この母にしてこの娘あり
成美が最後に弱音を吐いてから一〇分。
悠太の見立て通りに家に着いた。
「俺の家はまだ先だから、後は任せた」
それだけを告げると、一人スーツケースを引く。
「……行きましたよあの人。ホントに」
「ここがお家じゃないんだから、仕方ないよ。私たちは南雲君達の帰省に着いてきただけだし、ね」
「分かってます、分かってますけど……それとこれとは別だと思いませんか? もう少し、こっちに気を遣ってくれてもいいと思います!」
「気持ちは分かるけど……あくまでもお客様だし」
「お客様なら、もっと気を遣って欲しいですよ! 歩きで四〇分って、普通に車の距離じゃないですか!? 舗装も不十分ですから、もう足が棒です!!」
「そこは同意かな。汗もスゴいから、シャワーを浴びたい……」
悠太が聞いていれば「軟弱な」と言いそうである。
「汗と言えば、フーカ先輩やパイセンはまったく汗をかいてませんね? この辺で育ったからですか?」
「兄貴は知らないけど、わたしは体温調整の術式を起動させてるだけよ?」
暑いなら二人も使えばよかったじゃない、とも続けた。
「いやいやいや、無許可で術式を起動させるとか、ライセンスがあっても違法ですよ!?」
体温調整――今回で言えばクーラーのような術式でも、危険運転時の罰金か懲役刑になる。それは都市中に張り巡らされた霊脈や霊穴の監視網に不具合を起こさせるからであり、下手をすれば術式や呪力の相互干渉によって魔導災害が引き起こされるから。
とてもではないが、割に合わないのだ。
「こんなド田舎に監視網なんてあるわけないし、この辺の人間ならつまんないことにも魔導を使うわよ。便利だから」
「なんか、カルチャーギャップがスゴいですけど。もしかして、都会より便利とか?」
「んなわけないでしょ、都会の方が便利よ。デバイスで術式の発動が簡略化するって言っても、呪力使えば疲れるし、演算処理で脳みそだって使うでしょ? 読書感想文に例えるなら、原稿用紙に手書きするのと、スマホでフリックしながら書くくらい、手間が違うのよ」
魔導が全盛を迎えた時代に、科学が万能と謳われる理由がここにある。
莫大とも言える工業力や経済力などが必須となるが、呪力がなくても大量生産ができ、呪力がなくても使用できる。魔導を前提とした品々では、大量に作ることはもちろん、誰もが使えるものにはならない。
「そこまでですか?」
「電気とガスと水道とネット環境くらいはあるわよ。でもね、細かい部分が足りないのよ。近くの店は数キロ先だから時間かかるし、行政の手も届かないし、だから結束しないと文明的な生活を保てないけどそのせいで村社会の度合いが強まるし……はぁ」
都会の便利さを思い出し、これから始まる苦労にストレスを感じているのだろう。
心情を吐露した後、疲れたように目を伏せる。
「ま、二人は気にしないでいいわ。バイト扱いだし、南雲家への一時滞在だから、村社会の黒い部分を見ることは少ないわ」
「少なくても、見る可能性はあるんですね」
「良くも悪くも、人と関わらないと生きてはいけないからね」
インターホンを押してから、成美は家の戸を開けた。
「ただい――……」
「おかえりフーカちゃん――!!」
ただいま、と言い切る前に何かがフレデリカに抱きついた。
「遅くて心配したよ着いたら迎えに行くから連絡してねって言ったのに連絡ないしずっと歩いてきたんでしょ先にお風呂にするそれともお昼過ぎてるからご飯あ悠太くんは近くにいるかなもしいるなら一緒にご飯を」
「暑苦しいからまずどいて!!」
苦労しながら抱きついて女性を引き剥がした。
「暑苦しいなんてヒドいよフーカちゃん」
「ヒドくないわよ! 百歩譲って抱きつくのはいいけど、帰って即抱きつくんじゃないわよ! 鍛えてるから耐えられたけど、普通なら諸共に倒れてるからね!! アイリにはやるんじゃないわよ! 絶対よ!!」
「もう、わたしだって分かってるわよ。こんなことをするのはフーカちゃんだけ。アイリちゃんに抱きつくときはちゃ~んとお風呂上がりみたいに落ち着いた時よ」
「落ち着いてないでしょそれ! というか、危ないのには変わらないんだからわたしにもするんじゃないわよ!!」
怒鳴り、怒りをぶつけているのは、フレデリカによく似た女性だった。
髪色や雰囲気、年齢差から関係性が見えてくる。
「フ、フーカちゃん、落ち着いて。その方に悪意はないでしょ、多分。それにこれからお世話になる方に挨拶をしたいから、紹介してくれないかな?」
固まっている成美に代わり、ライカが仲裁をする。
「…………そう、ですね。身内の恥をお見せして申し訳ございません」
深呼吸をして落ち着かせる。
たが一度では足りず、一分ほどの時間を深呼吸に費やした。
「この歳に割に落ち着きのないのが、わたしの母――南雲ミレイユです。お母さん、こちら魔導戦技部の牧野ライカ先輩と、後輩の紀ノ咲成美さんです」
「なるほど。二人とも初めまして。フーカちゃんの母で、南雲ミレイユと言います。二人のことはフーカちゃんや悠太くんから色々聞いているよ。フーカちゃんが嫉妬するくらい才能豊かで、悠太くんが感心するくらい勤勉だって」
「ちょっと余計なこと言わないでよ!!」
落ち着いていたフレデリカの頭が、一瞬で沸騰して怒鳴り始める。
噛みつかれたミレイユは反省するどころか、楽しそうな笑みをうかべている。
「なんか、フーカ先輩とお母様って、色んな意味でよく似てますね」
「どこがよ!? 外見が似てるのは認めるけど、中身はまったく違いでしょ!!」
「いや~、中身も似てますよ。具体的にはアイリちゃんが東京に来たときの、フーカ先輩の反応とそっくりです。そうですよね、ライカ先輩」
「そ、そうだけど……フーカちゃんの方がヒドいかも? アイリちゃんには何度も何度も抱きついてたけど、ミレイユさんは一回でやめてるでしょ? まあ、方向性が違うだけだと思うけど……」
第三者の意見を聞き、気まずそうに目を逸らした。
ミレイユは、娘のそんな様子を微笑ましそうに見守っていた。
「すぅ……ふぅ……よし。お母さん、まずは二人を部屋に案内してあげて。その後はご飯、お風呂は最後で」
「わかったわ。お部屋に案内するから着いてきてね」
成美とライカは、それぞれが個室に案内された。
小さいながらも一面が畳み張りの和室で、押し入れには敷き布団が仕舞われていた。
二人は荷物を部屋に置いてすぐに、大量の料理が並べられた居間へと移動する。
「スゴい量……こんなに良いんですか?」
「もちろんよ。フーカちゃんだけじゃなくて、悠太くんもお世話になっているんだもの。お友達なら分かると思うけど、二人とも普通じゃないでしょ。都会で馴染めるかなとか、危ない人達にケンカを売らないかなとか、とっても心配してたの」
心配する必要はありません、その一言を言えばウソになる。
フレデリカは、感性が魔導師よりも剣士よりなので、天魔付属では異端より。また、好戦的な性格をしている上、剣聖の弟子という立場があるので危険な状況に巻き込まれやすい。
剣聖である悠太は論じるまでもなく、感性が普通から大きくズレている。
関わりだしてから四ヶ月も経っていないが、二人が普通の範疇にないことはよく分かっている。
「わたしと兄貴の心配はいいのよ。そんなことより、アイリはどこにいるの? 時間も遅いし、もうお昼は食べちゃったの?」
「アイリちゃんなら朝からお仕事よ。今日は山を三つくらい回る予定だって言ってたわ」
「そっか……」
多くのご馳走を前にして、フレデリカは明らかに落ち込む。
その様子を見て「この母にしてこの娘あり」という感想を、二人は抱くのだった。
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