準々決勝
全国大会準々決勝。
先鋒であるフレデリカは、四人抜きを達成した。
(キッツ……兄貴の指示で先鋒やってるけど、普通こんなに連戦しないっての。どっかで手抜きして負けるもんだってのに、手を抜くのは許さないとか……頭おかしいんじゃないの!?)
先鋒が途中で負けるのは、手抜きをするからではない。
戦略的に負ける者がいても少数派。大抵は、疲労や実力などの要素によって負けるのだ。
(他と比べたら、わたしはマシな方か。大抵が一足一刀に対応できないし、防がれた後の対策は魔導戦技で充分に実践できた。体力も呪力も、充分に残ってる)
連戦における最大の敵とは疲労。
魔導戦技というバトルロワイヤルの場で戦い続けたフレデリカにとって、一対一による連戦は温い部類と言えよう。
(次に勝てば昼休憩。ここが正念場ね)
舞台に上がった相手校の大将に、フレデリカは嘆息をもらした。
(最悪……一番消耗してるときに、アレを相手するっての? わたしのリアルラック、どうなってんのよ!?)
身長一九〇センチ越えの巨漢。
体幹の揺るがなさは地に根を張った大樹のごとく。
防具や胴着越しからでも分かるほどに隆起した筋肉。
そのどれもが、参加者の中でも最上位で位置することを示していた。
(……リアルラックがどんだけ最悪でも、やることは変わんない)
一足一刀。
予備動作無しの見えざる一刀。
魔導剣術のルールに合わせ、首への斬撃から突きへと変化させている。
その所為で、完全な一足一刀にはなっていない。また、突きというピンポイントな攻撃のため、三割ほどは防がれている。
「バレット。――リピート、サーティー」
だが、防がれるのは予想の内。
防がれた後、相手が取るであろう行動に合わせ、バレットを撃ち込む。
シンプルであるが故に、対処には自力が問われる真っ向勝負。参加者の多くを打ち破ってきた必勝パターンは、三〇発のバレットを撃ち尽くして仕切り直しとなった。
(固っ! 何よ、あの障壁。わたしみたいな呪力任せの力業じゃなくて、呪力や衝撃を散らして逸らすような組み方してる。あのなりで技巧派か、似合わない)
相手に聞かれたら憤慨モノの感想を抱きながら、距離を取る。
フレデリカであれば一歩半。一息入れるために切っ先を下げると。
「めええええええええんんんん――――ッッッ!!」
男はフレデリカよりも半歩長い一歩を踏み込む。
轟音にも似た風斬り音を響かせながら、脳天めがけて振り下ろされた。
「シールド。――バレット。――リピート、サーティー」
まともに受ければ、防具越しでも致死傷になりかねない剛剣を、フレデリカは障壁の術式で迎え撃った。
剛剣を一瞬だけ受け止めた障壁は、すぐさま砕け散った。
並であればそのまま終わりだが、障壁が生み出した一瞬にバレットを撃ち込み、一瞬を半秒に伸ばし、こじ開けた隙間に踏み込んだ。
「どおおおぉぉぉぉ―――っ!?」
タイミングは完璧であった。
面に隠れた男の顔は、意表を突かれたと驚きに染まっていた。
半秒遅れて振り下ろされた剣は、切り返すしたとしても間に合わない。
予め、判定となる場所に設置した障壁のみが男を守る手段であった。それを突破すれば、フレデリカの勝利は確実となった――突破すれば、だが。
(やっぱ、固っ。わたしの手持ちじゃ抜けないし、どうするか)
なんでもありなら、いくらでも手段はある。
しかし、魔導剣術のルール内では、高い火力を出す方法が限られる。
(……いや、あった。ぶっつけ本番になるし、あの剛剣を流す自信はないけど、何もしないで負けるのは性に合わないわね)
剣を上段に構え、じりじりと間合いを詰める。
振り下ろすだけでは威力が足りないため、多量の呪力を纏わせる。
粗の目立つ術式の未熟さなど塗りつぶすほどの呪力は、相対する者を威圧する。
男は迫りつつある脅威を理性で押さえつけながら、同じく剣を上段に掲げ、フレデリカを待ち構える。
「めええええええええんんんん――――ッッッ!!」
一歩半。
フレデリカが間合いに入ると、轟音を響かせながら剣が振り下ろされる。
先ほどの中段からの一撃とは異なり重力が上乗せされた剛剣が、フレデリカの剣に触れた。
(重……っ! でも、兄貴の剣ほど怖くない!!)
剣を斜めに傾けると、剛剣が滑り落ちる。
集中力をきらすか、握力がわずかでも緩めれば、剣が吹き飛ぶだろう。
滑らせる角度を誤れば骨が砕け、内臓に大きなダメージが入るだろう。
だが、その程度の脅威は、悠太と剣を合わせれば常に伴っている。
(立居合の根幹、跳躍斬りは無理。……でも、もう一つの根幹、デコピン斬りはいける。両手斬りに加えて、これだけの呪力を叩き付ければ、さすがにいけるはず! ……この剛剣を捌ききれればの話だけど……)
重要なのはタイミング。
剛剣を流しきり、支えるために費やした力が解放されると同時に踏み込まねば意味がない。
手のひらから伝わる振動、指にかかる圧力、耳に突き刺さる轟音、瞳で測る間合い。それら全てが噛み合い、本能のままに剣を解放した。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァッッッっっっ!!」
会心の一太刀。
これを超える剣は、魔導戦技で悠太の腕を断ち切った時しか思い浮かばない。
剣はようやく中天を超え、重力を味方につけて加速しはじめる。常に展開する障壁に接触するまで距離があるが、フレデリカには結果が見えていた。
自身の剣は一瞬のロスもなく障壁を砕き、男から一本を取るという未来が。
「――――っ」
観客も、チームメイトも、相手チームも、フレデリカと相対する男自身でさえ、誰もがフレデリカの勝利を確信した。
ただ一人、悠太を除いて。
「相変わらず詰めが甘い」
届くはずのない声が聞こえたと同時に、フレデリカの身体が浮遊する。
寸分の狂いなく届くはずだった剣は空振り、床に触れることさえ叶わなかった。
(あー……下手うった)
苦し紛れの、反射的な行動だった。
とっさに放った術式はヒドく稚拙で、障壁どころか呪力に触れるだけでも霧散するほどに脆弱。決定打どころか、牽制にすらなるはずがなかった。
そう、まともに受けさえしなければ。
(斬ることにばっか集中して、魔導に対する守りが疎かになるとか……素人かっての)
フレデリカの思考を占めるのは自己嫌悪。
わずかでも呪力を守りに回していれば、勝てていたはずの攻防。
敗因は、通り魔に病院送りにされたときと同じく油断。言い訳の余地など微塵もなく、背中から衝撃が伝わるまでの時間、彼女は自身を責め続けた。
「一本!」
審判の声を響かしてすぐ、フレデリカは身体を起こす。
二本を取られるまで、敗北は確定しない。互いに初期位置に戻り試合は続く。
(諦めるわけじゃないけど、時間が足りないわ……)
相手もバカではない。
同じ手が通じるかは分が悪い。かといって、立居合が通じなければ障壁を突破するには火力不足。だが、フレデリカの目に諦めはなかった。
(まあ、わたしが負けても試合は続くし、呪力と体力を削るだけ削ればいっか……)
これは団体戦。
フレデリカが連勝を続けるが、本来は先鋒だけで試合が終わる方がおかしい。
重要なのは、後に続く者が勝てるように情報を引き出すこと。次の者が有利になるように、相手を消耗させること。自分が負けても、後には四人もいる。
(わたしに勝ったからって、終わると思わないことね!)
試合時間の全てを使い、フレデリカは相手の戦い方を丸裸にし、体力や呪力も削れるだけ削りきった。
天魔付属優勢で繋いだ試合は――天魔付属の完全敗北という形で幕を閉じたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。




