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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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魔女の頼み事

 山を下りたアイリーンは、軽トラックの助手席に座ってすぐに目を閉じた。

 寝るためではない。目を開けてられなかったのだ。


「……ふぅ、ふうぅぅぅ、は、ぁははぁぁぁぁ」


 歯をカチカチと鳴らしながら、シートベルトの上から自身の身体を抱きしめる。

 呼吸すらままならず、制御が甘くなった呪力が荒れ狂っている。


「スクラップ、早く出せ」


「しかし……」


「ここで出来ることは何もない。早く家に帰って休ませるのが一番だ」


「…………了承」


 荷台の上で悠太は、剣型のデバイスを握りしめて周囲を警戒する。

 剣士特有の鋭い視線は感じるが、襲撃の意図は感じ取れない。


(気配の質から中伝に届くか届かないか、だな。一番天狗になりやすい時期がこれなら、一枚岩と考えるべきか。厄介だな)


 中伝とは、悠太が一人前だと認める境界線。

 剣聖が一人前と認めるだけあり、初伝との差は非常に大きい。

 かつて出来なかったことが出来るようになる万能感は、人を簡単に増長させる。自身の力を理解した上で行動する奥伝とは違う意味で、統率の難しい相手。

 彼らを制御していることが、統率力の高さを証明している。


「要望。質問をしても良いでしょうか?」


 何らかの魔導を使ったのか、スクラの鮮明な声が悠太に届く。


「好きにしろ」


「彼の鬼が約束を守らぬ可能性を考慮しなかったのですか?」


「それならそれで構わない。格下との取引すら守らないクズだと程度が知れるし、その程度に破れるほど剣聖は安くない」


「では、この状況は試金石だと?」


「ただの成り行きだ。どちらに転ぼうと構わないから、結果的に試金石になっているだけ。――だが、個人的にはその程度であった方が楽だった」


 一〇分も走ると、悠太は警戒を解いていた。

 警戒を解いたからこそ、スクラは疑問を持ったのだ。


「本機から見て、あなたは不可解です。呪力がないにもかかわらず、そのあり方は勇士でなく魔導師。合理を重んじつつも、根底では情を重視する。強者であればどちらかに偏りますが、あなたは迷いながらも強者……いえ、迷うが故に強者であるような印象を受けます」


「やけに饒舌だが、よく見ている」


 武仙から免許皆伝を授かってから今日まで、悠太は迷い続けている。

 だが、迷うのは自身が進むべき未来について。剣を握り、斬るべき相手を定めたならば、悠太は決して迷わない。


「謝罪。不快であれば」


「構わない。誰からどう思われようと俺は変わらないし、剣聖とは一挙手一投足すら注視される存在だ。好きにすれば良い」


「了承。好きにします」


 しばらくすると、軽トラックはアイリーンの家に到着した。

 普段は会社の敷地に停めているが、今日ばかりは家の敷地内に停めた。


「アイリ、手助けは必要か?」


「いえいえ、充分に回復しましたから大丈夫です。それに、お兄さんの手を借りたりしたらお母さんに心配をかけてしまいます」


 呪力と呼吸の乱れは収まっている。

 手の震えも注視しなければ気付かない程度には小さく、ライカや成美では気付くことはないだろう。


「ただいま、今日のご飯はなんですか?」


「おかえり、アイリちゃん。今日はね――」


 努めて明るく振る舞いながら、母親と少し会話をする。


「でも、今日は早かったね。お仕事はもういいの?」


「今日は大仕事でしたので、早上がりです。お手伝いをしたいところですが、疲れてしまったので晩ご飯まで休みますね」


「――本機も同行します」


 スクラは小走りになってアイリの後を追う。

 部屋の閉まる音が聞こえると、ミレイユは不安そうに悠太の顔を見る。


「親として、こういうことを言っちゃダメなんだけど……悠太くん。アイリちゃんのこと、頼めるかな?」


「ええ、もちろん。……アイリが求める結果が得られるかは保証できませんが」


「分かってる。良い結果も悪い結果も、アイリちゃんはきっと糧にしてくれるって信じてるから。だから、出来れば最後まで付き合ってあげて。……本当は」


「大丈夫、分かってます。土地の管理者としては、アレを庇うことが出来ないことくらい」


「……あの子が珍しい種族だけだったなら、良かったんだけど。あんなに不安定な子じゃ、どうしてもね」


 土地の霊脈を管理する者にとって、住人の善悪など問題にはならない。

 善性が大きいなら大きいなりに、悪性が多いなら多いなりに、霊脈を整えるだけ。

 もっとも厄介なのは、どちらに傾くかが不明な存在。


「最悪の最悪が起きて、どうしようもなくなったら師匠が斬るでしょうから、ドンと構えておいてください」


「そこで武仙さんの名前を出すなんて、悠太くんはお師匠様を信じてるんだね」


「いえ、まったく。少なくとも人格面はまったく信じてませんよ。――ただ、自分に課した仕事や機能は全うするだろうとは思ってますが」


 ひねくれてるな、と笑みを浮かべる。

 悠太は否定も肯定もせず、声を潜めた。


「ところで、フーは部屋ですか?」


「え、うん。なんだか結界張って内緒話してるけど、部活の作戦会議かも? 奇襲の段取りとか、人質取られたらどうしようとか、物騒なお話ししてるから……」


「把握しました。こっちもどうにかするので、心配しないでください」


 フレデリカは不器用だが、ライカや成美は別だ。

 魔導戦技で経験を積んでいるので、下手な魔導三種持ちよりも高度な結界を張れる。内緒話のために張ったのなら、外に漏れることはないのだが、ミレイユには筒抜けの模様。

 霊脈の管理を任されるだけの腕を持つ証拠だ。


「その代わり」


「うん。盗み聞きはここまで、ね」


 ミレイユは魔導二種を保有する魔導師なのだが、戦闘は得意ではない。

 これは彼女が珍しいのではない。魔導とは戦闘だけの技術ではない。霊脈を整えたり、魔導具や霊薬を作ったり、医療を補助したりと、科学同様にその幅は広い。


「というか、無駄に危険に首を突っ込まないでください。一流の魔女が厄介なのは知っていますが、どうにかする手段はいくらでもあるんですよ」


 ミレイユの母は、ドルイドの流れを汲む北欧の魔女。

 植物を扱う魔導を得意とし、その才や技術はミレイユやアイリーンに引き継がれている。

 悪辣さや抜け目のなさはアイリーンの方が上だが、ミレイユもやろうと思えば似たようなことは出来る。


「ふふふ、分かってるけど、悠太くんにも同じことが言えるよ。相手が剣聖だったとしても、どうにかする手段はいくらでもあるんだから。これは魔女だからってわけじゃなくて、魔導がまったく使えない一般人だったとしても、ね」


 魔導の世界において、弱さとは弱点にはならず、強さも絶対ではない。

 自身が弱いと自覚する者は、その弱さを補うためにあらゆる手段を用意する。

 自身が強いと錯覚する者は、その強さに過信して足をすくわれる。

 最弱の剣聖と謳われる悠太にはいまさらのことだが。


「なーんて、悠太くんには釈迦に説法だったね」


「いえ、あらためて肝に銘じます。相手が相手、ですから……」


 剣豪集団・剣人会。

 剣を極めるためならば、あらゆる魔導、あらゆる邪法を許容する、狂人の集まり。


(個人的には合わないが、油断なんて出来る相手じゃない。かといって、アイリを説得できない以上、アレを見捨てることは出来ない……圧倒的に不利、だな)


 格上が相手であるのに、悠太は取れる手段が限られる――のは、いつものこと。

 だが、いつも以上に限られている。


(まったく、俺は斬るしか能がない人間だぞ。斬っていい相手の前に連れてって、斬っていいぞと解き放つのが一番効率が良いってのに……)


 今回、悠太に課せられたのは防衛戦。

 数も質も相手の方が上という、勝ち目のない戦い。


(まあ、どのみち斬るしか出来ないんだから、どんな相手だろうが――)


 悠太は剣聖である。

 剣聖とは、剣を持って奇跡を為す理不尽。

 悠太にとって不可能とは、


(――斬るしかないな)


 斬って捨てるのがちょっと難しい試練でしかないのだ。


お読みいただきありがとうございます。


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