武仙の昔語り
酒へと伸びようとする手で、痛むこめかみを押さえた。
「有害と言いつつ、師匠だって呪力を使っているじゃないですか」
「呪力を得たのは、仙人に昇華した際の影響に過ぎません。使用についても、この身の未熟が招いたこと。都を襲う鬼共の纏う概念障壁をどうしても斬れずに、仕方なく」
「絶刀を使う師匠が、斬れなかったのですか?」
「当時は絶刀に至っていなかったので。私の理はあくまでも仙人に至る道筋。思う存分に剣を極めるための時間と、俗世の些事にかかわらずに済む身体を求めた結果なのです。私の技は仙人に至ってから磨いたものがほとんどということです」
古種と呼ばれる化け物の一部が纏う生態防御。
それが概念障壁。
「まさか絶刀を編み出したのは、概念障壁が斬れなくて悔しかったからですか?」
「いえ、概念障壁は魔導の一種ですので、断流剣で充分ですよ。絶刀は斬れないモノがあることが許せなかったのと、一々斬り分けるのが面倒だった時期があったので、編み出しました」
頭痛がひどくなる。
聞きたくなかった気もしながら、引きこもりらしい物臭さだとため息をつく。
「満足に使えない俺が言うのも何ですが、面倒を理由にして絶刀を使い続けたら、腕が鈍りませんか?」
「ええ、ええ、鈍りましたとも。まだ弟子でなかった一番弟子に遭遇し、首を半ばまで着られてしまいました。武仙流という流派は彼に教えるために生まれ、絶刀は心・技・体、三つの奥伝に分割をしました」
「ああ、戦国時代にいたっていう一番弟子ですか。姉弟子が二番弟子でしたよね? 自分のことで精一杯で詳しく聞いていませんでしたが、姉弟子よりもアレなんですか?」
「私が出会った中で、最も優れた人格者です。呪力は全くないのに、私の首を斬るほどの技量はまさしく武神。あれで正真正銘の人だというのですから、人の可能性とは恐ろしいですね」
「まったくないのに、ですか……」
呪力がないという部分に、悠太は共感を覚える。
魔導戦技に参加できる程度にはあるのだが、身体強化を始めとする魔導術式を起動するほどの量がないため、身体能力では初伝にも劣る。
彼が最弱の剣聖と呼ばれるのは、それが要因だ。
「君に教えた呼吸による鍛錬法は、彼が日常的に行っていた呼吸を元に編みだしたものです。これ自体は現在の武術界では必須の鍛錬法となっていますね」
武仙は悠太以外にも、過去に数多くの弟子を取っている。
皆伝を授けられてからも武仙流を名乗る者は片手の指ほどもいないが、武仙が編み出した奥義や鍛錬法は世界中に広まっているのだ。
「ただ、魔導術式の方が楽かつ即効性があるので、あくまでも補助に留まっているのが残念な点ですね。極めれば呪力など使用せずとも私を殺しうるほどの身体能力と、身体強化に回していた呪力を別に回せるというのに、やはり呪力は害悪です」
日本酒をちびちびと呑みながら、しみじみと語る。
持てる者の傲慢にしか思えないが、楽な方向に流れるのが人というもの。自身も現実の戦いでは祓魔剣一辺倒な部分があるので、同じ穴の狢であると思えた。
「害悪と言う割には、捨てる気なんてまったくないですよね?」
「そりゃ、便利ですからね」
仙人がなに俗世に染まってるんだ、という目を細める。
「いやいや、便利さは大切ですよ。現代では気付きにくいですが、魔導なしでは火種を用意するのも一苦労なのです。摩擦熱や火打ち石、変わり種としては日光を収束しての火付けもありますが、時間と手間が半端ありません。また、無事付けられたとしても、次は維持するだけの手間が必要です。毎日付けて消してでは、食事を用意するだけで一日が終わります」
一〇〇〇年以上を生きる仙人は、文明に対する視点が違った。
現代から知らない悠太にとって便利は、堕落に直結する言葉だ。しかし、文明が未熟な時代を生きた武仙からすれば、便利は死活問題。
まして、社会から距離を取った人が生きる術など、狩猟民族的なものになる。
剣を振り、武を極めるなどという行為は、生存には余分なもの。
趣味とも言える時間を確保するためには、便利を捨てることはできないのだ。
「師匠って仙人ですよね? 神格持ち斬れる最上位の」
「やるやらないはともかく。可否を問うのであれば可能ですね。最上位かは知りませんが」
「仙人なら飲食不要でなんですから、呪力なくても剣を極められるんじゃないですか?」
ほろ酔い気分の武仙が、瞬時に真顔になった。
「…………可否を問うのであれば可能ですが、いいですか悠太」
呪力を一切用いないのに、万力のような握力で悠太の肩を掴んだ。
「食事を取ることは、人としての精神を保つ上で極めて重要です。また、同じ釜の飯をという言葉があるように、周囲の人と円満な関係を築く上でも必須と言えるでしょう」
「つまり、生存や武を極めることとは別の理由で、文明的な生活をしていると? 呪力もそのために捨てられないと?」
「その通りです。武を極めるために人道から外れた者の末路がどうなるか、君ならば知っているでしょう?」
悠太が警察からの仕事を請け負っていることを、武仙は知らない。
ただ、悠太の性格や、剣聖に回す仕事を考えれば予測は簡単だ。
「私とて、それらの末路はよく知っています。そして、外れた者に対する人類の苛烈さも。武を極める上で最も恐ろしい障害は、人類であると言っても過言ではありませんね」
神にも届きうる武仙でも無敵ではない。
また人類は、武仙よりも強く恐ろしい敵を退けることで発展してきた。
武仙と人類が本格的に敵対した場合、どれほどの被害が出るかは別にして、最終的に勝利するのは人類側なのだ。
「……ちなみに、人道から外れても問題がない場合は」
「人道から外れることにメリットを感じないので、呪力を捨てる気はありませんね。仙人の身体を維持するのにも必要なのもありますが」
「先にその理由を出せば良かったのでは?」
「生態の維持に必要な保有呪力は、君と同程度で充分ですからね。足りない分は外から補給するので、意外とエコロジーなんですよ」
「霞を食べるだけで充分って、本当だったんですね」
「まあ、仙人の種類にもよりますがね。燃費の悪い仙人の場合、パンデミックもかくもという被害が出ますから」
武仙レベルの仙人がパンデミック並の被害を出す。
そんな悪夢のような光景が広がれば、どれだけ無謀なことでも討伐に動くだろう。
「師匠がエコロジーな仙人で助かりました。――さて、食事も済んだので、フーの所に」
「待ちなさい」
万力のような腕力で、悠太の離脱は妨害された。
「偶には老人の昔話に付き合いなさい。興が乗りました」
「昼飯を食べたら合流すると伝えているので」
「師匠命令だと言えば充分でしょう。いいですね?」
武仙には逆らえず、悠太はスマホを取り出す。
フレデリカ経由でライカと成美に今日は合流できないと伝えると、成美から着信があり一時間ほどグチを聞かされることになる。
その間も、武仙の昔話は続き、両方に対応するハメになった悠太は疲弊する。
精神的な疲れが出たこともあり、夜は夢を見ることもなくぐっすりと寝入ってしまう。
そして、翌日。
フレデリカや魔導戦技部の面々と合流し、顔を引きつらせた。
「フー。俺がいない間に何があったか、まずは詳細を説明しろ」
「……やっぱ、気になる?」
「当たり前だろう。というか、お前等だって俺が説明を求める理由、分かってるだろうが」
引きつった顔の先にいるのは、南雲家にいるなずのないナニカ。
武仙を始めとした化け物と遭遇した悠太が脅威を覚える人型のナニカが、呑気に朝食を取っていた。
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