拾いモノ
剣聖が顔を引きつらせるナニカは、器用に箸を使っていた。
焼き魚、漬物、ご飯、味噌汁を行儀良く食べる様は、教育の行き届いたご令嬢のようだが、生存本能が逃げるか殺すかの二択を迫る。
(師匠が動くなと強調したのはこれだか)
歯ぎしりをしながら気を落ち着かせる。
雑兵ならまだしも、ナニカほどに異質な存在を武仙が見逃すはずがない。フレデリカの実家にいると知った上で、悠太に釘を刺したのだ。
「…………――――それで、何でコレがここにいるんだ?」
「ゴミ山に捨てられてたので拾いました~」
悠太の質問に答えたのはアイリーン。
焼き魚を丁寧にほぐしているが、ナニカと比べたら箸の使い方が雑。
というよりも、ナニカの所作が美しすぎて、比べたら大体の人が見劣りするだけだが。
「アイリ、なんて言った?」
「ですから、ゴミ山に捨てられてたので拾いました~」
そんなわけないだろう!?
と、感情的にならなかった悠太は、自分を褒めたくなる。
「ゴミ山はあそこか? 国道近くにある不法投棄現場」
「ええー、そこですよ。経費削減のために使えるのないかな~? とゴミ拾いに行ったら、スクラさんがポツンと捨てられてました」
信じられない気分になり、よくよく観察する。
家にあったものを適当に着せいているようで、サイズが微妙に合っていない服。
悠太でさえ見惚れる優雅な所作は、機械的なまでに正確で人間味がまったくない。
しかし、観察されていることは理解したらしく、悠太の顔を見返すので少なくとも知性はある。
「……捨てられてたのではなく、仮宿として居着いてただけじゃないのか?」
「わたしも最初はそう思いましたよ? でもー、自分はスクラップだからココにいるみたいなことを言っていたので、捨てられてたって表現が正しいかなーって」
自身が非常識側にいることを自覚している悠太だが、話を理解したくなくなった。
自分をスクラップと認識することは、理解を示せる。だが、自分がスクラップだからゴミ捨て場に行こうとはならない。少なくとも悠太であれば、自分が粗大ゴミだろうが何だろう関係なく、空を斬ることに慢心する。
(……いや、俺のことは参考にならないな)
最終的に空を斬ることに繋げる思考回路が、非常識の所以なのだ。
「……話が逸れるから横に置くが、拾ってくるのは違わないか?」
「お兄さん、いくらなんでもヒドいですよ。女の子相手にゴミ捨て場で野垂れ死ぬのがお似合いだ、なんて言い放つのは」
「ヒドくて結構。コレを抱え込むリスクを考えれば、人でなしになった方がマシだ。――アイリだって気付いてるだろう、コレの異質さを」
「魔導師の端くれなので、ある程度は-」
悠太の感覚で言えば、造形は人と見紛うばかりに見事なのに、全身がなぜかパッションピンクで塗りたくられており、それが完璧な所作で人まねをしながら動いているようなもの。
さすがに、ここまでハッキリとした異質さは悠太の目に由来するため、普通の魔導師であれば「何か変だ?」とモヤモヤする程度である。
「なら、何で拾ってきた。アイリだけじゃなくて、下手をしたら師匠を巻き込んだ騒動が起きるレベルの厄さだぞ。まさかとは思うが、俺が帰ってくるのを見越してか?」
「いくらお兄さんでも、怒りますよ-」
フレデリカが反射的に身構える殺気を飛ばしたのに、アイリーンは気にせずに頬を膨らませる。
「お兄さんが居ようが居まいが、武仙さんが居ようが居まいが、自分をスクラップだなんて抜かすおバカさんがいれば、誰であろうと手を伸ばすのが人情というものです。でなければ、お兄さんやお姉ちゃんが叩きのめした不良をまとめて、社会復帰を兼ねて会社を興そうだなんて思いませんからね」
どんな場所であれ、社会からはみ出てる不良はいる。
そんなアウトローの前に、後に剣聖と呼ばれることになる剣客を放り出したらどうなるか? 答えは火を見るよりも明らかだろう。
「まるで美談のように語るが、雑にこき使える手下が増えてラッキー、程度にしか思ってないだろう? 少なくとも当時は」
「否定はしませんし、出来ませんけどー、連中が使い物になるように教育する手間を考えたら美談ですよ-。粋がってるくせに、テンの子供が可愛いからって処分を躊躇うファッション不良でしから」
「ファッションってのはその通りだが、殺しを戸惑うのは正常な反応だぞ。アイリだって最初は……いや、農作物を荒らされた恨みで普通に殺してたな」
「農家の娘なら当然では?」
当然のはずがない。
現代人が意識して哺乳類を殺すには、倫理観や感情が邪魔をする。
経営者がメインではあるが、アイリーンも魔導師なのだと改めて思う悠太だった。
「まさかとは思うが、ソレを雇う気か?」
「ソレ、じゃなくてスクラです。ちゃんと呼んであげてくださいね」
「……スクラップは名前じゃなくて、鉄くずを意味する英単語だぞ」
「分かってますよそのくらい。でも、スクラップとしか名乗らなかったので、仕方なく-。適当に名前を付けるのは、魔導師としてNGですからねー。特に、人間以外に対しては」
霊長五類・人間種。
アイリーンの言う人間以外とは、霊長五類以外の霊長類を指す。
「分類はどれだと思ってるんだ?」
「んー、最初は妖精の亜種だと思ったんですがー、ちょっと違うんじゃないかな? って疑問符が浮かんでる程度ですね」
「…………お人好しめ」
悠太の見立てでは、スクラは武仙が霞むほどに古い存在だ。
詳細は分からないが、神代から存在すると言われても納得してしまうほど、異質だ。
「ごちそうさまでした」
反射的に、二本指をスクラの顔に突き付けてしまった。
殺気や闘気こそ出さなかったが、絶招を使用している。
「疑問。なぜ本機を破壊しないのですか?」
「お前がナニカを見極めてもいないのに、斬れるはずがないだろう。どんなトラップがあるかわからないのが古種という存在だ」
あくまで一例であるが。
斬ったら最後、一定範囲にいる生物に同じ傷を付ける呪詛を振りまく。
傷口から溢れ出る血から、猛獣よりも恐ろしい怪物を生み出す。
そんな埒外で理不尽なことをするのが、古種という存在だ。
「理解。されど杞憂です。現在の本機はスクラップです。御身が望むのであれば、容易く破壊できるでしょう」
「素手で壊せるほど脆弱には見えないが?」
「回答。本機の耐久性は人体を超えますが、精神的耐久性は人間種よりも脆弱です」
舌打ちをしながら指を握りしめる。
悠太の絶招は、素手でも祓魔剣を使用できるというもの。
奥伝級の剣豪でもなければ見抜けぬそれを、スクラは容易く認識した。
「疑問。本機を破壊しないのですか?」
「肉体を制御する精神を破壊して、暴走しない保証がどこにある? 俺が一番苦手であろう、頑強な肉体が暴れ回るなんて悪夢でしかないぞ」
「回答。精神の破壊は、肉体の機能停止を意味し、暴走の危険性はありません」
「スクラップの意見が、どれほど信頼におけると思ってるんだ?」
「理解。であれば仕方ありません」
空になった食器を積み上げて、流しに運ぶスクラ。
体幹にブレはなく、足音一つない背中に対し、剣を抜きそうになる衝動を必死に抑える。
「お兄さん、好戦的すぎませんか? 無闇矢鱈に剣を抜くのは未熟の証なんじゃないですか?」
「一般人相手なら恥だが、アレ相手なら別だ。衝動的に斬りそうになったが、ちゃんと抑えただろう」
「斬ろうとも思って欲しくなんですけどねー」
味噌汁を飲みながら、アイリーンはシッシッ、と手を払う。
悠太も、この場に残れば自制が効かなくなりそうなので、早めに畑に出ていった。
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