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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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プロの仕事は大抵危険

 成美の告白によって異界攻略は振り出しに戻った。

 新しい方法を模索する前に、ライカが控えめに手を上げた。


「浄化なら、私が出来ますよ」


 バッと振り返った二人に、ライカはビクッと震える。


「マジですか!? さすがライカ先輩ですね!」


「精霊の力でのごり押し、じゃないですよね。さすがに許可でしませんよ」


 二人の反応は無理もない。

 呪力の位相を整えることは魔導師の基礎。だが、仕事として成立するほどに難易度が高い。もちろん、土地や規模によって難易度は異なるが、フェーズⅡの異界は間違いなく魔導師の資格を持つプロが関わるべき難易度だからだ。


「ヴォルケーノは使いませんよ。……ただ、ゆっくりなので。三時間くらいかかりますが……」


「三時間ですか。帰る頃には暗くなってますかね?」


「一人で三時間なら充分だろう。……プロとしては落第だが、先輩はプロじゃないし」


「うぅ……色々言われてますが、反論できません」


 しょんぼりと肩を落とすが、二人は疑っていなかった。

 ライカが異界を浄化することを。


「さて、ライカ先輩いじりはこのくらいにして、あたし達は何すればいいですか? 靴を舐めろと言われれば喜んでなめますよ」


「なめなくていいです。してほしいことも特にないので、待っていてくれれば」


「分かりました。ほら後輩。牧野先輩の迷惑にならないよう、離れるぞ」


「はぁっ!? 迷惑って何ですか、迷惑って!」


「冗談でも靴をなめようとすることだ。緊張をほぐしたいならもっと考えろ」


「ちょっ、バラすとか何考えてるんですか!? 無粋ってヤツですよ、もうっ!」


 頬をぷっく~、と膨らました成美は、悠太と一緒に女子トイレの奥へと移動した。

 ライカは二人が二人が充分に離れると、頭を二度下げ、二度手を叩いた。


「はらいたまえ、きよめたまえ」


 ライカの周囲の呪力が静止した。


「ここは神のおわす地、烏枢沙摩明王の聖域なり。此の身は依り代、万象を浄化す火の現し身。此の身の声は神の声、此の身の息吹は神の息吹、此の身の――」


 ライカが唱えるのは、呪文ではなく祝詞。

 結界によって強制的に区切られた異界を神域とし、己の内に宿る精霊を神に見立てている。略式どころか原始的というほどに乱暴ではあるが、紛れもない神事であった。

 一音、一言、一句ごとに、異界の呪力は浄化されていく。

 牛歩よりも遅くはあるが。


「はぁ~、尊い、エモい、……いや、これじゃ足りませんね。なんでしょう……この気持ちは? まさか、萌え……悪くはないですがもっと――そう、そうです、神々しいです! ライカ先輩マジ女神ッッ!!」


「召喚士は巫女の一種だから、間違っちゃいないが……女神?」


「女神ですぅ! 異論は認めません!!」


「……そうか」


 色々と面倒になった悠太は、全体を俯瞰する。

 魔導師に必須である呪力を視る目や、知覚するための術式は使えないが、知覚できない事実を認識することができる。例えるなら、絵画に付着した真っ黒な汚れ。魔導師は汚れを透視して絵画を見ることができ、悠太にはできない。

 だが、黒い汚れという形でナニカがあることは分かる。

 ただし、多くの人間は絵画を絵画として認識できるほど視野が広くない。絵の一部分だけしか視ることができないので、真っ黒な汚れであっても絵の一部なのか汚れなのかを判別できないのだ。

 この、絵画を絵画として認識できる広い視野、世界を俯瞰する認識方法こそ、悠太の修めた武の秘伝――観の目である。


(神々しい、か……夜に街灯が一つだけあれば、そう見えるのか?)


 陰の呪力は黒っぽいモヤ、陽の呪力は白っぽいモヤとして認識している。

 あくまでもイメージであるので視界が塞がれることはないが、ライカが呪力的に目立っていることは明白だ。もしも呪力に意思があるのなら、虫に群がられた誘蛾灯のようになるのでは、と想像して、呪力のバランスが崩れた。


「……はぁ、はぁ、はらいため、きよめ……あぐぅ……」


「先輩、どうし――」


「待て後輩」


 成美をとっさに止めると同時に、ライカに向かって風が吹き荒ぶ。

 ただの風ではない。呪詛を孕んだ陰の呪力そのものが、ライカを浸食せんと殺到しているのだ。


点数が下がったお母さんに殴られる勉強してないって言ったのに隠れてしてたのね裏切り者私の方が先に彼を好きだったのに協力してって言ったのになんで取るのよやっぱり顔なのそれともスタイルだったか切ってしまえば私に振り向いてもらえるの切るだけじゃたりないなら硫酸でもかければいいの何もしてないのに何で水をかけるの変な噂を流すの男の子と付き合ったこともないのにビッチ言われなきゃいけないの教科書とか体操着を切り刻まなければいけないの誰よ誰がやったのよ憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎殺してやる殺してやる殺してや殺して殺し殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺


 触れただけで、呪力への認識能力がない悠太にも届く怨嗟。

 直接殺せずとも、精神を病ませ衰弱へと向かわせるソレは、呪詛としか呼べなかった。


「なんで止めるんですか!? 先輩が――」


「牧野先輩には精霊がある。この怨嗟の呪詛も大分薄まっているはずだから、お前は自分の心配をしろ」


「怨嗟の呪詛って、なんのことです? 変なこと言って煙に巻こうとしてません」


「怨嗟は怨嗟…………いや、聞こえてないなら気にするな。聞こえない方がいいものだ」


 異界の呪詛と言えど、フェーズⅡ止まり。

 ライカのように感受性に優れていたり、悠太のように陰気よりの精神をしていなければ、届かないほどに脆弱なのだ。


「……よく分かりませんが、分かりました。パイセンにはライカ先輩を助けれるプランがある、ってことですね。もしなかったら、一年女子の間に変な噂を流してやりますから」


「あるから噂を流すのはやめろ! ただ、お前がネックだから。呪詛に群がられて五秒持つ? もし持たないなら、精霊が荒ぶる可能性があるけど」


「え? 何するつもりなんですか?」


「素手か木刀か、って話だ。俺は先輩の精霊に警戒されてるだろうから、木刀使ったら最悪を覚悟する必要がある。素手なら平気だと思うけど、呪詛を先輩から引き剥がす必要があってな。ちょっと盾になってくれ」


 成美は何も言わずに、ライカを注視する。

 怨嗟の呪詛は届かずとも、対策もせずに受ければ五秒も必要とせずに死ぬことが分かる密度。例え死なずとも才能や適正を焼き尽くされ、魔導師としての道を閉ざされる。


「………………分かりました、五秒ですね。いつでもどうぞ」


 少し悩んでから了承した。

 ちなみに悩んだ理由は、悠太の盾にされるからだった。


「先輩、その呪詛をこっちに撃ってください!」


「で、でも……」


「精霊に暴走されるよりよっぽどマシですから、やってください!」


 異界に入ってから、悠太が警戒するのはライカの精霊ヴォルケーノのみ。

 怨嗟にも呪詛みも歯牙にもかけていないのだ。


「ライカ先輩、大丈夫です。元々、パイセンが戦ってる間にやられないように防御系の術式をたんまり準備しているんで。……相手が魔獣でも一撃は持つはずなので、呪詛なら平気です!」


「…………うん」


 悠太に押しつけるつもりだったという告白には反応せず、ライカは成美を指差した。

 風が一時的に止み、指差した先、成美に向けて吹き荒んだ。


「マクロ〇一、シールド。マクロ二一、エンチャント・セイグリッド」


 現代魔導で最も普及している術式、マクロ。

 発動補助媒体であるデバイスにあらかじめ術式を組み込み、発動までの時間を極限まで短縮する魔導。術式の精度や強度はデバイスの性能に依存するが、現代において最も普及している魔導体系だ。

 プロにはほど遠い成美であっても、怨嗟の呪力を防ぐことができるほどに使い勝手がいい。


「――あああぁぁぁっ!! 無理です無理です無理です無理です! 五秒とか無理ですうううぅぅぅ!!」


 怨嗟の呪力を受け止めた時点で、盾の三割にヒビが入った。

 叫びながら術式に呪力を注ぎ続けるも、二秒の時点で九割ほど破損していた。

 後一秒も持たないが、成美の目は死んでいない。コンマ一秒でも長く生き残る道を思考し続ける。


「見付けた」


 一呼吸にも満たない時間で、全てが終わった。

 怨嗟の呪力が霧散し、成美は盾の術式を解除。息も絶え絶えになりながら、悠太を成美へと視線を向ける。


「……何、したんです?」


 成美の目に映るのは、心臓を抑えるライカと、ライカの額に指を突き付ける悠太の姿。

 木刀は捨てられており、悠太は無手状態。少し考えたが、何が起こったのか理解できなかった。


「ライカ先輩の中に核が出来かけてたら、斬っただけだ」


「素手で?」


「素手じゃなきゃ、精霊が暴走しかねないからな。面倒にもほどがある」


 素手でどうやって斬るんだ、という疑問をすぐに捨てた。

 考えても答えは出ない上、異界が破壊されたという事実がある。結果が出ている以上、悠太の説明に嘘はないのだろう。


「それより、さっさと帰るぞ。俺は先輩を背負うから、荷物は任せていいか?」


「……すいません、パイセン。呪力使いすぎて足が生まれたての子鹿です。背負ってください」


「……………………はあ、先に先輩を保健室に連れてくから、しばらく待ってろ」


 悠太は二人を保健室へと運んでから、生徒会室へと向かう。

 異界攻略が終わったことを告しようとしたが、香織はすでに帰宅済み。疲れや胸の奥から湧き上がる感情を飲み込んでから、悠太は帰宅するのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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