南雲家の食卓
「え、なんです、このえげつない量は? 南雲家の食卓っていつもこうなんです?」
「違いますよ。お兄さんが無駄に張り切った結果です。……これがあるから、上京しにくいんですよね」
アイリーンは呆れと憂いを露わにした。
「張り切ったってことは、……あ、お祝い。誰かの誕生日とか、試験に受かったとか、そういった」
「……わたしの歓迎会です。お姉ちゃんもお兄さんも、胸焼けを起こすくらい甘くて。食べきれないって言ってるのに」
ライカと成美の二人は、乾いた笑いを返すしかなかった。
「別に、食べきる必要はないぞ。余ったら後で食べるから、好きなものを好きなだけ摘まめばいい。アイリの好きなものばかりだからな」
「だとしても多過ぎ。カロリーだってスゴくて、絶対太る」
「アイリは細すぎな上、栄養面で不健康だ。来年上京したときには、フー以上に食事面を管理するからな。具体的には三食おやつ夜食付きだ」
「だから太る! わたしはお姉ちゃんより運動しないから、絶対にカロリー過多で脂肪マシマシになって、成人病まっしぐらだから!!」
「その分、頭にカロリー回してるだろう。これでも人体のプロだぞ。成長に回す栄養が不足してるから、フーよりもちんちくりん――」
「――セクハラ!!」
殴りかかるアイリーンだったが、料理を運ぶ悠太はひらりと躱す。
大皿をテーブルに置くと、またキッチンに戻る。
「お兄さんは、もう! デリカシーに欠けてます! お二人もそう思いませんか?」
「……私は、南雲くんがいつもと違って驚いてるかな。いつもは、デリカシーの問題以前だから」
「あー、確かに。でも、無神経なとこと実はシスコンなとこは同じですね。フーカ先輩の方も、ブラコンにシスコンがくっついただけですし」
「……そっか、やっぱり変わってないのか」
身内が変わっていないことの安堵と、成長していない苦悩の二つがアイリーンを襲う。
湧き上がる感情をぶつける衝動に駆られるが、ギリギリのところで押さえつけた。
「来年上京って言ってたけど、高校進学に合わせてってこと? どこに行くかは決めてるの?」
「第一志望は、天魔付属です。お姉ちゃん達が生活基盤作ってる中で、一番の名門なので」
「ほほう、わざわざ天魔付属を選ぶってことは、魔導科志望でいいのかな。フーカ先輩と同じく、魔導師を志していると? どんな術式が得意っていうか、先輩達と同じく剣をやってるって感じなの!?」
押しつけがましい圧を受けるが、アイリーンは平然としていた。
「商業利用が出来る、魔導三種は欲しいですね。高度な研究には魔導二種も欲しいところですが、そっちは人を雇った方が早そうなので取れそうならってレベルです。剣はやってませんし、ケンカとかもしません。研究は嫌いではないですが、魔導はあくまでも付加価値の高い商品を作るための手段なので」
アイリーンの答えに「おや?」と首を傾げる成美。
中高生特有の魔導に対する憧れがなく、かといって道具や手段にしか思っていない冷たさもない。非常にフラットなスタンスを感じ取った。
「アイリちゃんって、将来の夢とか持ってる系女子ですか?」
「夢といいますか、会社経営しているので、潰れるまで続けるつもりですよ?」
「会社!? つまりアイリちゃんは社長……? いや、家族経営か。農家なんて個人事業主って聞いたことあるし、税金対策で法人化するところもあるとかないとか……」
「いつかは、実家と親戚の畑を合わせて吸収するつもりですけど、まだしてませんよ? メインはイノシシとかシカとかの害獣駆除で、収益の柱を増やすために肉と毛皮と骨を余すことなく加工して商品にしていますが」
「え、ガチだ。ガチの会社経営だ。しかも親戚の畑も乗っ取るとか、結構な野心家系女子だったよこの子」
親戚とは無論、悠太の実家である。
一人息子が剣聖になどなってしまったので、誰に継がせればいいかを真面目に悩んでいたりする。
「そりゃガチですよ。家庭菜園が精々の都会と違って、田舎の農業は生活がかかってるんですよ。一年分の稼ぎを害獣に奪われるくらいなら、どんな手を使ってでも殲滅しますね。問題は、害獣駆除が重労働ってことなんですが」
RPGなどでイノシシなどは雑魚エネミー扱いされるが、現実では恐ろしい敵だ。
七〇キロ以上二〇〇キロ未満の物体が、時速四五キロで突進してくるのだ。銃で武装していても、初撃で仕留めなければ人間側が殺されてしまう。
その上、動物は知恵を持っている。
なにを当たり前なと思うかも知れないが、割と忘れがちなのだ。罠を仕掛けても雑であれば見破られ、中途半端に罠にはまって逃げられでもしたら、同じ手は二度と通じない。簡単に表現すれば、ゲームのNPCより賢い。
おまけに探してもなかなか見付からないとなれば、ちょっとかじった程度の素人では手に負えないレベルの敵だったりする。
「そこで必要になるのが、会社経営です! 重労働でも害獣駆除で食っていけるなら、それは立派な仕事です。ボランティアだの寄付だのという持続不可能な自己満足はですね、田舎ではなーんの役にも立たないんです。そう、お姉ちゃんが立派な魔導師になろうが、お兄さんが剣聖になろうが、畑仕事や害獣駆除を生業にしないなら、田舎では役立たずなんです」
「野心家系属性のみならず、過激派系属性も併せ持つとは……さすがは南雲家。逸材しかいない家系なのか」
役立たずと言われた悠太は、我関せずとフライパンを振るっている。
対してフレデリカの方は、アイリーンの足にすがっていた。
「お姉ちゃん、役立たずじゃないよ!? 危ない野焼きを火界咒で完璧に制御できるし、間伐した木だって早く乾燥させられるし、余った木材で仏像も彫れるんだから! 近所のお爺ちゃんお婆ちゃんも喜んでるじゃない!?」
「どれも、お姉ちゃんがいなくなったら出来ないでしょ? 役に立つ技術ってのは、達人じゃなきゃ出来ない曲芸じゃなくて、ちょっと訓練すれば出来る小技だから。――でも、早く乾燥できるのは初耳。誰でも出来るようにマニュアル化しておいて。お小遣いあげるから」
「いいけど、魔導三種持ちじゃないと違法だからね。その点だけは気を付けてね」
魔導は基本的に不安定な技術で、制御に失敗すると簡単に魔導災害に発展する。
魔導三種を始めとする魔導資格は、失敗したら被害の多い魔導を扱うための国家資格であり、有益な魔導ほどこの資格が必要となる。
「フー、お前はもう少し自分に自信を持て。実家でならアイリの理論は正しいが、都会では役に立た……いや、アイリは商売してたな。こっちで商売する功績も考えると…………まあ、役に立ちたかったら中伝か魔導二種を目指せ。そこまで行けば剣だけで食っていけるぞ」
「二種は高校卒業くらいで取れると思うけど、中伝は無理じゃない? 心技体の奥伝のどれかを使えるようになるってのが条件よね、確か? 魔導抜きでやるとか無理だから」
「実践で使えるようなる必要ないからな。時間かけて精神と呼吸を整えて、なんとか使えるでも中伝はやるし、剣人会でも使える中伝は何人かいるから不可能ではない」
実を言うと、悠太も似たようなものである。
武仙流の皆伝を渡され、剣聖になってはいるが、戦闘で皆伝が使えるわけではない。皆伝の一つ下である奥伝――祓魔剣を普段から使用しているのはそのためだ。
「…………ちなみに聞くけど、中伝になったら大会出ちゃダメとか言わないわよね? いい成績取って内申点を上げたいんだけど」
「中伝や二種なら止めないぞ、別に。さすがに奥伝は止めるが」
奥伝は達人の位階。
剣の指導をして生計が立てられるほど極めた証なので、大会に出て能力を証明する必要など皆無なのだ。
「まあ、頑張るけど……魔導師としても役立ちそうだし」
「やる気になったのはいいことだから、さっさと立て。アイリが困ってるだろう」
悠太をにらみつけながら立ち上がり、そのままアイリーンに抱きつくフレデリカだった。
「気持ちは分かるが、抱きつくのをやめて食卓の準備を手伝え。晩飯の時間だぞ。――ライカ先輩に後輩も、食べていきますよね? 余るくらい作ったので、食べてってください」
エプロンを外し、食器を準備し始める悠太。
フレデリカはしぶしぶアイリーンを解放し、悠太の手伝いを始めた。
「お姉ちゃんはもうちょっと落ち着きを持って欲しいですね。お二人は適当に座っててください。私は手伝いにいってくるので」
「それなら、わたしも」
「人数を多くしても無駄ですし、何よりお客様ですので」
アイリーンに促されるままにライカと成美は席に座り、南雲家の食卓で舌鼓を打つのであった。
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