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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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討ち入りです

 防音結界。

 古くからある結界で、使用難易度も低い術式でもある。


(何喋ってるか分からないが、何か喋ってるのかは分かる……精度が雑だ。フーが張ったな。ミレイユさんにバレるのも当然だ)


 成美やライカの方が上手く張れるが、自分のテリトリーだからと無理を言ったのだろう。

 心情や理屈はよく分かるが、バレてしまうなら張らないのと同じである。


(自己満足にしかなってないと叱るべきだな)


 師として叱咤せねばと結界を超えてドアを開けた。


「――討ち入りです! こっちから討ち入るしか方法はありません!!」


「お前は何を言ってるんだ後輩」


「あいた――!?」


 成美の脳天に、強めに拳を落とした。


「いきなり何してんですか! パワハラで訴えますよ!?」


「死地に特攻しようとするバカがいれば止めるに決まってるだろうが。一人だけならまだしも、先輩を巻き込むな」


「おい兄貴。わたしの名前がないのはどういう了見だ」


「黙れ見栄っ張り。結界が甘すぎて会話が筒抜けになってるぞ。ミレイユさんを巻き込みたくないなら、素直に後輩か先輩に頼れ」


「はんっ。筒抜けってお母さんにでしょ。兄貴より鈍いお父さんにバレなきゃいいのよ」


 割り切られた側に哀れみを覚えるが、巻き込む気がないのでよしとした。


「巻き込みたくないから、こっちから討ち入るって? どこぞの跳ねっ返り相手ならやめとけ。魔導戦技と同じ感覚で動いたら相手を殺しかねん」


「パイセン、剣人会は跳ねっ返りに入りますか?」


「最悪、ライカ先輩の精霊が暴走してフェーズⅣクラスの災害になるからやめとけ」


 フェーズⅣの定義は、魔導災害が連鎖して広がっていくこと。

 精霊ヴォルケーノで起こりうる災害としては、まず顕現と同時の大爆発。続いてヴォルケーノが周辺一帯を火の海に変えて、己の眷属を生み出す。最終的には自身が滅ぼされるまでテリトリーを拡大し続けることになる。

 今回は、顕現と同時に武仙が滅ぼすので、最悪のケースにまでは発展しないが。


「……そんなに勝ち目がないんですか?」


「中伝でも下の方が二人までなら、勝ち目二割」


「………………パイセンが相手をすれば」


「九割方俺が死ぬな。たった一人相手に」


 山で遭遇した鬼面の剣士。

 互いに切っ先を向け合っただけだが、悠太が会ってきた中でも最上位の強さを持っている。


「え? パイセンが勝てないんですか? 剣聖なのに……?」


「身体能力だけ見れば、初伝よりも劣るくらいだぞ。今の後輩よりはさすがに上だが、フー相手なら負ける。そんでフーの身体能力は、剣士の中でも下の方だ」


「……でも、動かなきゃ負けますよ。こっちから攻めてようやく勝ち目が見える」


「勝った後のことは考えてるのか? 殺しは論外としても、メンツを潰すような勝ち方をすれば、本気で潰されるぞ。仮に直接動かなくても、悪評を流したり警察機関を動かしたり、なんてことも出来る相手だぞ」


 剣人会の怖さは、ヤクザに似ている。

 公的機関に属さず、武威を持って地位を保つ。

 ヤクザと違う点は、緩くとも秩序を保つ側に立っていること。

 無法な手段を滅多に取らない代わりに、ヤクザでは出来ないような政治的な搦め手が使える。剣人会を相手する場合は、個人と個人の争いに収めなければいけないのだ。


「じゃあ、じゃあ……! パイセンはスクラちゃんがどうなってもいいって言いたいんですか!? アイリちゃんが巻き込まれてもいいって言いたいんですか!?」


「決めるのは俺たちじゃなくてアイリだ。アレの処遇を本気で考えているのはアイリだけで、深い意味で受け入れる覚悟を持っているのもな」


「……ぅ」


 成美ではスクラを庇護することは出来ない。

 友人として関わるのはまだしも、彼女の一存で衣食住を保証することが出来ないのだから。


「もし、アイリちゃんが戦うって決めたら、南雲くんはどうするつもりなのかな?」


「妹分を見捨てるほど、人間性を捨ててないつもりだ」


「じゃあ、もしもの時のために、戦い方を研究しない? 無駄にはならないと思うんだけど、どうかな?」


「もしもに備えるのであれば、参加しないわけにはいかないな」


 押し入れから座布団を取り出すと、空いている場所に腰を下ろす。


「で、どこまで掴んでいるんだ? 討ち入りだなんて騒いでたんだ。拠点くらいは掴んでると思うが」


「おいパイセン。態度が変わりすぎですよ」


「備えあれば憂いなし、だ。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず敗る、でもいいが」


「そこは百戦危うからずを出すべきでしょう、普通」


 彼を知り己を知れば百戦危うからず。

 孫子の有名な一文であるが、これは最後の一節だ。

 この一文には他に二節あり、悠太が口にしたのは最初に一節だ。


「それは理想でしかない。実際には、敵を知らず己を知れば一たび勝ちて一たび負く、がせいぜいだ。自分の強みと弱みを理解するのすら難しいのに、なんで相手を理解できると思えるんだ?」


「まあ、確かに。仮拠点っぽい場所は見付けましたけど、遠目で戦闘スタイルを予想するなんて無理ですもんね。パイセンが勝てないのがいるってんなら、勝ち目なんてそもそもゼロ」


「ううん、違うよ。勝ち目がほぼゼロなのはそうだけど、勝っちゃダメなんだよ、これは」


 悩む成美に、否と言うライカ。


「勝っちゃダメって、どうしてですか?」


「下手な勝ち方をしちゃうと仕返しが怖いから。南雲くんが言ってたように、何でもありだと向こう方が、ね。理想的なのは、スクラちゃんが危なくないって納得してもらうことで。最低でも、暴走したスクラちゃんを自力でなんとか出来るって証明すればいいんだよ」


「言われてみれば確かに。――でも、具体的にはどうすれば」


「……うん。どうすれば、いいんだろうね……」


 戦略的・戦術的な正解が分かっても、具体的な方法が分かるかは別の話。

 二人が知恵を出そうと頭をひねっていると、フレデリカが軽々と答えを出す。


「相手が剣士だってんなら、難しく考える必要はないわ。瞬殺されないように正面から戦って、割に合わないなって善戦すればいいの。具体的にはわたし達がね」


「つまり、普通に戦うってことだよね? それだけで、いいの?」


「これしかないのよ。魔導師崩れもいるけど、剣人会なんて基本脳筋の集まりだもの。兄貴は剣聖だから別として、有象無象のわたし達も油断できないぞって思わせれば、割に合わないって退いてくれるし、逆に言えば認めてくれたってこと」


「の、脳筋……なんだ……なる、ほど?」


「魔導戦技で兄貴に斬りかかってる連中は知ってるでしょう? 七割方あんなのよ、このご時世に剣で食ってこうなんて連中は」


 実を言うと、悠太やフレデリカはこの七割からは外れている。

 フレデリカは魔導師としての技量を高めることが主目的で、悠太は空を斬ることにしか興味がない。二人にとって、剣の技量など手段でしかないのだ。


「となると、取れる手は一つだけですね。パイセンだけで討ち入りして、あたし達は防衛に徹する。これしかありません」


「じゃあ、どこを守るかを考えないとね。さすがにここだと、迷惑がかかりすぎるし。フーカちゃんはどこか良い場所知らない?」


「いや、うちの近くでいいでしょ。お父さんとお母さんには兄貴の家に避難してもらって、アイリとスクラは軟禁しとけばいいし」


 自分の家を戦場にするのを許容できるなら、理にかなっている。

 物理的・魔導的な罠も仕掛けやすいので要塞化が容易で、霊脈も通っているので土地の力も流用できる。


「後はタイミングですけど……パイセンが突貫すれば否応なく始まりますよね? こっちが手薄になりますし」


「そうだな。俺を無視できるほど、余裕があると思えない」


「じゃあ、どう守るかを話し合いますか」


 夕飯の時間になるまで、四人は意見を交わし合うのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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