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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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白旗

「霊脈へ。の干、渉は大。罪、理解し。て」


「鬼面さんのように強い方には分からないでしょうが、フェーズⅢの魔獣は普通に死にますよ? 今回はお兄さんがいたので頼みましたが、本来は霊脈を乱して自滅させるつもりだったので、ちゃんと県の許可はとっています」


「な。るほ、ど……」


 霊脈への干渉は魔導災害に繋がる危険なモノ。

 魔導一種持ちといえど、特別な事情がなければ許可されない。

 その特別な事情の一つが、魔導災害への対策である。


「あのな、アイリ。そんな危険な物を使うくらいなら、素直に師匠に頼れ。フェーズⅢまで進んでたらさすがに手を貸すぞ」


「頼り切りじゃイヤです」


「イヤって……好き嫌いで判断するな。生き死にの話だぞ」


「なら、言葉を変えて――頼り切りじゃダメです。相続問題でフェーズⅢが出るほど放置されるなんて、こんな田舎でもアウトじゃないですか。ぶっちゃけますが、ここでフェーズⅢが出るのって、今回が初めてじゃないんです。それでも放置されてた理由、分かりますか?」


「……師匠か」


 武仙の感知範囲は広い。

 その中で異変が起こった場合、率先して解決に動いている。

 安全性、という意味ではこれ以上ないほどの成果が出ている。だが、逆を言えば武仙がどこかへ消えてしまえば崩れ去ってしまう。


「上手く回ってるならいいですし、万が一の保険扱いでも構いません。でも、依存するのは別じゃないですか。そうは思いませんか?」


「君の意。見は理解で、きる。が毒を、渡。す意義は?」


「分かりませんか? フェーズⅢを自滅させるほどに強力な猛毒が、割れやすい容器に入っているんです。わたしを攻撃したら、どうなると思いますか?」


 答えるまでもない簡単な問題だ。


「だから、命乞いなんです。わたし達を見逃してくれたら、霊脈が乱れるなんて危険なことは起こりません」


「応じ、ること。はで、きない。こ。の地が異、界に沈、うとも。――破壊を優先する」


「では、この場限り。わたし達が山を下りてお家に帰るまでは見逃してください」


「よ。かろ、う」


 鬼面の武者は剣を下ろし、悠太もそれに習う。

 ゆっくりとした歩みでアイリーンに近付くと、左手を伸ばした。


「ご了承いただきありがとうございます」


「否見、逃すの。は今回」


「ああ、まだですよ?」


 手に持っていた毒を渡した後、ポケットからいくつもの薬品を取り出して手渡す。


「はい、これで全部です。どれも強力なので気を付けてくださいね」


「多す。ぎる」


 全部で一三個の毒を受け取った鬼面は、つい口にしてしまった。


「先ほども言いましたが、フェーズⅢは普通に死んじゃうんです。お兄さんが失敗した時のことも考えれば、備えすぎるなんてありません。持ってこれるギリギリまで用意しましたけど、これでも不安なんですよね」


「剣、聖殿を信、用し。ていな、いのか?」


「もちろんしてますが、備えは別です。わたしは見た目通りか弱いので、ちょっとでも想定外なことをされると死んじゃいます。ですので、当然の備えと言えますね」


 鬼面と悠太の二人は、過剰すぎると思うが口にはしない。


「……では、こ。こで」


 片手で毒薬を抱えながら、鬼面は結界の外に出る。

 彼が山を下りるのに合わせ、潜んでいたと思われる気配も山を下っていく。


「…………もう、行きましたか?」


「声も届かないくらいには、遠くに行ったはずだ」


「……………………ふにゃぁ」


 電池が切れたように、アイリーンは崩れ落ちる。


「推測。極度の疲労と判断。治療のため、即時の下山と休養を推奨します」


「まだ、ダメです。剣人会の人達と鉢合わせるかもしれません」


 山を下りて家に帰るまで、と条件を付けたが知っているのは鬼面のみ。

 周知徹底がされるまでは、不慮の事故が起こっても文句は言えないのだ。


「それに、いくらお兄さん相手でも、剣士の群れ相手に戦ってとは言えませんよ。少し休めば動けるようになるので、今はこのままです」


「しかし」


「アイリは無理だと思うことはやらないし、超が付くほどの頑固者だ。気の済むまで放置して、ここで護衛のマネゴトをしてる方が建設的だ」


 自身を含め、我の強い人間を無理に動かそうとする無益さは身に染みている悠太の言葉。

 不安な様子ではあるが、自分では説得できないと理解したスクラは、崩れて座り込むアイリーンの隣に腰を下ろした。


「一つお聞きしますが、あの鬼面さんはいかがでしたか? わたしは戦力分析はまったく出来ないので、お姉ちゃんより強いな、としか」


「可能なら極力相手したくない。立ち居振る舞いから見て、間違いなく古種だ」


「スクラさんを殺しに来た方々ですからね。古種がいても不思議はない――というよりも、古種がいて当然、と思うべきですよね」


 一〇〇年を超える経験に裏打ちされた戦闘力こそが、古種の強み。

 スクラのような正体不明な存在を討伐するのであれば、古種のような強者は必須と言える。


「疑問。鬼面には、古種特有の深みある呪力を感知できません」


「古種が擬態するなんて普通のことだ。魔導に精通していなくとも、何かしらの魔導具で補うことはできる。あの鬼面や鎧あたりが怪しそうではあるが」


「理解。本機の認識を修正します」


 剣人会の成立は江戸初期。

 戦乱の時代が終わり、戦いの技術が廃れていくことを恐れた武士が中心となって設立。当初は槍や弓が主流であったが、江戸の世に溶け込む形で剣術が主流となったことで、剣人会と名前を変えた。

 そのため、戦場で実際に使われた武具を中心に、数多くの魔導具を所有している。

 古種が己の素性を外に漏らさないための魔導具があっても不思議ではない。


「もし、戦ったらどうなりますか?」


「九割で俺が死ぬ。残り一割も、再起不能に近い状態での相打ちか」


「剣聖なのに、ですか?」


「俺が一番苦手はタイプだからな。フーみたいに小細工を中心に技を鍛えている方がよっぽどやりやすい」


「魔導を小細工と呼ぶのはどうかと思いますよ。初見殺しが多いって聞きますし」


「初見殺しで落とせるほど、剣聖の名前は甘くない」


 悠太が最弱の剣聖と謳われる理由は、魔導を使用できないから。

 近接戦に置いて必須とされる、身体強化などが使えないデメリットは論ずるまでもないだろう。にもかかわらず、彼が剣聖の位階にいるのは、初見殺しなどの搦め手を歯牙にもかけないからに他ならない。


「お兄さんにそこまで言わせるとなると、ちょっとどころでなく困りましたね。本音を言えば、かなり当てにしていたんですよ」


「だろうな。ソレ相手じゃ、師匠は絶対に動かない」


「動かないどころか、討伐依頼当たりを出したんじゃないですか? お兄さんが負ける相手をいきなり派遣してくるとか、戦力過剰にもほどがあります」


 大正解であるが、悠太はおくびにも出さない。

 口にする意味などまるでなく、口にするまでもないことだから。


「……提案。本機を負担に感じるのであれば」


「却下、です」


 絶望的な状況を理解しつつ、アイリーンは言った。


「お兄さんを頼れないのは想定外ですが、このくらいは覚悟のうちです」


「疑問。自らは殺されないと考えているのですか?」


「ありえません。お兄さんの同類や、本物の魔導師も多く在籍しているのが剣人会です。必要なら殺しますし、必要でなくても殺しますし、殺してくれと懇願したくことをしでかしても不思議でない方々ですから」


 最悪の末路を予見してなお、アイリーンは己を曲げない。

 スクラを差し出せば起こらないと理解してなお、彼女は選択しない。


「アイリが理解できないか?」


「肯定」


「なら、事実だけ見ろ。アイリは絶対に退かない。ならお前のやることは?」


「……護衛、および意思の尊重」


 意志を曲げられないなら、相手に合わせる。

 白旗を揚げるに等しい行為を、スクラは目を閉じながら了承した。


「お話が終わったなら、そろそろお家に戻りましょうか。時間も経ちましたから、鉢合わせはないと思いますよ」


 努めて明るく振る舞うアイリーン。

 悠太が先導し、スクラは疲労を隠せない彼女の身体を支える。

 疲労以外の震えもあるが、表面的には悟らせない。白旗を揚げたスクラでは、彼女の内心を推し量ることは出来なかった。


新作始めました。


週一更新を予定しています。

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