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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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命題

「んー、もしかしてアイリちゃんって、フーカ先輩のことが心配で会いに来たの?」


「そうですよ」


 あたふたしたり、否定したりといった反応を期待した成美は、肩すかしを食らった。


「あっさり認めるんだ」


「姉が斬られて入院したなんて聞いたら心配して当然ですし、田舎から出てくるには充分な理由だと思いますよ?」


「改めて言われればその通りだけど、フーカ先輩にあそこまで言ってたから、てっきり」


「身内がバカなことをしたら、言うのは当然です。でも、本当に嫌いなら、言うことすらせずに無視しますし、ここにはいませんよ」


 ほんのりと、頬が赤く染まる。


「じゃあ、パイセンのことも心配だったり?」


「え、別に? お兄さんは剣聖ですし、心配するだけ無駄じゃないですか。むしろ、再起不能になって二度と剣が振れない身体になってくれた方が、身内からすれば安心するレベルなんですけど」


「……うわぁ、辛辣……」


 予想だにしない反応だった。

 フレデリカに対する叱咤に比べれば、あまりにも冷淡。だがかすかに、身内への愛情が感じられた。


「その感想が出るってことは、やっぱりお兄さんを理解していませんね。それとも、お姉ちゃんを見て基準がバグりましたか? 身内から見たら、あれほど厄介な人もいないんですが……ああ、ダメですね、感覚的すぎて……うーん、どう伝えれば」


 こめかみをグリグリしながら、しばし考える。


「お二人は、魔導師の命題をご存じですか?」


「命題? それって確か、研究職の魔導師のメインテーマだったような?」


「違うよ、成美ちゃん。何を犠牲にしてでも、どれだけの時間をかけてでも、絶対に成し遂げると決めたナニカだよ」


「……なんです、それ? その理屈だと、悪魔に魂を売るのも躊躇しないってなりますよ。物騒にもほどがありませんか?」


「そうだよ。悪魔に魂を売る程度で達成できるなら、躊躇なく売る。必要なら都市一つだって生け贄に捧げる。それが魔導師にとっての命題だよ」


 職業魔導師が大半を占める現代では、命題を持つ魔導師はほとんどいない。

 だが、命題がどれほどの重さを持つかは、決して失われていない。


「わたしは、お婆ちゃんから聞いただけですが、国際指名された魔導犯罪者の六割は、命題を理由に罪を犯したんだそうですよ」


「うん、それは本当。もちろん、時期によって変動はするけど……長く残る人ほど命題を持っている率は高くなる。――あ、でも、勘違いしちゃダメだよ。命題を持つ人が危ないわけじゃない…………うん、ごめんなさい。嘘つきました。爆弾レベルで危ないけど、付き合い方を間違わなければ、爆発しないから」


「…………やっぱ、物騒じゃないですか、命題」


 成美はそう言うが、物騒なのは命題ではない。

 あくまでも、命題を持った魔導師が物騒なのだ。


「それで、アイリちゃん。命題が物騒だってのは分かったけど、何でこの話題を?」


「それはもちろん、お兄さんが命題持ちだからです」


 驚き、はない。

 二人にあるのは「なるほど」という納得だ。


「南雲くんにとっての目的は、魔導師にとっての命題と同じくらい重いってことだよね?」


「でも、そんなにヤバいですかね? いや、剣聖としてのパイセンがヤバいのは魔導戦技を通して重々承知ですけど、女子力もそこそこ高いし、ちゃんと高校生してますよ。勉強はあんまりみたいですけど」


「日常生活を不足なく送っているのは、従妹として認めるところですよ。でも、それ以外の人間性はどうですか? 人格者であることを求めませんが、普通からズレていると感じたことはありませんか? まあ……成績は頭の出来の問題ですから別ですけど」


 アイリーンにも心配される、成績なのだった。


「パイセンが枯れてるのって、まさか!?」


「いくら何でも失礼だよ、成美ちゃん。せめて淡々としてるとか……」


「いえ、合ってますよ。こっちは、お兄さんのお師匠様からの受け売りですが――人には容量があるそうなんです」


 剣聖・南雲悠太の師――武仙。

 知る人ぞ知る武人の頂点。悠太に関わるようになってから調べた範囲ではあるが、出てくる逸話は荒唐無稽。だが、複数の記録が事実であることを保証している。


「お兄さんは、二割に常識を詰め込んで、残り八割が命題という割合だそうです。だから、細かい部分ではどうしてもアラが出るんですね。田舎でも割と浮いて……っと、それは話がズレるのでまた今度」


「待って、聞きたい! それ聞きたい! パイセンの弱みを握りたいの!!」


 成美が騒ぐが、アイリーンは努めて無視をした。

 主題から外れているのと、身内と売るようなものだからだ。


「成美ちゃん、ダメですよ。――命題の割合は、どれだけ正しいんですか? 八割というのは、魔導師から見ても多すぎるのですが」


「又聞きですが、八割と言ったのは武仙さん自身です。確かじゃないんですかね?」


「……じゃあ、私よりも危ないかも。八割って、いつ堕ちてもおかしくないから……」


「散々言っといてアレですが、そこは信頼して大丈夫です。お兄さんのは命題でなく、あくまでも目標です。それに、人として成し遂げることが重要みたいなので」


 それは、剣士と魔導師の差、であろう。

 世界にある法則や理をねじ曲げ、超常の力を扱うのが魔導師。

 それに対して、剣士は己が身体一つで技を振るう。

 現在の武人は魔導も扱うので、その境は曖昧である。だが、悠太は魔導を扱うための呪力を持たない。その意味で、悠太は魔導師よりも外道に堕ちにくい……と、言えるかも知れない。


「ただ、別方向で問題がありまして……特にお姉ちゃんが入院した経緯を聞いたとき、ついに人を殺しちゃったかなぁ? っと、戦慄したものです。巡り合わせがよく、踏みとどまってくれたみたいで安心しましたが」


 憂いと安堵をもらすアイリーン。

 その姿に虚飾はなく、彼女の言葉が事実であると二人に伝わった。


「薄々気付いてたけど……あのとき、そこまでの状況だったんだ」


「あのパイセンが斬られるくらいですからね。仕方ないっちゃ仕方ないと」


「何やら勘違いしていますが、お兄さんは全員を制圧した後で、改めて皆殺しにしようとしたそうですよ。状況があれなので指名手配はされなかったでしょうが、実行したら警戒度がかなり上がったでしょうね……はぁ」


 穏便にすんで良かった、とため息が語る。


「…………え、皆殺し? 制圧した後で? あの、パイセンが……マジ?」


「マジのマジ、です。普段の無関心っぷりというか、枯れっぷりからは想像がつかないかもしれませんが、お兄さんは情が深いんです」


 情が深い? と首を傾げてすぐ、そういえばシスコンだったとすぐに納得した。


「何、他人事みたいな顔してるんですか。お二人も当事者ですよ」


「はい? あたしたちも当事者って、どういう?」


「自宅に上げるような相手に対して、情がまったくないと思いますか? 断言しますが、お二人がどこかの組織に拐かされたりしたら、冗談抜きで組織まるごと斬り捨てて救出されますよ。――だから、注意してくださいね。わたしはお兄さんが外道に堕ちた姿なんて見たくないので」


 そこまで言われて、二人はようやくアイリーンが危惧することを理解した。

 自身の進退が、悠太の進退に直結するなど言われなければ気付かなかったのだから。


「……正直、パイセンの枯れた感じは嫌いですが、堕ちてほしいとまで思わないので、……まあ、心にとめときます」


「私は体質もあるから変えるつもりはないけど、当事者になってるってのは、ちゃんと意識するね」


「はい、それで充分です。――まあ、ちょと脅しましたけど、お兄さんを斬ろうとするガチ勢に狙われたら、どうしようもないので諦めてください。運が悪かったと泣き寝入った方が被害が空くなるので、約束ですよ」


 至極真面目な顔で、二人の覚悟を折にかかるアイリーン。

 それが抗うことができない現実であると、直近で思い知っていても素直に頷けない二人だった。


「……――ところで、パイセンの命題って何なんです? 気付けばはぐらかされたレベルで大幅に話が逸れた気が」


「お兄さんの命題ですか? それは――」


 アイリーンは窓の外を指差した。


「――あの空を斬ることです」


お読みいただきありがとうございます。


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