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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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魔導師からの報酬

「説明、説明ねえ……具体的にはどこから?」


「可能な限り最初から。ついでに付随するその他諸々の事情」


「ほとんど全部じゃない。なに、結婚でも視野に入れてるの?」


「事情知らない相手に何度も命は懸けられない。先輩の口から聞くよりも、天乃宮から直接聞いた方が早いって思っただけだよ」


 面倒くさそうに、けれども納得したように瞬きする香織。

 成美はよく分からないとライカに目配せをし、目配せれたライカは顔が強ばっている。


「確かに、ライカには黙ってるように言ったわね。……ならまずは、報奨金の内訳からね。一〇〇万はヴォルケーノ討伐に対して、もう一〇〇万は設備修繕費のプールから捻出したわ。受け取りなさい」


「……設備修繕費のプール、か。つまり、ヴォルケーノに破壊されること前提ってことか?」


「いやいやいや、論理が飛躍しすぎてません? 普通に老朽化対策や設備更新って可能性が」


「その名目なら、プールから報酬が出されることはない」


 出す根拠はなく、出すくらいならば、もしもに備えてプールし続けるべき費用だ。

 それが報酬として出される理由など、推測できるほどに少ない。


「それって、まさか……」


「牧野先輩が研究室登校してる時点で、分かるだろう? この別館は隔離施設だ。精霊ヴォルケーノが暴走しても被害が最小限にするための。確か、コラテラルダメージ、って言うんだったか?」


「魔導ってのはね、ここ一〇〇年ばかりで出来た新しい概念なのよ」


 その声には感情がなかった。

 抑揚がないわけではない。声音に変化があるわけではない。だが、人らしさを徹底的に排除したような、けれども機械ではない、そんな声だった。


「大航海時代や帝国主義の時代を経て見つかった異能の数々。魔法、魔術、術法、呪法、呪術、方術、仙術、果ては奇跡や超能力までを含めて、まるっとまとめて研究したド阿呆がいたのよ。ド阿呆は科学的プロセスを持って、異能のなんたるかを解析してしまった。その解析結果こそは『魔導』と呼ばれる新しい学問となって人類の発展に大きく寄与した」


 語られるのは、日本人であれば誰でも知る魔導の歴史。

 独自の観点など一つもない、教科書通りの内容だ。


「魔導が優れているのは、才能というハードルを限りなく低くした点よ。関わる人間が多ければ多いほど、学問は発展していくの。旧来の異能は、その発展速度に抗うことが出来ず魔導に組み込まれることになったわ。現代が魔導全盛なんて呼ばれるのは、関わってる人間の数に起因すると言っても過言ではないの」


 文明を支えるのは万民が使用できる普遍的な技術。

 一部の人間しか扱えない曲芸や超絶技巧などは、基本的に残らない。魔導の歴史を紐解けば、そこのことがよく分かる。

 だが、悠太は知っている。


「――でもね、どれだけ魔導が普遍的なものになっても、変わらないものがある」


 天文宗家と謳われる、天乃宮家の一員である香織も知っている。


「魔導の道は――深淵に繋がっている。触れることはおろか、覗いてもいけない深淵に」


「…………ふ、触れたら、どうなるんでしょうか?」


 流れる汗で首筋を冷やしながら、成美は聞いた。

 聞かないという選択ができなかった。


「昨日のライカみたいになるわ。暴走して爆弾になって自滅なんて、幸せな部類よ」


 香織の言葉に嘘はない。

 肉体が人ならざる怪物に変貌したり、魂や精神をナニカに食われて乗っ取られたり、狂うことさえ許されない地獄のような場所に閉じ込められたり、といった事例は現代でも珍しくない。


「……ば、爆弾になるから、ライカ先輩を隔離したんですか!?」


「言っておくけど、天乃宮家の処置はかなり甘いから」


 香織の言葉に、人らしさが戻った。


「ライカは小六の時、暴走したのよ。たまたま、現場に私と連れがいたから被害が出なかったけど、放っといたら間違いなくフェーズⅣの魔導災害に認定されたわ。そんな爆弾抱えた子を、隔離状態ではあるけど学校に通わせてるのよ。充分、人道的じゃない?」


「で、でも――」


「成美ちゃん、それ以上はダメだよ」


 食い下がろうとする成美を止めたのは、ライカだった。


「香織ちゃんは、本当に良くしてくれてるの。成美ちゃんと全国目指したいって言ったときだって、応援してくれたの。……ダメって、言われると思ってたのに」


「標本にしたいわけじゃないからね。昨日だってヴォルケーノを抑えてたから、最低限の制御は出来るって判断したわ。後は実地で鍛えるしかないから、魔導系スポーツはちょうどいいのよ。……ところで、何する気なの? 聞き流してたら覚えてないんだけど」


「……分かり、ました。確かに、あたしが口出す事じゃないですね。――なので、会長さんを見返してやります。魔導戦技の全国大会に優勝して!」


 ビシッ、と。

 指をピンと伸ばして成美は宣言した。


「魔導戦技って、アレよね? チーム戦のバトロワ」


「ですです、あのキラキラと派手なバトロワです」


「全国大会、ないわよ」


 指をピンと伸ばしたまま、成美は固まった。


「え、え? ないって、どういうことです?」


「言葉の通りよ。昔に比べればマシだけど、設備にカネがかかるのよ。高校や大学じゃ手が出ないほどにね。やるなら、魔導センターの会員になるしかないわね。入会費や設備使用料、あとデバイスや整備費なんかも入れると、一人あたり年一〇〇万円ってとこね。出せるの?」


「……む、無理です」


「でしょうね」


 成美の指が下がるのに反比例するように、香織の口角が上がる。

 悠太には、獲物を見付けた肉食獣にしか見えなかった。


「おカネのないあなた達に、ちょうどいいお仕事があるんだけど、話を聞いてかない?」


 三人の心は一つになった。

 この話を聞いてはいけない、と。


「良い警戒心だわ。魔導師には必須なことだから、大切にしなさい」


「俺は魔導師じゃないぞ」


「魔導師の天敵みたいな化け物が何言ってんのよ。騙す気なんてないから黙って聞け」


 問答無用とばかりに、悠太に殺気が向けられた。

 ライカと成美には微塵も届いていないが、恐怖から口を固く閉ざす。


「不安になる必要はないわよ、二人とも。フェーズⅡの異界をぶっ壊すだけの簡単なお仕事だから」


「待って香織ちゃん。魔導災害はプロの魔導師がチームを組み必要があるから、簡単じゃないと思うの」


「フェーズⅡなら簡単よ。私がちょっと呪えば壊れるし、そいつの剣なら確実だし、ライカだって精霊解放すれば一発だし。ほら、簡単」


「俺を含めるな。魔獣ならまだしも、異界は核を見付けるまでが面倒なんだぞ」


 可能だと宣言したに等しかった。

 本当に無理だと思っている者は、ライカのように全力で首を振るなどの反応をするものだ。


「……パイセンの自信はともかく、会長さんはやけにパイセンのことを買ってますよね? やっぱり、ライカ先輩の精霊を斬ったからです?」


「そいつの評価は入学したときから変わってないわよ。理由は本人から聞きなさい」


「分かりましたぁ……」


 しゃべらなかったら承知しないぞ、とばかりに睨む成美。

 悠太は耳の裏をかいた後、ひらひらと手を振った。


「分かってくれたようだし、話を続けるわ。異界の発生地点だけど、本校舎三階の女子トイレよ。隠蔽と隔離の結界で塞いでるから気付かれてないけど、今日の放課後には対処してね。結界は斬って構わないから」


「いや、隔離するくらいならとっとと対処しろよ。呪えば終わりなんだろう」


「呪う手間を惜しむほどに忙しいのよ、今。授業に出ないで後始末してるくらいだし……」


「……分かった。斬ればいいんだよな」


「ええ、ライカと紀ノ咲さんを連れてね」


 はっ? という間抜けな声が、悠太から漏れ出た。


「おい、天乃宮。足手まといを二人連れて異界を斬れってのか?」


「じゃなきゃ、三〇〇万の仕事にならないでしょ?」


「三〇〇万でも足りねえよ。特にヴォルケーノが暴走しかねない所が」


「それを含めて試験だと思いなさい。その代わり、異界を破壊できなくても報酬は出すわ。現金じゃなくて、天乃宮系列の魔導センターを一年間、無料で使用できる権利だけど」


 悠太は奥歯を噛みしめながら、耳の裏をかいた。

 失敗しても報酬がもらえるのなら、条件としては破格。だが、別にやる必要はないのだ。魔導戦技参加の前提が覆っている上、プロの魔導師から見ても高額な費用がかかる。

 それらを加味した上で、悠太は肺にたまった空気を吐き出した。


「俺はそれでも別にいいが、参加するかどうかは二人次第だ」


「もっともね。――で、二人はどうするの? 報酬は参加した人だけに出すけど」


「――さ、参加するに決まってるじゃないですか!? 魔導戦技に参加するっていいだしたのはあたしなんですから!」


「わ、……私も、参加します。……ちゃんとしないと、ダメだから」


 二人の参加を聞いた悠太は、ため息をついた。

 香織は楽しげに頷いている。


「じゃあ、三人とも。放課後はよろしく」


「その前に、武器くらい貸せ。棒状ならなんでもいい」


 悠太には、武器を常に持ち歩く習慣はない。

 そして、悠太は剣士だ。剣がなければ、魔導災害たる異界を討伐することは出来ない。


「木刀と真剣、どっちがいい?」


「…………木刀でいい」


 学校で真剣を振り回す趣味は、悠太にはないらしい。


「じゃあ、これ」


「なんで生徒会室にあるんだ?」


「昔の役員が置いてったみたいよ。修学旅行のお土産を持て余したんじゃないの」


 木刀の造りを見て、悠太は納得した。


「もうないわね? なら、出てってちょうだい。仕事はまだ残ってるのよ」


 しっしっ、という仕草で退出を促される。

 悠太達は香織の機嫌を損ねてはたまらないと、しずしずと部屋を出るのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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