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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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恥ずべきことではない

 戦いにおいて、優勢・劣勢といった情勢の変化は重要だが決定打にはならない。

 どれほどの傷を負おうと、どれほどの被害を出そうと、致命の一矢を先に届かせれば勝ちなのだ。そこに位階の高低、貴賓の差など関係ない。

 闘争の結果、剣聖である悠太が倒れたように。


(右ふくらはぎに痛み、そこから呪詛を流したか)


 初見殺しによる敗北。

 正体不明の一撃を受けて混乱しているが、冷静に何が起こったかを分析した。


「――奥伝がもう一人いた、ということか」


「負け惜しみすらせんで、すぐにそれか?」


「幻術を使っていたのがもう一人だろう。わざと雑にしたから、自分にかける以外が不得意かはしらないが、そのせいで見逃した。ここまで隠し通した手腕、見事だ」


「……何で分かるん? 説明して悦に入る楽しみ奪うとか、閣下は人でなしなん?」


 勝利の確信という決定的な隙を突かれたが、本来は隙と呼べるものではなかった。

 少なくとも鏑木響也から見て隙はなく、剣を操作していた者達にも突ける隙ではない。

 だが、現実はその隙を突かれて負けた。つまり、隙を突ける者がいたのだ。悠太から認識されない達人が。


「論理的に考えれば分かるだろう? 論理の外にあるとんでも曲芸なら話は別だが、その場合、俺は死んでるか再起不能になっている」


 論理の外にあるとんでも曲芸だが、悠太も使えたりする。

 空の目や三剣といった、武の奥義であるが。


「普通は論理的に考えられんやろ、負けた直後なんて」


「死んだらそうだろうが、生きてるなら考えられなら死ぬだろう? 思考がズレてるのは理解しているが、常在戦場に近付けば似たようなことになる」


「いや、ズレてんのはそやけど、悔しがらん部分がや! 勝つ思てたのに負けて頭空っぽになるやろうが!!」


 だんだんと、悠太を見る目が変わってくる。

 剣の極みに至っているのは間違っていないが、話せば話すほど理解から遠のく。

 剣人会に所属する武人とも、探求者である魔導師とも違う異物のような。


「そうか、納得した。――お前がそこ止まりなのは才能不足でも努力不足でもない。想像力の欠如が原因だ」


 負けた側が、なぜか勝った側に指導し始める。

 位階を考えれば当然だが、恨み節や負け惜しみの一つもなしはズレている。


「常に自身の負け筋を考えろ。勝ち筋の中に負けを見いだせ。まずは座りながら落ち着いて、次は負けた直後に、最後に常に寝ている間にさえ。そこまでしてようやく、化け物に届く可能性が生まれる」


「理屈は分かるで。けど、言うは易しの典型例や」


「だから奥伝止まりだと言ったんだ。本物や化け物は似たようなことを常にやっている。が、別に恥ずべきことではない」


 最弱の剣聖・南雲悠太は自身の異常性を理解している。

 個人で国を滅ぼしうる個人がいる世界に置いて、彼らに対抗しうる存在は必須だ。

 しかし、悠太がそこに至る必要性は皆無で、そんな存在が普通のはずがない。

 ――のだが、


「それは、ワイに剣を捨てろ言いたいんか」


 剣士や魔導師という存在は、普通から外れたがる。


「お前は何を聞いていたんだ。確かに奥伝でも下位止まりだとは言ったが、奥伝に相応しくないといった覚えはないぞ。奥伝二人で剣聖に届いた手腕も見事と言う他ない」


「かすりもせん剣なのにか?」


「確かに、決め手はもう一人の奥伝だ。しかし、この絵図を書いたのはお前だろう。軍師として策を練るの能力も、指揮官として策を実行する能力も希少だ。死闘でないとはいえ俺に届かせたのだから、剣人会の幹部になると思うぞ」


「俺がそれを望んどると、本気で思とるんか……」


 倒れたまま動かない悠太からは見えないが、目に暗い光が灯る。

 低くなった声から彼の様子を想像し、これ見よがしにため息をついた。


「では聞こう。――お前は剣士として何が斬りたいんだ?」


 悠太に尋ねれば、空を斬りたいと即答する問い。

 問いにすらならない問いであるが、彼は答えるよりも先に訝しんだ。


「殺したいほど憎んどる人間の名前でも言えばええんか? それなら五万とおるよ」


 また、これ見よがしにため息をついた。

 質問の意図を理解しない時点で答えは出ているのだが、目的と一致するため解説をする。


「現代を科学万能・魔導全盛の時代と呼ぶ者がいるのは知っているな。そんな時代に剣を振る理由なんてあると思うか?」


「剣聖とは思えん言葉やけど、そらあるやろ。世に蔓延る化け物共から社会秩序を守るっちゅうお役目が」


「それを剣でする必要性がどこにある。殺すだけなら銃で足りるし、通じない相手なら魔導を使えばいい。近接戦にしても銃剣やナイフがあれば問題ない。師匠や姉弟子のような人の域を超えて研鑽を続けられるなら別だが、伝統技術を失伝させない以上の合理的理由はない。にもかかわらず、お前が剣を振るう理由は何だ? と、俺は聞いているんだ」


 反射的に何かを言おうとして、言葉に詰まる。

 頭に浮かんだのは、出世欲や名誉欲、もしくは見返してやりたいとうルサンチマン。

 奥伝に至るまでは毎日のように思い返し原動力にしてきたが、奥伝になってからは意識にさえ上らない。

 というのも、剣人会に置ける奥伝とは一種の上がりなのだ。

 自らの流派を興すもよし。流派を変えずに弟子を取るもよし。外に出れば好待遇で雇われること間違いなし。まさに、剣で成功者になると想像した全てを叶えられる地位こそが、剣人会の奥伝。

 これ以上となると、人外の域に片足を突っ込んだ剣聖などになる。


「もう一度言うが恥ずべきことではない。並の奥伝以上を本物と持て囃しているが、人外の化け物とそう変わらない。それに一矢報いた者を貶す者がいたとしても、正当な評価すらできない愚者に過ぎない。そんな雑音に構う意味があると思うか?」


「……閣下は口が上手いな。ワイを持ち上げて、自分の価値も上げようって腹か?」


 外れかけた仮面を付け直すため、心にもない皮肉を口にする。

 皮肉と理解しつつも、悠太は何も態度を変えなかった。


「剣聖としての責務を果たしているだけだ。人としての域で満足しようと、人外の域を目指そうと、自身の立ち位置を再認識することには意味がある。若い奥伝に無自覚なまま突き進まれると潰れる可能性が高いからな」


「本音とまったく思えんな。一矢報いたご褒美に、本音を聞かせてくれへんか?」


「八割もあれば本音だと思うが、残り二割はただの時間稼ぎだ」


 これまで微動だにしなかったことがウソのように、悠太は立ち上がった。

 土埃を軽く払うと、デバイスを正眼に構えた。


「まったく、自分の未熟と向き合うのは気が滅入る。そうは思わないか?」


「…………呪詛、どこいったんや? 翁でも指一本動かせなくなる呪毒やぞ」


「断流剣の使い手に呪詛が効くわけないだろう。認識した瞬間に術式と斬り捨てた」


「いやいやいや! 術式に加えて怨念も含んどるのが呪詛で、特に毒性が高いのが呪毒言われるんやで!? 断流剣で怨念は斬れるはずがないやろうが!」


「あのな……祓魔剣で剣聖になった俺にとって、怨念なんて雑音以下なんだが……」


 表裏なく純粋に戸惑っていた。

 祓魔剣の使い手であることは隠していないどころか、名乗りに含まれている。

 そんな自分に呪詛や呪毒を使われたのは、殺さないようにとの配慮だと考えたのだが、違ったようだ。


「……効かなかったんなら、なんで効いたフリしとったんや」


「負けたのは事実だから敬意を表して。あと、恥ずかしながら気功法は苦手だから。実践レベルの効果には時間がかかる」


 ハッ、と気付いた。

 見せつけるようなため息が、気功法の一種だったと。


「スクラップだけでなく鬼面殿もいるから、使う気はなかったんだが――敬意を表して全力を出させてもらう」


 気功法は、呪力を持たない悠太にもできる身体強化。

 最弱の最弱たる所以、身体能力の低さを補う技法。

 答えを待つこともなく、悠太は地を蹴った。

お読みいただきありがとうございます。


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