この弟子にしてこの師あり
ガラガラと音を立てながら、戸を開けた。
「ただいま」
返事はない。
だが、人の気配はある。
「昼間から酒盛り……誰か来てるのか?」
薄情だとは思わない。
酒盛りは、娯楽に乏しい田舎では立派な娯楽であり、人間関係を円滑に進めるためのツールでもあるからだ。
家を継ぐ気のない薄情な息子と天秤にかければ、どちらに傾くかは明白である。
「まずは荷物だな」
酒盛り会場になっている居間を避けて、自室に直行する。
荷物を置き、実家に置きっぱなしにしていた部屋着に着替えた上で、居間に向かう。
「ただいま……って、なんでいるんですか?」
「おかえりなさい、悠太。何でと聞かれるほど、不思議ですかね。私がいることが?」
「弟子を出迎えるという視点なら不思議はありませんが、神出鬼没で俗世から隔離した生活をしている師匠ですからね。はっきり言って不気味です」
武仙――南雲悠太の師。
五〇代にも八〇代にも見える穏やかな老紳士。
武人らしからぬ風体は、剣聖である悠太の目を通しても剣を使うようには見えない。
だが、弟子である悠太は知っている。剣を極め、武を極め、己の理を極めすぎた結果、武人というステージから超越して証なのだと。
「おいおい、悠太よう。お師匠様に対してその口の利き方はないんじゃないか? そりゃ、お師匠様が昼間っから酒飲んでるのは思うところがあるだろうけど」
「思うところがあるのは父さんに対してだけ。師匠に対しての感情はいつも通りだよ」
枯れていると称される目は、冷ややかに父親を見下ろしていた。
息子から冷たい視線を感じると「そうかー」と笑いながら缶ビールを傾ける。
悠太は「ダメ親父が」とポツリと漏らす。
「半年前と比べて元気になりましたね。迷いは晴れていないようですが、良い出会いに恵まれましたか?」
「…………そうですね。認めるのが癪なのもいますが、良い出会いだと――」
二歩と三度。
足と身体を動かした数である。
「反応もとても良い。以前よりも険が取れたため、鈍ったかもと思いましたが、なかなかどうして。刃は鋭く研がれ、目はより深く広くを映している。剣気の納め方が上手くなったようで実に良い」
「それを確かめるために、首を落とそうとするのは止めていただきませんか? 俺が反応できなかったら浅く斬っていましたよね」
「薄皮一枚くらいは斬らねば、覚えませんからね」
悠太がフレデリカに対して言っていることと、ほぼ同じことを言っている。
そのことに気付き、師匠の影響を思った以上に受けていると思いつつ、教育方針を変えるつもりは一切なかった。
「しかし、不思議ですね? 短期間でこれだけ研ぎ澄ませるためには、相応の修羅場をくぐる必要があります。しかし、肉体面の損傷具合を見るに、闘争は片手に収まる程度のはずですが、何がありました?」
正月から現在まで、悠太視点では一〇回近く戦闘をしている。
ただ、武仙の言う闘争とは、最低でも奥伝級の達人相手でなければならない。
精霊ヴォルケーノの影を斬った件でさえ、武仙から見ればゴミ掃除くらいでしかない。
「天乃宮家が主導して広めようとしている、魔導戦技でしょう。科学技術と魔導技術の粋を集めた仮想空間で、バトルロワイヤルをする競技です」
「仮想空間ですか。現実との差異はどの程度ですか?」
「まず、痛覚はかなり抑えられています。安全のためですね」
「競技というのであれば、仕方ありませんね。痛みがなければ覚えが悪くなりますが、不満なら現実で斬り合えばいいのですし」
「他の部分は、空の目で観察しなければ粗が見付からないレベルです。特に魔導反応については、精霊が関わらない限り現実と遜色ありません」
「ほう、それほどですか!」
魔導とは現実を歪める技術の総称。
高度な魔導ほど予測することが難しく、魔導災害のシミュレーションにはその時代で最高峰のコンピューターが使われている。最近では、量子コンピューターが試験的に導入されているのだが、それでも精度が足りないとされている。
魔導の再現はそれほどに難易度が高いにも関わらず、悠太は現実と変わらないと太鼓判を押す。
「いえ、待ってください。再現できるのは、現代術式のみというオチはありませんか?」
「フーが火界咒を使っていますし、複数人で戦略級術式まで再現できるほどに精緻でした。――ああ、そうです。魔導戦技内でのことですが、フーが俺を右腕を斬り飛ばし、反射的に絶招で反撃してしまいましたよ。魔導戦技では使わないと決めた、祓魔剣の虚空で」
「おや、あの不器用な子がそこまで成長しましたか。一足一刀以外に、何かを掴みましたか?」
「剣魔一体の領域に足を踏み入れました。……剣に関しては、一足一刀くらいしか能がありませんがね」
一足一刀だけにしても、型があと一つあれば大会で勝てたろうに、と零す。
武仙は、悠太も師として成長しているのだな、と笑みを浮かべた。
「型の代わりに魔導を使うのであれば、問題はないでしょう。――魔導の再現度は分かりましたが、武の再現度はいかがでしたか? 祓魔剣を使わないと決めた理由は予想が付きますが、断流剣や破城剣であれば問題ないでしょう――というか、破城剣は使っていますか?」
悠太は、ぷいっとそっぽを向きながら腰を下ろした。
「身体強化の術式使用が前提の技術、そう簡単に使うわけないでしょう」
「非力さを補うために、仙術の流れを汲む鍛錬法は伝えていますよ? 周辺の呪力を呼吸で取り込んで使用する、即応性のある強化法も」
「非力すぎて反動で戦闘不能になります。あと、長期的な鍛錬は文字通り四六時中していますよ。今現在も」
「そのようですね。このペースなら、年末には普通に使えるようになるでしょう」
「……理解しているなら、ネチネチ言わないでほしいですね」
言ってから、フレデリカと似たようなことを言っていると気付いた。
自分が師の影響をかなり受けていると感じたが、直す気はさらさらない。嫌みなくらいに指摘された方が成長するからだ。
「理解しているからこそ、です。君は祓魔剣を便利に使いすぎて、他がおざなりになっていましたからね。ただ、今はそのバランスが整いつつあります。魔導戦技にて、断流剣を使用し続けたことが要因でしょうね」
「怖いくらいに見透かしますね。以前、観の目を極めた故と言っていましたが、別物じゃないですか?」
「別物なのは、君の空の目ですよ。私の観の目はあるがままを俯瞰するだけですが、君は俯瞰しながら凝視しているでしょう? 双眼鏡を覗きながら、右目で顕微鏡、左目で魚眼レンズで俯瞰するような荒技ですよ、それ。おかげで皆伝を渡すしかなかったほどです」
「……未だに実感がないですね。人間性が壊れそうになるほど見えすぎるので、観の目の域からはズレているのは分かります。が、破城剣が未熟な段階で皆伝を出すほどですか? 絶刀は確かに修めましたが、実用性にはほど遠いですよ」
空腹であることを思いだし、机に並べられたつまみを口にする。
酒に合わせることを前提とした濃い味付けは、一口分を飲み込んですぐに飲み物が欲しくなる。
「呑みますか?」
「未成年なのでこれにします」
焼酎を割る用の炭酸水をコップに注いだ。
「真面目ですね。文句を言う人はいないと思いますが」
「今日は引率も兼ねているので。それから、厄ネタも少々残っているので。僅かでも剣が鈍る要素を残したくないんです」
「常在戦場とは、良い心がけです。確かにアレは、剣聖でようやく届く格です。斬るにせよ斬らぬにせよ、備えは万全にすべきでしょう」
炭酸水で口を洗い流しながら、師を問い詰めることを決めた。
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