日本銀行券・二〇〇枚
休日の朝食・紅茶(約700ml)、以上。
もちろん、無糖無乳。
何の脈絡もなく、日本銀行券を積み上げられたら、人はどう思うだろうか?
南雲悠太は警戒する。意図が分からなければ必ず。
「天乃宮、なんだコレは?」
「何の変哲もない二〇〇万円よ。しいて言えばピン札ね」
「そっちじゃねえよ。お前からコレを受け取る理由がねえだろ」
「ヴォルケーノ」
天乃宮香織の一言に、悠太は舌打ちした。
受け取りたくない二〇〇万円ではあるが、受け取らねばらないから。
「……先輩と後輩の前で、内訳を話せ」
「分かったわ。昼休みに弁当持参でまた来なさい。朝早くから悪かったわね」
生徒会室を出た悠太は、スマホをいじる。
ライカと成美に昼食持参で生徒会室に集まる旨を伝え、カバンを担ぎ教室に向かう。
授業中に、二〇〇万円を受け取らない理由をアレコレと考えたが、良案が出ることなく昼休みになった。
「呼び出しといて辛気くさい顔しないでくださいよ、パイセン」
「お前もすぐこうなるから覚悟しとけ、後輩。――あとは牧野先輩だけか」
「先輩なら、研究室にいますよ」
「どういうことだ?」
成美はにんまりと口端を上げる。
「えー、知らないんですかぁ? ――あ、ごめんなさい。その振り上げた拳を下げてください」
「……まさかとは思うけど、保健室ならぬ研究室登校してるなんて言わないよな?」
「その通りです。特待生としてのアレコレ、らしいですよ」
心の中で「それは隔離だ」と呟いた。
悠太の内心を察したのか、成美も複雑そうに眉を歪めている。
「理解したみたいですし、研究室に急ぎましょう」
「研究室じゃなくて生徒会室な。昼食もそこで」
「えー、ライカ先輩の緑茶と一緒に食べたかったのに」
成美は渋りながらも、先行する悠太を追いかける。
重い足取りで二階まで上がり、ノックもせずに中へ入った。
「ノックくらいしなさいよ。着替え中だったらどうするつもり?」
「音と気配で分かる」
「消してたらどうすんのよ」
「はんっ、魔導災害一歩手前の呪詛を消してから言え」
「……南雲くん、敏感すぎでしょ。小動物か何か? まあ、適当に座りなさい。ライカがお茶淹れてるから、戻ってきたら食べましょ」
香織に促されるまま、悠太と成美は席に着いた。
売店で購入したパンを机に並べ終えると、お茶を載せた盆をもったライカが入室する。
「香織ちゃん、淹れてきたよ――あ、二人ともいらっしゃい。二人の分のお茶も淹れたのでどうぞ。おかわりが欲しいときは、ポットに入ってますから」
一リットルは入る大型のティーポットを机の中央に置いたところで、香織が箸を手に取った。
悠太を含めた三人が売店のパンであるのに対し、香織の弁当は三段の重箱だった。
「会長さん、すごいお重ですね。冷凍食品とか見当たらないんです。ご両親、料理上手なんですね」
「紀ノ咲さん、いい目してるわね。あなたみたいに目敏い子好きよ。だし巻き卵いる?」
「いいんですか? ありがとうござい――うまぁっ! え、本当に手作りですか? プロが作ったみたいな味がするんですけど!!」
「プロは言い過ぎよ。でもまあ、魔導の次に研究してる分野だから、悪い気はしないわ」
「――まさか、会長さんの手作り!?」
姦しい弁当談義を傍目に、悠太はコッペパンを無言で咀嚼する。
一口ごとに三〇回咀嚼をし、ゆっくり時間をかけて三個のコッペパンを完食。
冷めてしまった緑茶をノドに流し込んだ。
「そんなに食って太らないのか?」
「あなたと違って、呪力に呪詛まであるのよ。身体の維持にはこれでも足りないくらい。――逆に聞きたいんだけど、それで足りるの? どう見てもカロリー不足でしょ」
「朝と夜に食ってる。……話は変わるが、春キャベツを大量消費するレシピ、何かしらない?」
「そうね……ざく切りをウスターソースで焼いたり、千切りにしてバター炒めってとこね。それでも足りないなら切り方ごとに酢漬け」
「なるほど、助かった。お礼は春キャベツを三玉でいいか?」
「明日の朝、ここに持ってきて」
母方の実家から送られた大量の春キャベツを押しつける先が出来、悠太は机の下でガッツポーズをした。
「南雲くん、もしかしてお料理が出来るんですか?」
「栄養価に気を配る程度には、ですが」
特に気負わずに答える悠太に、ライカと成美は驚愕した。
「う、嘘付かないでくださいよ! 料理できるなら、なんで弁当を持ってこないんですか!?」
「面倒だからだ。後、三食全部自分の味とか飽きる」
「そういうもの、なんですか? 私はお料理をしないので分からないんですが、香織ちゃんもそうなんですか?」
うんざりした悠太の顔に、ライカは首を傾げた。
料理をした自分では答えを出せないので、この中で料理をする香織に質問する。
「分からないでもないけど、私はほら、食べる量が量だから。費用対効果を考えて、ってのが一番。二番は魔導的な理由。この辺は南雲くんも同じはずよ」
「え、パイセンも? 呪力ないのに?」
「身体の調整って意味だよ。魔導師も武人も、人間なら必ず肉体の影響を受ける。肉体の調律は必須事項で、食事は調律の基礎だ。なら、自分で作るのは当然だろう」
必要だからやる。
悠太のそんな物言いは、どこまでも冷めていた。
「キモッ! 冷めてるのに意識高いとか、意味分かんないんですけど!?」
「俺からすれば、料理も出来ない魔導師なんぞ三流以下だ。さびた包丁使ってる料理人並にありえない」
うぐぅ、とうめき声を上げながら、二人は目をそらす。
悠太は二人の反応にため息をついた。
「南雲くんの考えはもっともだけど、職業魔導師はそこまでする必要ないわよ」
「俺は職業魔導師を魔導師とはカウントしてない」
「気持ちは分かる。連中の大半は民間人だけど、外で言ったら非難されるから気を付けなさいよ」
「さすがに言わない。――というか、そろそろ本題に入らないか」
「あなたが始めた話しなんだけど、まあ、いいわ。時は金なりだものね」
三段の重箱を手早く片付けると、机の中央に風呂敷が置かれた。
香織がそれを解くと、包まれていた二〇〇万円が露わとなる。
「朝にも言ったけど、二〇〇万円あるわ。とっとと受け取りなさい」
「だから、説明をしろおおおぉぉぉ――――っっっ!!」
「――っち」
説明がよっぽどイヤなのか、香織はこれ見よがしに舌打ちをするのだった。
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