雑な隠し方
日の落ち暗くなった道を一人行く。
(剣気で誘導する構わんが、使い魔の一つでも送ればいいだろうに、まったく)
果たし状には場所の指定がなかった。
近くに人がいるかと期待したが、誰もおらず途方に暮れてた。
場所が分からないなら仕方ないと、玄関とは別ルートで出たアイリーン達を追おうと踵を返すと同時に、剣気を向けられたのだ。
(ぐるぐると無作為に回らされているし、時間稼ぎがメインと見るべきか。剣気は複数人が出してるのは…………ん?)
剣気の質が変わった。
これまでの剣気が研ぎや鍛造の甘い凡刀だとすれば、これは文句なしの名刀だった。
(奥伝の剣気――ここが目的地か)
悠太も通っていた、地元の学校だ。
人の少なさから、小学生・中学生が一つの教室に所属している。
「随分と迂遠なことをするじゃないか」
校庭の中央に立つ男に声をかける。
反応がないのでゆっくりと近付き――飛び退いた。
飛び退いた先でも止まることなく、跳んだり転がったりを数度繰り返す。
「奥伝の割に余裕がないな。見た目通り若くて、手柄を焦ったか?」
「イヤな言うやないか。ワイはただ、身の程を知っとるだけやで」
転がった際についた土埃を払いながら、剣士の声を聞く。
二〇代前半の男で、両の手のひらを店ながらおどけてみせる。
「まあ、確かに。奥伝としちゃ若い部類やし、人並み以上に出世欲はあるで。けどな、マジモンの天才や化け物と比べたらワイなんて秀才止まり。剣聖閣下と決闘したとしても、時間稼ぎがせいぜいやね」
「ふむ、自身の力量が見える相手か。怖いな」
重心の位置、体幹の太さ、視線の置き方。
奥伝を授かるには充分な力量はあるが、同じ奥伝である鬼面とは比べてしまえば見劣り――否。比べるほどが烏滸がましいほどに、隔絶した差がある。
「怖い、ねえ。閣下ほどの方に評されるなんて、同僚に自慢できるな」
「魔導師相手に怖さを感じないのは、不感症かただのバカだ」
二〇メートル以上も離れているのに、悠太は構える。
戦うに値する敵だと認めたにもかかわらず、若い男の眉はつり上がった。
「魔導師呼ばれるんはイヤやな。そら魔導も修めとるけど、本分はあくまでも剣士やし」
「修めているだけなのは剣の方だろう。一〇人以上が扱う儀式術式が敷かれているようだが、制御の中心はあなただ。さらに、これだけの剣を浮かべて操作してる時点で、魔導を修めてるだけなんてあり得ない」
指摘すると、軽薄そうにノドを鳴らす。
「呪力がないて聞いとったけど、なんで分かるん? っていうか、どんな目――ああ、そういや最弱の剣聖は『空の目』ゆうよう分からん目を持っとるて聞いたな。もしかして、魔眼の類いやったんか?」
「幻術での隠し方ってのは大抵は雑なんだ。精緻な絵画の一部を黒や白で塗りつ潰せば、塗り潰したと分かるだろう」
雑と言うが、魔導師の目から見ても剣など存在しない。
だが、悠太が剣型のデバイスを振るうと、何かを弾いたような音が響いた。
「ほんまにどんな目しとるん? 視界はもちろん、聴覚も誤魔化せるはずなんやけど」
「知覚外からの攻撃なんて基本だろう。見えないもの、聞こえないものを感知して、ようやく一人前――ああ、そうか。魔導にかまける程度の秀才。武人の心得があるわけもなし」
「化け物に片足突っ込んどる本物に、秀才言われるなんて光栄やな」
間合いを詰めようとするも、見えない剣に阻まれて近づけない。
だが、見えない剣も悠太に弾かれ、一本たりとも届かない。
「ほんまに見えとる――かは知らんが、分かるんやな」
「言っただろう、塗り潰したようだと。鬼面殿や、彼が動くような相手ならば、俺と同じことができるぞ」
「うーん、事実やから何も言えん。鬼面の翁にもな、似たようなことを言われとんねん。同格か格下なら通用するし、格上にも補助要員としてなら機能するてな」
補助とは、処理能力への負荷だ。
いかな達人、いかな化け物であろうと、警戒できる量には限界がある。一対一であれば一〇〇%を向けることが出来るが、二対一なら半分と。増えれば増えるほど減っていく。
また、単純に手が足りなくなるという面もある。
人間であれば両手両足の範囲でしか動けず、魔導師であっても一度に行使できる術式には限りがある。宙に浮かんだ見えない剣が襲ってくるなど、処理能力を圧迫する方法としては最善の部類である。
「だが、曲がりなりにも奥伝。この次があるのだろう?」
「閣下はひっどいな。せっかく温存して驚かそ思うたのに、ネタばらしをするんやもん」
何もなかった空に、一〇〇を超える剣が出現する。
幻術によって隠されたものが露わになるも、悠太は動じず剣を振るった。
「……や、ほんまひっどいな。驚かんどころか、まだ隠してる剣を弾くなんて。人間業やないゆうか、人間辞めてないか?」
「優れた幻術使いほど、手品の技法を身に付けるものだ。まして幻術を解いた瞬間ほど、人は油断する。全ての幻術が解かれた保証などないのに」
やりづらい、と言いながら楽しそうにノドを震わす。
見える剣の一本を手元に引き寄せて構えた。
「ところで、閣下と決闘する栄誉にすっかり舞い上がって、うっかり名乗ってなかったのを思い出しました。これから名乗ってもよろしいですか?」
「時間稼ぎと、ようやくお眼鏡に適ったようだな」
「あははー、バレてました」
楽しそうに唇を歪める男と違い、悠太は冷め切った視線を送る。
「俺はどっちでもいいんだよ、別に」
平坦な声に感情はない。
構えているにもかかわらず、剣気も闘気も発しない。
「スクラップを気にしているのは、あくまでもアイリ達だ。処遇を決めるのも、結果を受け止めるのも、アイリ達で俺じゃない」
「じゃあ、なんでここに来たん?」
「雛鳥に蛇が近付けば、追い払おうとするだろう」
「追い払っとる間に、別の蛇に襲われとしても?」
「鬼面殿であれば、すぐには動かない。あれほどの武人が、後進を育成する機会を逃すはずがないからな」
奥伝――達人と呼ばれる人種には一つの義務がある。
自身の持つ技術を弟子に伝授し、新たなる奥伝へと育て上げることだ。
武仙が悠太を育て、悠太がフレデリカを育てるように。
「……翁と交流でもあったん?」
「いや。今日が初対面で、存在すら知らなかった」
男から楽しげな笑みが消える。
代わりに露出したのは、嫉妬に似た感情。
(あれほどの武人が、無名なわけないからな)
悠太は剣人会とは距離をとっている。
剣聖として最低限の関わりしか持たないことで、干渉を最小限にしている。
その反面、剣人会で有名な人物や、派閥間の力関係という情報を知らない。
所属する者からすれば無知な人間が、有名だろう人物を語る。これほどの皮肉はそうそうにない。
「噂の最弱の剣聖がどんなもんかって興味だけやったけど、気が変わったわ」
見える剣と、見えない剣。
全てが動き、悠太を包囲する。
「どう変わったのだ?」
「決まっとるやろう、叩き斬る」
殺気混じりの剣気が放たれる。
触れれば斬れるような鋭さを、悠太は平然と受け止める。
「なんだ、負ける気だったのか?」
「ただの仕事や。閣下を足止め出来れば充分ゆうな。ノルマはもう終わっとるから、自由時間をどう使うかを決めたってことや」
若くとも男は達人である。
気分を害しようとも、仕事だけは済ませるのだから
「剣人会「退魔技巧」奥伝――鏑木響也」
「武仙流「心」の理・皆伝――最弱の剣聖、南雲悠太」
虚実混ざる剣が、悠太めがけて放たれた。
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