ホームで待ち合わせ
夏休み初日。
東京駅に悠太とフレデリカ、二人の姿があった。
「な~んか、違和感あるわね。新幹線のホームで待ち合わせってのも」
「後輩から言い出したことだからな。水分補給だけはしっかりしろ」
「ぬかりないわ。二本は持ってきてるし、足りないなら自販機で買うもの」
手持ちカバンに入れた五〇〇ミリのペットボトル二本を見せる。
「兄貴も準備は万端でしょうね?」
「水分に加えて、冷えピタも用意してる」
「もしかして、二人の分も?」
「仕方ないだろう。倒れられでもしたら、引率の責任問題になる」
「いや、責任があるとしたら部長のライカ先輩か、言い出しっぺだと思うけど?」
「何を言う、俺は剣聖だぞ。外から見たとき、責められるのは俺だ」
確かに、と納得した。
「じゃあ、なんかピリピリしてんのも責任問題を考えてるから?」
ピリピリと言っても、殺気や闘気を振りまいているわけではない。
周囲に対する警戒度が、普段よりも一段階上がっている、というもの。
「いや……天乃宮から気になることを聞いてな。相手が相手だから、どうしても気が立って仕方ない」
「天乃宮って、香織から? どんな厄ネタよ」
「触りだけで深い所は知らん。……が、相手が相手だからな。警戒せざるを得ない、という感じだ」
「後手に回ったらアウトってこと? 兄貴がそのレベルで警戒する相手となると……」
いくつもの選択肢が浮かんでくる。
すぐに五〇を超えたので、絞り込むのを諦めた。
「兄貴ってさ、相性悪い敵が割と多いわよね。何でも斬れるから目立たないけど」
「魔導も使えないと、どうしてもな。祓魔剣は使い勝手がいいが、それで斬れないものは特に苦手だ」
「祓魔剣は無形を斬るのよね、確か? で、兄貴が苦手な破城剣は個体を斬る。――つまり、物理的に固いものを斬るのが苦手……やっぱさ、順番おかしいよね? 普通は体・技・心の順で習得するもんでしょ? なんで兄貴は逆なのよ? 見えなかったり掴めないものから斬れるようになってんのよ」
「主に筋力の問題だ。破城剣は剛剣の極み。成長しきっていない未熟な身体で使用すればどうなるか、なんて言わなくても分かるだろう」
剣術や武術とは、身体を酷使する技術体系。
命のやりとりを前提とするそれらは、今の戦闘を生き延びるために無理をする。
安全な現代スポーツでさえ、選手生命どころか日常生活を送ることが困難になる怪我が起こりうるのだ。
「未熟な身体でも使用するためには魔導が必要。じゃあ、そろそろ肉体的な全盛期にさしかかる今なら、筋力問題は解決したの?」
「解決に向けた修練をようやく開始段階だ。奥伝は基本、魔導の使用を前提としているからな。武仙流は修練でカバーするが、ないよりもあったが方がいいというスタンスだ」
などと証言しているが、修練はあくまでも次善策。
呪力は多ければ多いほど良いし、魔導も使える方が良い。
実際に、武仙流を修め大成した剣士は、ごく一部の例外を除き全員が魔導を使える。
「あっても使いこなせなきゃ意味ないんだけどね、呪力なんて」
「その点は同意だ。使い方一つで益にも害にもなる。特にお前は不器用だからな。魔導術式は力任せで不格好な上、視野が狭くて詰めが甘い。豊富な呪力があっても宝の持ち腐れとしか言えない」
「やかましいわよ!」
全国大会以降、事あるごとに指摘されるので辟易としていた。
「お前は不器用だからな。事あるごとに触れ、やかましいと憤って対策をして、ようやく一歩進歩する。魔導剣術や魔導戦技だけを嗜むなら、俺もここまで言わん。だがお前が目指すのは違うだろう?」
「……分かってるわよ、兄貴の方が正しいのは」
「だが、前に比べて観の目が当たり前になってきたな。俺が警戒しているのに気付いただろう? 四月頃のお前であれば、何かを警戒してるまでは気付かなかった。視界としての視野よりも、思考の深さこそ観の目を真に活かすための要素。肝に銘じておけ」
「お、おう……急に褒めないでよ。戸惑うでしょ……」
顔が赤くなったのは暑さのせいではない。
だが顔に熱を感じるので、ペットボトルの蓋を開けた。
「パイセーン、フーカせんぱーい、お待たせしました-!」
ほどほどの音量が、駅のホームに響く。
そちらに顔を向ければ、待ち人二人がスーツケースを引いていた。
「後輩、騒がしい」
「何言ってんですか、ちゃんと抑えてますよ」
「他にも人がいるんだから、もっと気を遣えと言っているんだ」
ゴロゴロとスーツケースが転がる。
その音に隠れるように、ライカは顔を伏せている。
「お疲れ様です、ライカ先輩。騒がしい後輩の面倒を見るの、大変だったでしょう?」
「大変じゃないよ。むしろ、助けられちゃったし」
「そうですそうです。ライカ先輩が迷わないように待ち合わせ場所までのルート、分単位で作って渡したのはあたしですよ。さすがに新幹線に乗った後はパイセン達にお任せしますけど」
全部自分で決められなかったのが悔しいのか、悠太をジッと睨む。
「言い出しっぺはお前だからな。――念のため、最後にもう一度だけ確認しとく。俺とフーの実家は畑と山くらいしかないド田舎だ。観光名所なんて気の利いたものはないし、フーの家に泊まる以上バイトとして畑仕事をしてもらう。それでもいんだな」
「今更ですね、覚悟の上です」
「じゃあ、規定通り二週間。畑仕事を頑張ってくれ」
「当然ですよ。宿泊費に食事代を免除の上、バイト代までくれるんですからね。……ところで、二週間バイトするのは別に良いんですけど、遊んだりする時間はありますよね? 二四時間ずっとなんて鬼畜なこと言いませんよね?」
田舎の農家にどんなイメージを抱いているのかがよく分かる発言である。
「バイトに無理させるほど鬼畜じゃない」
「ですねー、なら無問題です」
「ただ、慣れるまでは地獄だぞ。身体強化を始めとした術式を使うのは構わないが、徹頭徹尾肉体労働だからな。筋力や体力を増強したところで、筋肉痛からは逃れられない。いやむしろ無茶が出来る分、反動が大きくなるだろうな」
「……ちなみに、パイセン方は悩まされる予定あります?」
「剣士の体力と肉体強度を舐めるな。まして俺とフーは農家の出。日常と変わらん」
ちらりと、フレデリカにも視線で問う。
同じ答えしか得られなかったが。
「ああ、やっときたか。いい加減、暑くてかなわん」
「時間通りよ。さすが世界に誇る新幹線、って称賛したくなるくらい正確さで。というか、暑いなら冷えピタでも使えば? いっぱいあるでしょ」
「これからキンキンに冷房が効いた新幹線に乗るのに必要か?」
「いや、待ってる間の話よ」
「到着までの時間じゃ熱中症にはならんからな。使うだけ無駄だ」
「じゃあ、グチを言うな。余計暑くなるじゃないの」
「体感時間の話で、解決方法が来るまで言わなかっただろうが」
スーツケースを転がしながら、新幹線に乗り込む南雲二人。
ライカもそれに続こうとし、ブルリ、と身を震わした。
「……? ん、んん? ……成美ちゃん、今……」
「ライカ先輩、速く入っちゃいましょう。話はパイセン達を交えての方が良いです」
「う、うん……?」
ノドに小骨が刺さったような違和感を抱いたまま、指定席へと急ぐ。
スマホで座席番号を確認しながら通路を進み、辿り着くと悠太とフレデリカが座席を回転させていた。
「二人は、通路側と窓側、どっちが良い? 兄貴は通路側で、わたしは余った方で良いわよ」
「選んで良いなら、あたしは窓側が良いです」
「えっと、私も窓側がいいな。景色見たいし」
「じゃあ、先輩は兄貴の隣に。最悪の場合、迅速に対応できるから」
ヴォルケーノが暴走した場合、とは言わなくても通じ合う仲である。
自然と決まった席に座る。しばらくすると出発予定時刻となり、遅延もなく新幹線は動き出すのだった。
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