星詠みの陰
警察署内の小さな会議室。
真門はスマホに繋いだノートパソコンを開いていた。
「皆さん、引き上げてください。ターゲットは所定の位置に移動しました。作戦終了です。――――はい、はいそ、そうです。後は悠太先輩がどうにかします。万が一負けても、警察が動くので。皆さんがそこにいいると問題が発生しますから、速やかに撤収をお願いします」
地下貯水施設で繰り広げられた追跡劇。
その指揮、作戦立案、さらには下準備までもを一人でこなしたのだ。
「では最後に皆さんバスに乗ってください。はい、到着したら現地解散ですので、忘れ物はしないように。皆さん、ありがとうございました。………………ふぅ、終わった」
最後の指示を出した真門は、ヘッドフォンをゆっくりと外す。
机の上にぐでーっと突っ伏した。
「……はあ、慣れないことするんじゃない。疲れた。……いや、本家に行くよりマシだけど、疲れた……」
「お疲れさん。堂に入った指揮だったぜ」
金曜就業前のサラリーマンのように疲労しきった真門に、内海はコーヒーを差し出した。
真門はゆっくりとした動作で受け取り、行儀悪くすすった。
「どうだい? 望むなら、うちでバイトしないかい? 今日の実績があれば、表に出せない系になるが作戦立案や指揮だってやれるぞ」
「お断りします。今日のはイレギュラーです。本来なら、公的機関には関わりたくないんですから」
「そりゃ、あれか。企業閥の人間だからか」
真門の実家である隈護家は天乃宮家の分家。
天乃宮家は単独で企業派閥に形成する巨大な勢力。後継者からは外されているが、真門は隈護家の長男。
魔導業界で中央派閥と称される政府機関と関わるには、大物過ぎるのだ。
「それもありますが、一番の理由はメリットがありません。僕個人がコネを作る必要性はもちろんないですし、おカネだって不足してません」
「なら、社会勉強的なアレコレはどうだ? 今日のだけでも、普通じゃ経験できないことだろう」
「それこそ論外です。はっきり言いますが、今回はイレギュラーが過ぎるんですよ。悠太先輩は僕の中じゃけっこうな重要人物ですから。もちろん、剣聖うんぬんを抜きにしてです。最悪、僕の日常が崩壊してしまいますから」
真門は本気である。
事後承諾ではあるが、本家の人間である香織から許可をもらった上で、悠太達に手を貸したのだ。
「ほぉ~。剣聖でなく悠坊個人が重要か。そのために、天乃宮の星詠みが動いたっていうのか?」
天文宗家、天乃宮。
現在は宇宙工学や魔導天文学に注力をしているが、古くは星詠みを生業として日本魔導界に貢献した一族だ。単独で企業派閥を形成するに至った財力や影響力は、星詠みとしての力によって支えられていると言われている。
「……まさかとは思いますが、僕が星詠みだとでも?」
「まさか。これでも刑事として長いんだ。お前さんが誰かの指示を受けて動いているのは、一目見りゃわかる。だけど、その誰かは間違いなく星詠みだ。使ってるのが占星術かは分からんが、未来予知に匹敵する精度なら、星詠みと呼ぶには充分だろう」
「あー、やっぱり、不自然でしたか?」
「適確すぎるんだよ、何もかもが。歴戦の指揮官でも、あそこまで動かせねえよ。呪いに侵されて理性なんてほとんど残ってない相手ならなおさらにな」
完全な未来予知は存在しない。
科学的、魔導的に証明された世界の法則ではあるが、真門の指揮はそれをあざ笑うように正確無比であった。
天乃宮家が関わると、このような事柄が多々ある。
未来予知をする星詠み伝説が現代でもなくならないのは、彼らが打ち立てた実績の積み重ねによるものなのだ。
「常に力を貸して欲しい、なんて言わねえよ。ただ、報酬次第で星詠みの力を分けてくれねえかってことだ。どうだい?」
「答えはもちろんノーです。今回はイレギュラーにもほどがあったから力を貸しましたが、僕にはこんな無駄なことに時間を使いたくないんですよ」
コーヒーを飲みきって、ほう、と一息つく。
何気ない仕草ではあるが、内海はそんなことには目もくれない。
いや、時折感じていたそれを、ついに無視できなくなった。
「――お前さんの命題に関わるからか?」
それは、魔導師にとっての最上位目標。
職業の一つとして魔導師を選んだ一般人では持ち得ない、本来の魔導師が持つべきモノ。
命題を持つ魔導師は、ソレを達成するためならばあらゆる犠牲を許容する。内海が関わる魔導師がらみの事件の中でも、命題を持った魔導師が起こしたモノは頭一つ飛び抜けた凄惨さがあった。
それこそ、一目見て命題持ちが起こした案件か否かが分かるほどに。
「……念のための確認ですが、僕が魔導師に見えるんですか? 天魔付属の普通科に通って、魔導なんてろくに使えない僕が」
「ああ、呪力あんのにもったいないなって思うくらいに、使えないよな。でも、命題には関係ないだろう? 魔導が使えるかどうかなんて。幾人も魔導師を見てきた刑事としての結論としちゃ、お前さんは命題を持っている。何かは分からねえが、それだけは確信しているよ」
真門の目がカッと見開いた。
耐えきれない怒りにフルフルと震え、空になった紙コップを机に叩き付ける。
「ふざけないでください! 誰が――頭魔導師ですか!! 訴えますよ!!」
ゼー、ゼー、と肩で息をする。
本気で怒っているが、内海が想定した反応ではなかった。
「頭魔導師って、そこまで言ってねえよ」
「いいえ、言ってるも同然です! 誰が本家の狂人共と同じですって! 僕はですね、あの連中と同じになりたくないから、魔導師の道を捨てたんですよ!! それを言うに事欠いて頭魔導師とか、名誉毀損で訴えますよ!?」
なお、頭魔導師とは、マッドサイエンティストや、戦闘狂に匹敵する侮蔑である。
お前は狂ってるとか、お前は狂人と同じだとか、面と向かって言えば怒り狂うのは当然ではあるが、命題を持つ魔導師はそんな評価を気にしない。
だから、真門は想定外なのだ。
想定外に、過剰に反応しているのだ。
「……狂人って、本家の人間を貶すなよ」
「貶してません、事実を言ってるんです!」
過剰だからこそ、真門の人となりが見えてくる。
(こりゃ……想定以上の大物だな。長男なのに後継者から外れたって話しも、秘密裏に天乃宮本家に所属したからって可能性まであるぞ)
そう、過剰すぎるのだ。
自分が狂人だと自覚しながら、狂人でないと言い張っているようなもの。
これ以上藪をつついた場合、自分の手に負えないものが出てくると判断し、内海はこれ以上踏み込むことをやめた。
「あー……悪かった。もう言わんから許してくれ」
「……まあ、謝ってくれるならいいです。ですが、二度と、頭魔導師とか言わないでくださいね。僕は魔導師ではないので」
どれだけ魔導師を蔑んでいるんだと言いたくなる内海だった。
「ところで、なんですが。悠太先輩に武器を貸さないでよかったんですか?」
「ああ、平気だ平気。悠坊がいらんって言うならいらんよ」
「んー、強いのは知ってますけど、不安だな……。時間足りなくて、悠太先輩が勝つ前提で配置してるから、最悪の場合は魔導災害が……」
潰れた紙コップをゴミ箱に捨てながら、真門は眉をひそめる。
「なるほど。お前さん、本物の武人を知らないな」
「そう、かも? 僕が知ってる中ですと、香織ちゃんが一番強いですし」
「ああ、天乃宮の呪鬼か。強いが、ありゃ魔導師であって武人じゃねえ」
真門にもそれは分かっているようで、うんうん、と頷いている。
「じゃあ、見に行くか」
「……はい?」
「だから、本物の武人ってやつを見に行くぞ。捕まえやすいように、わざわざ近場に誘導したんだから、間に合うだろう」
戸惑う真門を連れて、内海は車に乗り込むのだった。
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