飽きました
農家のバイトに勤しむこと四日。
空いた時間には魔導の勉強や、高校の宿題、加えて三人がかりで悠太に挑むなど、充実した合宿を送っていたのだが。
「――飽きました!!」
朝食前に成美が叫んだ。
「飽きたと言われても、こんな田舎での合宿だぞ。天魔付属や魔導センター並の施設を求められても困る」
「誰もそんなこと言ってません!! あたしが言ってるのは娯楽とかです!」
「娯楽ならなおさらだ。ネット環境でカバーできない部分で都会に勝てるわけないだろう」
包丁で野菜を切りながら、悠太は答える。
至極当然の反応だが、成美は不満そうに頬を膨らませる。
「そうなんですけど……同じことの繰り返しはさすがに飽きますよ。いえ、パイセンとの手合わせは、正直ありがたいですよ。魔導戦技よりも濃い経験ができますし。――でも、さすがにボットみたいな生活は飽きます」
「だからといって、山に遊びに行かせる気はないぞ。今の後輩なら死にはしないだろうが――ああ、そうだ。アイリからキョンが箱罠に大量にかかったから、手伝って欲しいと言われててな。食べてから出るんだが、付いてくるか?」
「……キョンが何かは知りませんが、スプラッタはノーサンキュー。ってかですね、そんなのじゃなくてお買い物とかでいいんです!」
キョンとは、シカ科の外来種である。
爆発的に増えており、農作物への被害が甚大なことから駆除が推奨されている。
「それでいいなら、フーにでも相談しろ。今日あたり、買い出しに行くだろうから連れてってもらえると思うぞ」
「マジですか! じゃあ、朝ご飯中にでも話題にします。さっさと作っちゃいましょう」
急ぐといっても、火力を上げるようなマネはしない。
ミスが起こらないよう、丁寧な作業を心がけるだけ。失敗しないことが、料理をもっとも手早く仕上げるコツである。
食卓に料理を並べた成美は早々に買い物を提案し、
「え、買い出しを手伝ってくれるの? もちろん嬉しいけど、さすがにバイト代はでないよ?」
「バイト代が欲しいんじゃありません。買い物に行きたいだけなんです!」
「なら、お願いしようかな。他にも手伝ってくれる子はいる?」
と、あっさりとミレイユは了承。
成美、フレデリカ、ライカの三人は農作業後に車に乗り込んだ。
「ところでミレイユさん。勢いで言っちゃいましたけど、何を買うんですか?」
「一週間分の食料だよ。うちで作ってるお野菜なら買わなくてもいいんだけど、それ以外のは買わないといけないし、ガソリンも高くなってるからね」
ガソリン代高騰問題は、都会よりも田舎の方が打撃を受ける。
電車やバスなどの移動手段が豊富な都会と違い、車がなければ満足に生活ができない。
少しでもガソリン代を節約しようとするならどうするか? 方法はいくつかあるが、もっとも簡単なのが使用頻度を少なくすること。もっとも、農家で使用するガソリン代の大半は、トラクターなど仕事で使うので誤差に近いが。
「そうそう、お昼はフードコートで食べようか。アイリちゃんと悠太くんはお仕事だからね。帰って作るよりも良いだろうし」
「あたしは良いわよ。作るの面倒くさいし」
「フーカ先輩、あたしよりご飯作ってないじゃないですか。ミレイユさんとかパイセン任せにしてますし。あ、あたしはフードコードで大丈夫です」
「私も大丈夫です。苦手な物もないので、ミレイユさんの好きな物で」
「ふふふ、皆良い子だな~。フーカちゃんも良い影響を受けてるみたいだし、これからもよろしくね。――あ、そろそろ着くよ」
フードコートや小さなゲームセンターを擁する、大型スーパーに到着した。
四人は人数という利点を活かし、ミレイユの予想よりも早く買い物が終わった。
「うん、これにて買い出しは終了。お昼まで時間があるから、自由行動にしよっか」
答えを聞く前にミレイユは姿を消した。
三人に気を遣ったと捉えるのが自然だが、彼女をよく知るフレデリカが首を傾げた。
「どうしました、フーカ先輩?」
「いや、お母さんらしくないなって」
「う~ん、私も違和感が、少しあるかな。武仙様の影響下にあるのは同じなんだけど、ブレたというか、色の濃さが変わったような……んー、言葉にできない」
二人はしばらく悩んでいたが、答えが出ないので意識を切り替えた。
「違和感は違和感として、時間を潰しましょ。……地元民ならゲーセンとかだけど、小物店の方が良いわよね」
「そですね。しょっぼいゲーセンに行ってもアレですし。クレーンとかの中身も変わんないでしょうから、別の店がいいです」
「同意見だけど、そんな言い方しちゃだめだよ、成美ちゃん」
人混みをかき分けながら、小物を扱うテナントを物色する。
「あ、このストラップ可愛い! 見て見て!」
「ワンちゃんですかね? ってか、なんの素材です? 生物由来っぽいですけど」
「それ、骨よ。何の動物かまでは分かんないけど、アイリの会社が作ってるヤツだからシカとかイノシシじゃない。ってか、ネット販売だけじゃなくて、実店舗にも卸すようになったのね。手広くやってるようでなにより」
「ボーンアクセサリーってやつ? 可愛いし、買っちゃおう」
「カッコいい系もありますね。せっかくなんで、あたしも一つ。フーカ先輩も買いましょうよ。お揃いですよ」
「……じゃあ、縁起物の招き猫を」
それぞれが気に入ったボーンアクセサリーを購入。
通学カバンに付けようと相談していると、大柄な男が彼女らの行く手を遮った。
「お久しぶりです、南雲さん」
大地に根を張ったような重心に、背筋に槍を通したような頑強な体幹。
突っ立っているだけで威圧を与える大男が、礼を尽くして頭を下げる。二人はいったいどんな関係なんだと、とフレデリカの顔を見ると、疑問符を浮かべていた。
「…………どちらさま?」
礼を尽くすので敵意を向けることはないが、不審者を前にしたように警戒している。
予想外の反応だったのか、大男は焦ったように言葉を並べる。
「お、覚えていませんか? 全国大会の準々決勝で戦ったのですが……」
「ああ、あの」
「あ、よかった。覚えていてくださったんですね」
「覚えてるのはあんたの剣だけよ。顔も名前も興味ない――ってか、防具着けてんのに顔なんて分かるわけないでしょうが」
「……いえ、面を着けるのは試合の直前ですから、ボクは覚えていますよ」
「そう、わたしは覚えてないわ」
ガックリと肩を落とす大男。
成美は少々の哀れみを向けるが、ライカは手を握りしめて当たりを見渡している。
「フーカちゃん、成美ちゃん、気を付けて」
「分かってますよ、先輩。こんな田舎で偶然、なんてまずないですから」
「え、気を付けるって……あ」
スーパーの中なのに、周囲に人がいない。
それだけでなく、結界を用いて閉じ込められている。
「うん、閉じ込められてる。この人の魔導はあんまりだから、絶対に高位の魔導師がいる。武仙様の領域に気付かれずに、自然に結界を張るんだから、最低でも魔導一種」
「剣人会っぽいから、魔導二種でもいけるわよ。結界に粗があるし、ギリギリ二種ってところね。あくまでも剣が主体ってところね」
「フーカ先輩、それ困りません? パイセンのお師匠様が敵に回ったってことじゃないですか」
「あの人はそもそも中立よ。それに兄貴と同じで、名目上は剣人会の所属だからね。緩くではあるけど繋がりがあるのよ。だから二人とも、いつでも抜けるように警戒を」
二人はデバイスに手を伸ばし、フレデリカも護身用のナイフを抜いた。
フレデリカはデバイスを持っていないが、本分が剣士であると同時に、デバイスを用いないでも使える古い術式をいくつか修めている。レギュレーションを無視する前提であれば、大会で勝ち抜ける程度の実力を発揮できるのだ。
三人から敵意を向けられた大男の顔は、青ざめるのであった。
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