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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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菓子作り

 アイリーンの歓迎会をした翌日。

 悠太の朝は、いつも通りに始まった。新聞が配達されるよりも早くに起き、日課である一〇キロのランニングを行う。短期の入院生活で身体が鈍ったようで、調整を兼ねていつも以上にフォームや呼吸を意識する。

 いつも通りの時間に家に戻ると、彼を出迎えるように三匹が近寄ってきた。


「「「まー!」」」」


 悠太はとりあえずしゃがみ、三匹が満足するまで撫で回す。

 三匹が解散すると、悠太はシャワーを浴びようとして、家中に漂う甘い匂いに気付く。


「……なんだ、朝っぱらから菓子作りか?」


 小麦粉、バター、砂糖。

 西洋菓子を作るとき特有の甘ったるい匂いのする台所では、四人がすし詰め状態で作業をしていた。


「別に良いでしょ、もうすぐ焼けるんだから」


「ダメとは言ってないが、朝から菓子か?」


「カロリーと糖分が取れるんならいいでしょ。休みだし、偶には違うモノ食べたいのよ」


「分かった分かった。四人もいれば充分だろうし、俺はゆっくり待たせてもらう」


 呆れ顔のまま、悠太は風呂場へと直行した。

 残されたフレデリカは、そんな悠太の態度に憤慨した。


「何よあれ何よあれ、何なのよアレは! 女の子の手作りお菓子なんて、男子高校生には垂涎のプレミア価値だってのに、どうでもいいどころか、不満タラタラとかありえない! いやそれ以前に、先輩達がお泊まりしたってのに平然とルーティーンをこなすとかありえない!」


「相手はお兄さんですよ? 甘やかされるより甘やかしたい人相手に、評判がいいわけないでしょ。それにルーティーンは配慮をして上でやってるから、ギリギリ及第点?」


「ア、アイリは兄貴の味方するの? お姉ちゃんの味方をしてくれないの!?」


 ショックを受けたことをオーバーリアクションで表現する。

 姉の奇行に対し、アイリーンは悠太と同じような呆れ顔をした。


「お兄さん相手に感情的になっても仕方ないって話し。手持ち無沙汰なら、これ切って」


 まな板の上に乗ったサンドイッチを指差す。

 フレデリカは冷たくされたことに悲しみながらも、仕事をもらった喜びのままに包丁を握った。


「フーカちゃん、パンの耳は切ったらこっちにちょうだい。ラスクにするから」


「いやいや、ライカ先輩。香ばしさはクッキーで代用できるんで、ここはフレンチトーストにしましょう。卵液をたっぷり染みこませて、バターでじっくりと焼くんです。甘~い耳を摘まんでベタベタになった指を、ちゅぱちゅぱと吸うっていう贅沢な遊びができますよ!」


「……た、確かに、それは美味しそう……。バターも余ってるし、揚げる手間を考えると……けど、けど、絶対にカロリーが……」


 ラスクも揚げ物だからカロリーが高い、と指摘する者は一人もいなかった。


「ところで、このアフタヌーンティーで使いそうな、スタンド? って、部室から持ってきたって言ってましたよね? 天魔付属の魔剣部は強豪だと聞いていましたが、こんなのを使うヒマがあるんですか?」


 魔導剣術部は、魔剣部と略されることが多い。


「いえ、私たちは魔導戦技部です。フーカちゃんは掛け持ちでの所属ですね」


「魔導戦技部……一文字しか違わないのはまぎらわしい。まあ、聞いても違いは分からないと思いますが、放課後にお茶会を開くのが主な活動内容だったりします? その高そうなティーセットにお茶っ葉も、部室から持ってきたんですよね?」


「あー……否定、できないな。週一で魔導センターには通ってるけど、平日は……」


「いえいえ、それでいいんですって。パイセンやフーカ先輩じゃないんだから、毎日なんてやってたら心が死にます。それに、お茶飲みながらでも戦術や戦略を練ってるじゃないですか。魔導戦は頭脳戦と同義と思えば、研鑽の時間こそがメインと言っても過言ではありません!!」


「なるほど、一理ありますね」


 アイリーンが頷くと、ライカは「えっ?」と驚きの声を上げる。

 声に出さなかったが、屁理屈を自覚している成美も同様に。


「ビジネスもですね、同じなんですよ。やりたいことがあっても、どこから利益を引っ張ってくるか、というプランがなければ絶対に失敗します。しっかり練っても失敗しますけど、失敗したら失敗したで、プランを修正すればいいんです。準備八割本番二割、とはよく言ったものですね」


 うんうん、と頷く。

 屁理屈にも真面目な理屈で返す様は、悠太との血のつながりを感じさせた。


「……むむむ、ここはお二人に頼むのが……」


「アイリ、サンドイッチ全部切れたわよ。一口サイズの九等分。もうお皿に並べてもいいわよね? クッキーとスコーンもそろそろ焼けるし」


「時にお二人は、今日の予定は決まっていますか? もし戴けるのあれば、案内をして欲しいところがあるのですか」


「え? アイリ、行きたいところがあるの? お姉ちゃんも行きたい!」


「お姉ちゃんは、お兄さんとチャンバラの予定でしょ。不覚を取るようなたるんだ精神をたたき直すって、道場も借りてたし」


 ガックリと方を落とし、サンドイッチを皿に並べる作業に戻った。


「夜には帰らないといけないけど、それまでなら私は大丈夫ですよ」


「あたしも同じく! あ、でも荒事系はNG。パイセンじゃないから大丈夫だと思うけど、念のため」


「わたしも荒事はNGなのでご心配なく。お、焼けましたね」


 オーブンレンジを開けると、香ばしく甘い香りがただよう。

 熱々のうちに皿に並べ、三段重ねのスタンドにセットをした。


「おお~、すごくエモい! チラシにあるアフタヌーンティーセットそのものです! これは映える! アップしなきゃ!!」


「GPSはちゃんと切った? ならだいじょうぶだね。あ、カーテンも閉めなきゃ。窓の風景から場所特定する人がいっぱいいるらしいし」


「あんまり気にしなくてもいいですよ。剣聖の住処ってバレてますから、よっぽどのバカじゃない限りは襲ってこないですし」


「お姉ちゃんは甘いな。お兄さんが剣聖だってことを知らない人のが多いんだよ。それに、成美さんのアカウントで発信するんだから、お兄さんの弱みだと勘違いして襲われるリスクの方が高いと思うな」


 などなど、と。

 菓子の出来映えについて一通りの感想を言い合った。


「はぁ……、あとはパイセンが出てくるのを待つだけですね。というか、長くないですかあの人? 長風呂派?」


「え、兄貴ならとっくに出てるわよ? パンの耳をラスクにするかフレンチトーストにするかって当たりで」


「ちょっと待ってください、何で声かけないんですかあの人!?」


「そりゃ、わたし達が楽しく準備してたから、混ざるのが面倒……じゃなくて、水を差すのがイヤだったんじゃない?」


「面倒、面倒って、やっぱ枯れてますよあの人! 信じらんない!!」


 成美はプリプリと頬を膨らませる。

 ライカは「あはは……」と乾いた笑いを零した。


「出てるなら、お茶の準備をしちゃうね。ヤカンは確かここに……」


 予め見付けていたヤカンに水を注ぎ、火にかける。

 湯が沸くまで時間がかかるので、その間にティーポットやカップ、茶葉を並べる。


「そういえば、わたしが来たからうやむやになってましたが、二人はなぜお泊まりを? 部活の合宿的な、何かですか?」


「え、別に。お泊まりしたのは流れでなんとなくで、朝からお茶会になったのは、……えっと、アレだ。パイセンにあたし達の女子力を見せ付けようと企画して、延び延びになって気付いたら朝だっただけで、そんな意図はなし」


「つまり、ノリですか?」


「あ、それ! そう、ノリ! 話の流れで何となく」


 うーん、と首をひねる。

 従兄が男扱いされてないことを嘆くべきか、彼女たちの危機感のなさを危ぶむべきか。

 少し考えた後、自分が答えを出す必要のない問題だと気づき、アイリーンは深く考えるのをやめるのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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