外れた枷
確かな手応えがあった。
武仙三剣が一、祓魔剣。精神や心など、確かにあるが形なき無形を斬る祕剣。
打撃武器にしかならないデバイスであろうと、意識ある者を無力化するには充分すぎる切れ味を発揮する。
「ないモノをあると見せた上で、あるモノをないとする幻術をかけていたのか。雑だった理由がよく分かったよ」
「…………最後の保険を見破られるとは思わんかったな。幻術斬って満足してくれたら終わったのに。てか、なんで分かったん? ワイも試し切りしたけど、まったく同じやったで」
「端的に言えば勘。無形を斬り続けたためか、そうしたモノには敏感でな」
首を鳴らしてから周囲を見渡す。
幻術の絡繰り、手品の種を暴いた上で、もう一度情勢を確認する。
「空の目を使えば真偽は分かるが、これ以上はさすがに……なら、正攻法で削るか」
悠太の剣は何一つ変わりない。
自身の隙を潰し、着実に距離を詰め、剣を振る。
変わったのは身体能力が向上したことだけ。それだけで悠太は、枷から解き放たれる。
(あかん、詰んだわ)
悠太の枷とは、身体能力の低さ。
生身でどれだけ鍛えようと、術式一つで人を超越するのが魔導というもの。
戦闘とは絶対値でなく相対値。魔導師を相手する限り、悠太は身体能力の面で必ず後れを取る。剣聖と謳われるほどの技術で補っているが、魔導師が同等の技術を持っていれば勝つことはほぼ不可能。
ならば、枷から外れればどうなるのか?
(当たらんとか見えんとか以前に、何しとるんか分からん)
速度の最大値が伸びる。
筋力の最大値が増える。
緩急の幅が大きくなる。
つまり、行動の選択肢が広がるだけなのが、それだけで充分。
(どう負けるんがええんかな。別に逃げてもええんやけど……)
時間稼ぎという仕事はすでに、悠太を校庭に誘導した時点で果たしている。
奥伝としての武威に傷付くことが留意点だが、剣聖相手に逃げ切ることも戦功に値する。
宙に浮かぶ剣の三割がなった時点で、決断を下す。
「意外だな、出てくるとは思わなかった」
「どうせ負けるんなら、奥伝として誇り高くって思てな」
一〇〇を超えた剣が綺麗さっぱり消え去った。
代わりに、一本の剣を手にした男が現れた。
「その剣を複製する魔導、ということか?」
「せや、一を一二に複製する鏑木家の戦闘術式や。なかなかスゴいやろ?」
「剣群操魔の境地、と呼ぶべきかね」
「…………変な名前付けんでもらえます。響きは悪ないけど」
一二の二乗――つまり一四四本の剣を浮かべていたのだが、その分の呪力と処理能力を別に回した。
「ところで閣下。一対一での決闘、受けてくれるか?」
「何を言ってる、さっきからしてるだろう」
「…………懐が深いな、閣下は」
奥伝二人がかりに加え、大量の剣を操る人手。
とてもではないが、一対一ではない。
「退魔技巧の奥伝だったな。先手は譲ってやるから、好きに準備するといい」
「上から目線は気に障るけど、ありがたく――オン・アニチヤ・マリシレイ・ソワカ」
口にしたのは、摩利支天の真言。
実体なき陽炎の加護を得る隠形の術。
目の前にいる相手に認識され、そのうえ一対一の決闘では無用の長物のはずだったが、悠太は意図を看破した。
「攻性隠形、といったな。退魔技巧の常套手段で、一般的には武器の誤魔化すもの。達人ともなれば全身を覆い隠して動きを誤認させるらしいが、さすが奥伝。その域にいる」
「閣下相手に隠し通せるとは思うてへんけど、一目で看破するのはどうかと思うで。とくに全身の方は、剣人会でも秘伝の類いなんやけど、武仙様に教わったん?」
「いや、ある退魔技巧の負け惜しみだ。全身を覆えてればとか何とか」
「あとでそいつの名前教えてくれへん?」
「俺に勝ってから言うんだな」
開始の合図となったのは、呪力の奔流。
ダムが決壊したような激しい流れは、計測器を用いずとも分かる。いや、呪力のまま噴出することがおかしい。魔導災害として何らかの変異をもたらすはすが、ただただエネルギーを放出している。
魔導師であれば誰もが首を傾げるが、二人は互いしか見ていない。
「――ッッッ」
隠形の術式は、幾重にも折り重なっていた。
一層か二層であれば、悠太の観の目は見破っただろう。だが、奥義の名に相応しい隠形は、悠太を持ってしても揺らいでいた。
悠太は迷わずに注視した。
全霊を持って一挙手一投足を見抜き、ゆらり、と動く。
構えは、変則の立居合。遠間から斬るのではなく、ゼロ距離にて刃を当てる。
「隠蔽解除、術式起動」
見破るために視野の狭まった悠太は気付かない。
一二の二乗ではなくなったが、剣は一本ではない。
鏑木響也の手にした剣はオリジナルであったが、全ての術式を解除したわけではない。
隠形術式と同じだ。一四四本の剣は、一二本に増えた剣それぞれに術式を重ねて生み出された。二重に術式から、一重を解除したらどうなるか?
答えは、一二の一乗本。
巧妙にかけられた幻術によって隠されていた一一本が、悠太に触れた。
「発想は悪くなかった。一一本の中に実体が混じっていれば、相打ちで終わっただろう」
触れて、傷一つ付けることなく消え去った。
「クリティカルしたはずなんやけど、なんで消えたん?」
「絶招・旋空。端的に言って、断流剣の鎧だ。普段は体内で回しているが、念には念を入れて外に出した。体外だと消耗が激しいから使いたくないのだが」
呪毒の毒を無効化した切り札である。
初見殺しの多い魔導師相手には必須とも言える守りだが、物理的な現象には一切効果を発揮しない。
「あーもう、気持ちいくらいの完敗や。いいとこなしやったな」
「人の切り札を二枚も使わせておいて何を言う。おかげで使いたくない絶刀を使うことになったぞ」
「使うって、暴走したスクラップ相手にか? ……使わんで勝つ気やったとは驚いた」
呪力の奔流――その発生源がスクラップだ。
悠太は呪力で個人を判別できないが、状況証拠だけで判断した。
「旋空か身体強化、どっちか一つだけなら、絶刀を使う必要なかったんだが」
「そら……悪かったな。悪あがきに付き合わせて」
「気にするな、想定の範囲内だ。それに、元からアレの対処は俺にさせるつもりだったんだろう。わざわざ校内に誘導しやがって」
校舎を挟んでいるが、直線で数百メートルしか離れていない。
また、校舎を中心に結界が張られており、被害を外に出さないようにとの配慮もある。
「上の思惑は聞いとらんから知らんわ。ここまで誘導したら、好きにすればええて。最悪、まったく戦わんでも問題なし、言われててな。ホンマ、どんな絵を描いてるんだか」
奥伝といえど、全員が幹部とは限らない。
鉄砲玉としか運用できない奥伝もいれば、国家レベルの政策に関わる奥伝もいる。
彼の場合は、どちらの意味でも下っ端なのだ。
「断言するが、ここまで奮闘することを期待されてたよ」
「なんで断言できるん?」
「誰かさんの手のひらの上だからだ。この選択の余地がなく事態が動く感じ、覚えがある」
妖刀による魔導災害。
主犯だった少年が追い込む様の光景に、悠太が置かれた状況はよく似ていた。
「そら怖い。良いように使われた身としては、一矢報いたい思うんやけど、どしたらええ?」
「感情の赴くままに、好き勝手動けば良い。大抵の策士は理責めで組み立てるからな。理性と感情の相性の悪さは知ってるだろう」
「なるほど、よう分かったわ。動く気力が沸いたら、好きにさせてもらうわ」
祓魔剣で斬られたのは戦意。
満ち足りた戦意が霧散してしまえば戦う気が失せるが、無くなったらまた満たせば良い。
戦場に赴く悠太の背中を見ながら、戦う意欲を高めようと瞑想を始めた。
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