜ、支払い能力を知りたいのですか?」
「それはもう、慰謝料を始めとした各種請求や、裁判をしたりと色々としないといけませんからねー。ちゃーんと、証拠映像や音声も残してますからね」
予想外の現実的な話しに、彼は兄弟子達を見る。
だが、四人は関わりたくないとばかりにそっぽを向いた。
「あー……本気ですか? ボク達は一応、仕事として動いているのですが……」
「やりすぎる行為は、普通に罰せられますよ? わたしも一応は魔導師のはしくれ。魔導使用で法律違反をしないために計測器を常備していまして、どう考えても基準値オーバーしているんですよ。これはヤバいと記録をし始めたので、まあ、そういう理由なので証拠を残し始めたと言っておきましょう」
「もしかして、今の発言も裁判対策とかですか……?」
うふふ、と笑みを浮かべるだけで何も答えない。
沈黙は肯定と言わんばかりの態度である。
「……これを予想して指示が出したというなら、怖いな」
奥伝にまで至る高位の者を始め、例外は多くあるが――剣士の多くは頭が良くない。
型や対応を身体に刻み込むために、座学よりも実技を重視する傾向がある。幼い頃から武に傾倒すると、勉強関連の評価が低くなりそれが苦手意識になってしまう。そんな苦手意識がある者が、勉強の極致にあるような法律関連の話題を聞けばどうなるだろうか?
思考停止してしまう。
といっても、騙されるかどうかは別だ。
騙されていると感じれば実力行使をすることも可能だから。
「これを伝えれば、あなた方にとって良くないことが起こります。それでも聞きますか?」
「聞きたくないと言っても-、言うんですよね? ならお好きにどうぞ」
また、予め対策をしていれば、実行部隊の者が苦手であっても問題は無い。
頭が良くなかったとしても、指示を実行できるだけの頭はあるから。
「これは魔導省から正式に認可された作戦です。魔導一種所持者である初空霊視官は、汎用神造兵器である個体名・スクラップの危険性を提唱しました。魔導省はこの危険性を承認。剣人会は、個体名・スクラップの無力化を委託されここにいます」
「あららー、魔導省から認可ですか。しかも初空家も関わるとなると、無視できませんね」
魔導師の力量は血統に大きく影響を受ける。
優秀な魔導師を多く輩出する一族も珍しくなく、初空家もその一つ。
いや、日本魔導界において、頂点の一つに数えられる一族である。
「では、個体名・スクラップを我々に引き渡していただけますね?」
「絶対イヤです」
南雲アイリーンは会社を経営している魔導師だ。
政府機関の強さも、有力魔導師も一族の怖さも、行政が動いた際のしつこさもよく知っている。
その上で、政府から出た正式な作戦を邪魔すると宣言したのだった。
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