互いにダメだし
「とまあ、そんな感じで気絶したのよね。感想はある?」
「油断しすぎだ。大方、完封できたから油断したんだろう。一足一刀とバレットは相性が良いが、隙が少ないだけだ。基本的に決定打に欠けるから、気合いを入れて耐えられると終わりだ。ヒットアンドアウェイで距離をとり続けないと、そうなる」
話を聞き終えた悠太が真っ先に行ったのは、ダメ出しだった。
「いや、待って。ちゃんとスタンボルトを叩き込んで」
「暴徒鎮圧用だろう。モグリだろうと魔導師相手なら効きが悪くなる。ああいうのはな、意識外から叩き込まないと意味がない。一回目は超弱くするか、別の術式を使え。それで二回目か三回目に、本命の術式を叩き込む。そこまでしないと意味がないと思え」
「……クソ兄貴」
失敗した手前、悪態をつくしかないフレデリカであった。
「それで、どんな呪詛だったんだ? 焼いたとはいえ、傾向くらいは分かるだろう」
「斬られたら感染するっぽいわね。呪詛そのものは、異様に人を斬りたくなるってとこ。まったくないなら植え付けるし、あるならそれを増幅させる。効果そのものはポピュラーな部類だけど、悪質ね。ねずみ算式に増えてくし、きっと核の類いもない。普通には根絶できないわ」
それこそが、妖刀《綿霧》が現代まで生き延びた理由。
どれほどの人に感染しているか不明、どれほどの範囲に広がっているかも不明。
分かっているのは、発見次第祓わねば際限なく広がるという事実。
「けど、兄貴は効かなそうね」
「斬りたくなる呪詛なら、効かないだろうな」
「そうよね。素で呪詛並の衝動抱えてなけりゃ、剣聖には至らないもんね」
半ば化け物扱いだが、剣聖の実態を知るなら同意する意見である。
「通り魔とは知り合い、なんだよな? いつ会ったかは思いだしたか?」
「いや、まったく。自分の身体を操り人形みたいに動かす流派ってのは分かったんだけど、覚えがないのよね。印象的だから、会ったら忘れないと思うんだけど」
「操り人形、か。じゃあ、連中の一派か」
悠太が思い出したのは、病院に来る前に襲われた時のことだ。
「え、兄貴の知り合い? じゃあ、わたし、兄貴のとばっちりを受けたってこと?」
「昔じゃなくて今日。二〇人以上に襲われて、一人は奥伝だった。骨ごと斬られかけて、内海さんに応急処置してもらった。リアルで斬られたのは久々だから、良い経験になった」
「相変わらず狂ってるわね……戦闘狂じゃないのが不思議」
フレデリカにはいつものことなので、話を切り替えた。
「襲ってきた連中、どうする気? もう遅いかもしれないけど、皆殺しはやめてよ。舐められないための武威は必要かも知れないけど、悪評って返ってくるから。因果応報――なんて、兄貴には言わなくても分かるか」
「……一応、気絶させて放置しておいた。止められてなければ、皆殺しにしたけど」
「おい、クソ兄貴。斬られて気が立ったのは分かるけど皆殺しはやめろ。兄貴には勝てないってなって、わたしに仕返しされるんだからな! 分かってんの!!」
武人の多くは武威ばったというか、ヤクザ的思考をしている。
やられたらやり返す、が遺伝子レベルで刻まれているような人種だ。例え、自分たちが悪かろうが、棚に上げて襲ってくるのだ。
「……うん、反省してる」
「反省してる、じゃないわよ!? 自分の影響力ってヤツを――」
「そこまでにしてあげてください」
ヒートアップするフレデリカを止めたのは、真門だった。
「……どちら様?」
「天魔付属、普通科一年、隈護真門です。悠太先輩とは今日の仕事先で会いました。先輩が襲われた現場にも立ち会いました」
「そう、ごめんね。うちのゴタゴタに巻き込んで」
「いえいえ、僕も天乃宮分家の出なので、慣れてます。それで皆殺しにしようとした件なんですが、あまり責めないであげてください」
真門の進言に、フレデリカは眉をひそめた。
「責めるわよ。プロの内海さんならともかく、君の前で皆殺しにしようとしたんでしょ? 民間人……とは、言い切れない気がするけど、民間人の前で血を見せるなんて御法度なんだから」
「皆殺しにしようとしたのはですね、南雲先輩が襲われて救急車で運ばれたって、僕が伝えたのが原因です。それがなければ、全員気絶させて終わりでしたよ」
ピタリ、とフレデリカは黙った。
心なしか顔を赤らめ、頬をピクピクと動かす。
「……そう、なんだ。わたしの未熟が原因ってなると、強くは言えないわね」
悠太や真門から顔を背け、絞り出すように呟いた。
「けど、兄貴のことだから泣き寝入りなんてしないわよね? どう報復する気?」
「お前を襲ったモグリを潰す」
「どこいるか、分かってんの?」
「顔も知らないのに、分かるわけないだろう」
振り返ったフレデリカは、心の底から呆れかえっていた。
予想は出来ていた。悠太は剣聖だが、剣以外は普通の人。目の前にいれば大概の相手は斬れるが、目の前にいない相手を探すことは苦手なのだ。
だからこそ、襲ってきた相手を皆殺しにしようとしたのだが。
「名前も分かんない相手、どうやって潰すのよ」
「その辺は真門くんに任せてる」
ほう、と真門に目を向けた。
プロの魔導師として活動できるだけの呪力はあるが、磨かれてはいない。
魔導師としての力量はまるでないが、そもそも人捜しに魔導は必要ないことを思い出した。魔導とは技術でしかなく、現代に置いてはあれば便利程度でしかないのだ。
「どこまで、分かったのかしら?」
「ちょっと待ってくださいね」
胸ポケットに入れたスマホを取り出し、パタパタと操作する。
「えっと……性別・名前・年齢・四親等までの血筋・本籍その他に加えて……生まれてから現在までに何してたかの略歴と、現在の逃走経路や隠れ家の予想、までですね。予想の方は信頼度五〇%程度なので、人を動かすにはもうちょっと精査が必要ですが、明日の昼には情報が揃いそうです」
「えぇ、ほとんど丸裸じゃないの。……そういえば、天乃宮分家って言ってたわね。怖いな、天乃宮。星詠みってそこまで分かるんだ……」
「あ、違いますよ。これ、星詠みじゃなくて、企業閥にある情報をまとめただけなので」
「怖っ! そっちのが怖っ!! 企業閥ってことは、顧客情報とかそういうのよね!?」
「えっと、違……いえ、そうです。剣聖や警察、剣人会の一派に貸しを作れる良い機会なので、色々と横紙破りではありますが、頑張りました」
「今、違うって……ううん。気付くなわたし。言い直したって事は、そっちの方が都合が良いって事。今以上に怖い事実が出てくるに決まってる」
ドン引きしたのは、フレデリカだけではない。
悠太を除く、真門を含めた全員がドン引きしたのだ。
「どっちでもいいだろう、別に。重要なのはモグリを潰せるかどうかだ。天乃宮家に借りを作るのは怖いが、俺が考えなしに動くよりはマシだ。それに、この業界はどこも怖いぞ」
「……わたしは、兄貴の図太さが怖いわ。天乃宮家が悪用したらどうするのよ?」
「斬ればいい。悪用したら割に合わないと思わせればいい。つまりはいつも通りだ」
「兄貴の理って、明鏡止水だっけ?」
「諸行無常だ。だが、奥伝にいくためには明鏡止水の心得は必須だ。動揺すれば隙が生まれるから、常に冷静でなければならない。……つまり、俺も未熟者ってことだ。衝動のままに皆殺しにしかけるとか」
反省……とは、少し違う。
自身を客観的に分析しているだけだ。
「フーの退院予定はいつになるんだ? 間に合うなら潰す役を譲るが」
「譲られても困るから。いや、朝には退院するから間に合うけど、やらないから。明後日は学校あるんだし、休む気なんてないからね」
「斬られなきゃいいだけだろうが。――まあ、無理強いするものでもない。モグリは俺が片付けとくから、遅刻しないように休めよ」
「分かってる分かってる。ちゃんと退院して登校するから、もう寝るわ」
顔を隠すように、フレデリカは布団を被った。
悠太も立ち上がり、他の面々を連れて病室から出て行くのだった。
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