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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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異界攻略(初心者編)

 放課後になり、悠太たち三人は研究室で待機していた。

 天乃宮香織からの依頼だとしても、魔導師の資格もなしに魔導災害に対処することは違法。人の目が少なくなる時間を見計らい、彼らは本館へ移動する。

 本館三階の女子トイレ。

 それが、香織から渡された異界の出現位置だった。


「女子トイレ――本気で入る気ですか、変態パイセン」


「やかましい。仕事だよ、三〇〇万相当の」


 悠太は手に木刀を。

 ライカと成美はスマホ型のデバイス――魔導の制御媒体を手にしている。


「なるほどぉ~、おカネのためなら女子トイレに躊躇なく突入するド変態ってわけですかぁ~」


「成美ちゃん、それ以上は怒るよ」


 ライカが頬を膨らませると、成美はオロオロと狼狽し始めた。


「あ、……ごめんなさいです、ライカ先輩。もう言いません」


「私に対してじゃないでしょ」


「はい、そうです。………………南雲先輩、ごめんなさいでした」


 謝られた悠太は、目を見開いた。

 成美が素直に謝ったことに加え、自分の呼び方まで変えたからだ。


「そこまで気にしてないから別にいいが、ここでいいのか?」


「あ、はい、もんちろんですぅ。本館三階の女子トイレですからね」


「なるほど。じゃあ、あっち行くぞ」


 成美がここだと断言したにも関わらず、悠太は廊下の端に向かって歩き出す。

 ライカと成美は困惑しながらも、悠太の後に続いた。


「ここか……、なるほど」


「なるほど、じゃないです!? 説明してください!」


「…………――あ、もしかして、結界。でも、アレ?」


 成美の疑問に、首を傾げながらライカが答えた。


「牧野先輩が悩むのも無理ありませんよ。認識阻害と隔絶が絶妙に混ざってますから。俺だって、ここにあるって確信がなかったら分かりませんから」


「んー、ライカ先輩のあるって言うなら本当なんでしょうけど、なんでパイセンは気付いたんです? 魔導師でもないのに」


「俺は物事を俯瞰する観の目を修めてるからな。呪力や術式自体は見えなくても、その影響で歪んでるならモヤとして認識できるんだ。だからまあ、認識阻害――認識自体をさせない系の結界も突破できるんだけど、コレは歪み自体がほとんどない」


「確信できなら、なんでここだって言い切れるんですか。あっちの可能性だってあるじゃないですか」


「なら質問だ。本館一階の女子トイレに忘れ物があるから取ってきてって言われたら、どう返す?」


「そりゃ、どっち側のトイレって…………あれ?」


 天魔付属の本館には、各階にトイレは二つある。

 だから本館三階の女子トイレ、と言われれば「どちら側だろうか?」という疑問が出るのだ。それなのに成美は、ここではない側の女子トイレだと断言した。どちら側なのか、という情報もなしに。


「こっち側を隠してなきゃ、お前みたいにはならない。だからこっち側のトイレが異界の入り口ってわけなんだが……本当にすごいな。論理的に正しいって理解した状態でも、俺が間違ってんじゃないかって気になってくるぞ」


 感心しながら、木刀を振り下ろした。

 廊下とトイレの境目にあった固い壁を斬ったという手応えは、意識しなければ斬ったという認識ごと霧散しそうになる。


「触れ際の違和感にまで干渉とか、どれだけ本気なんだ? って、考えてるヒマもないな。行きますよ先輩」


「わわっ! 手を引かなくても大丈夫ですから、あの……」


「ちょっとパイセン、なにライカ先輩にセクハラしてんですか!?」


 三人が異界へと足を踏み入れてすぐ、結界に空いた亀裂は閉じてしまう。

 だが、その三人がその事実に気付くことはなく、目の前に広がる異界を見渡していた。


「……俺には普通のトイレにしか見えないんだが、先輩達はどう?」


「私も同じです。でも、間違いなく異界です。呪力の濃度と、位相が陰気に偏りすぎているので」


「まあ、造りが変わるのはフェーズⅢからですからね。確か、フェーズⅡだと空間に呪い的な要素が追加されるん、だったような?」


「とりあえず、手分けして核を探すか」


 探すと言えど、異界は女子トイレという狭い範囲に収まっている。

 注意深く調べたとしても、すぐに全てを調べ終えてしまう。


「俺には核らしいものがあるとは思えなかったが、先輩達はどうです?」


「しゃくに障りますが、あたしもパイセンと同意見です。しいて言えば、トイレ全体が核、みたいな?」


「うん、核はないと思いますが、残留思念がちょっとキツいです。軽い呪詛になっているので」


 気分が優れないのか、ライカは口を押さえながら伏し目がちになっている。


「そっか、先輩は召喚士。巫女レベルで感受性が強いんですね」


「んなこと言ってないで、先輩を心配してくださいよ! 呪詛ですよ呪詛!!」


「だ、大丈夫ですよ。呪詛と言っても、軽い目眩くらいで……」


「目眩でも大事です! 失敗してもおカネもらえるんですから、まずはここを出て――あたっ」


 ごつん、と。

 成美は見えない壁に額をぶつけた。


「あたたた……な、なんです、これ? というか、結界?」


「結界なら、南雲くんが斬って通れるようになったはずだけど」


「んー、斬ったのに通れないんなら、修復したか張り直したってところだな。……誰か来た気配はないから、前者かな。たく、どんだけ本気の結界を張ってんだか」


 結界は、内界と外界を分ける境界線。

 長時間効果を維持される魔導であるが、壊せば壊れたままである。

 だが、それでは不便だと、自動修復機能を付与する方法が編み出された。費用対効果や術式の難易度の関係から滅多に付与されることはないのだが。


「どどど、どうするんですか!? あたし達、異界に閉じ込められたってことですか」


「落ち着いて、成美ちゃん。出るだけなら南雲くんにもう一回斬ってもらえばいいし、最悪でも明日の朝、香織ちゃんがどうにかするから、その時に出れるよ」


「異界云々以前に、女子トイレで一晩過ごすとかイヤすぎるんですよ!!」


「そうだな。天乃宮の手を煩わせて、評価がガタ落ちになるとかイヤすぎる」


 苦虫を潰したような顔をしながら、木刀を握りしめる悠太。

 必要以上に香織を意識する姿に、ライカの気分が少し楽になる。


「ふふ、香織ちゃんは厳しいけど、理不尽ではないですよ。今回のことだって、魔導戦技参加を応援するための口実作りがメインで、最悪でも死なないと信じてくれてるからです」


「……その程度は分かってますが、俺個人への評価は別です。フェーズⅡも斬れないのに剣聖の称号は重すぎるんじゃないかとか、剣聖の位階も安くなっただの、そんなことを言われるに決まってる」


「ん、んん……? 南雲くん、今、なんて言いました?」


 悠太の口から飛び出た単語に、思わず聞き返してしまうライカだった。


「俺個人への評価は別だと」


「そ、そこじゃなくて……剣聖、と。剣の達人ことですよね。それは、誰のことでしょうか?」


「もちろん、俺のことです」


 ライカばかりか、成美まで絶句するが、無理もない。

 剣聖の称号は、魔導師でさえ特別視する剣士の最高位。あらゆる奇跡を剣で切り裂く人の埒外である。


「……パイセン、嘘ならもっと笑えるヤツにしましょ。身体強化が使えなくても、パイセンはすごい剣士なんですから。無理に盛らなくてもいいんですよ、ね」


「その優しい目はやめろ、俺に効くから。――それより、なんか思いついたか? 俺は魔導とか異界は門外漢だから、正直お手上げだ」


「お手上げなのはあたしも同じですが、だからこそ初心に戻るべきではないでしょうか。具体的には、呪力の位相を中庸に戻すって事ですね」


「なるほど。初心というか、基本中の基本だな。考えてみればフェーズⅡなんだから、それが正解か」


 異界化した魔導災害だろうと、フェーズⅡであることに変わりはない。

 核を粉砕しなければ破壊できないフェーズⅢ以降と違い、穏当に解決する手段はいくつもあるのだ。


「そうですね、やっぱり初心って大事ですよね。――問題は、私じゃ出来ないってことなんですけど」


「……そうだな。それが出来るなら、プロだもんな」


「その優しい目はやめてください。あたしに効きます」

お読みいただきありがとうございます。


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