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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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呪詛祓い

 フェーズⅢアーティファクト・妖刀《綿霧》。

 人に感染するタイプの呪詛であり、人を刃物で斬りつけると発動する。

 発動条件の特異性からアーティファクトへと分類された魔導災害は、さる剣の流派が奥義の一端として保有していたのだが、フレデリカが知るよしもなく。


「ぅあ……あぅぅ……」


 呪詛の効果は簡潔にして単純。

 人を斬りたくなる、ただそれだけ。


「どうだ、どうだ、どうだぁ!! コレが俺の力だぁ!! さぁっさと屈しちまえよ。衝動に抗えば抗うほどぉ、辛くなるぜぇ」


「……はぁ、はぁ、はぁ、……それ、だけじゃないでしょ? なんて表現すればいいか、そう、ムンクの叫びの顔が、あんたになってるみたいな醜悪さを感じるわ……呪詛に、手を加えたわね」


 呪詛は取り扱いを誤れば、即座に高フェーズの魔導災害へと変化する危険なモノ。

 魔導一種の保有者でも、呪詛専用の別資格がなければ祓う以外は許されない。


「へぇ、喋れるってのは驚いた。師匠以外は即屈したのに」


「……はっ、精神鍛錬が甘いのよ……ぅぎ……そいつらは……はぁ、はぁ、……」


「なら、呪詛を追加するまで――んん?」


 再度斬りつけるため、剣を引き抜こうとするが、腕が動かない。

 強化されたフレデリカの膂力により、押さえ込まれたのだ。


「離せ、離しやがれ!! 悪あがきにもほどがあるんだよ!!」


 動かない腕にイラつき、蹴ったり殴ったりで刺激するが、剣を含めて微動だにしない。


「ノウマク・サラバタダ……――」


 フレデリカが動かすのは、口と呪力。

 並の魔導一種が保有する一〇〇〇倍の呪力をフル活用する。

 唱えるのは、不動明王の火界咒。それも、大呪と呼ばれる本式。練られる続ける呪力は高フェーズ魔導災害に匹敵するほど多量で、しかし神経質なほどに精緻に制御されている。


「止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ――っっっ!!」


 どれだけ蹴ろうが殴ろうが、フレデリカの呪力に一切の乱れはない。詠唱は、外的要因によって詰まったり、間違えたりするが、彼女にとって詠唱は飾りでしかない。自己暗示のための手段であり、呪力を火界咒に変換するまでの時間を有効活用するためのもの。

 火界咒のみにおいて、フレデリカの練度は凄まじい。

 魔導における一足一刀とも呼べるレベルで極まっており、高位の僧にも匹敵するほど。


「破邪顕正、万魔調伏――倶利伽羅・浄焔」


 不動明王の炎は、魔を祓い煩悩を鎮める浄化の炎。

 その側面を最大限に引き出し、呪詛祓いの炎を生み出すのが、魔導術式――倶利伽羅・浄焔。

 物質に一切の影響を与えず、呪詛のみを焼くはずの炎は、フレデリカの身体を焼いた。


「熱っ……! ああ、もう、失敗した!! やっぱあれね、練習中の術式がなぜか本番で成功するなん不思議なこと、起こるわけないよね……」


「……ふざっ、ふざけんなぁ!!」


 不完全ではあるが、条件の指定は機能している。

 骨すら残らぬほどの呪力が注がれているが、サウナに閉じ込められた程度の熱ですんでいる。


「まあ、結果オーライ、かな……呪詛は焼けてるし」


 呪詛を祓う方法はいくつかある。

 火界咒もその一つではあるが、人以外に憑いた呪詛に使用することが常だ。

 人に憑いた呪詛を祓う術式は他にあるため、わざわざ火界咒を改変する必要もない。それでも火界咒を改変した理由は、フレデリカが不器用だから。

 新しい術式を習得するよりも、非効率でもすでにある術式を改変する方が確実なのだ。


「今すぐ、今すぐ火を消せ!! 離せ! 俺の、俺の妖刀がぁぁぁあああ!!」


「妖刀? この呪詛、アーティファクト由来じゃないでしょ? ……まあ、どっちでもいいか。わたしの呪詛も、あんたの呪詛も、どっちも焼き尽くすまで付き合ってもらうわよ。大丈夫、死ぬ前には終わるし、終わらなくても火界咒の方が先に消えるから。……これでも、プロだし。安全装置くらいは……」


「離せ、離せ離せ離せ、消せ消せ消せ――!!」


 呪詛祓いが進めば進むほど、男は狂乱していく。

 フレデリカも、茹だるような熱でめまいを起こす。

 どちらが先に音を上げるか? そんなチキンレースの様相を呈しするガマン比べは、第三者の介入によって終了した。


「はいはい、そこまで」


 カツン、という鈍い金属音に合わせて、火界咒が掻き消える。


「事情聴取は警察に任せるとして、まずは応急処置やな。動かんといてな。動けるとは思えんけど」


 パンッ、という柏手と共に、呪力の縄が二人を拘束する。


「……ふぅ、はぁぁ、……なら、後は任せます。わたしの呪詛は焼き尽くしたので……」


 万力のごとき力で固定された腕が、するりと解ける。

 仰向けに倒れ、腹を突き刺していた刃からずるりと逃れる。ドクドクと流れるはずの血は、呪力の縄によって止血がされる。


「南雲くんは豪胆で欲張りやな。自分だけ助かるなら、手離せば良かったのに。彼の呪詛まで祓おうとして倒れるとか。魔導師の鑑や」


「……誰、だぁ」


「教師や教師。その子の部活の顧問でな。夜遅くまで頑張ってるやってるみたいだか、式神使って見守ってたんよ。そしたら、これやろ? 急いで駆けつけて、ギリギリ……アウトかな? 正直、職務外なんやけど、これでも魔導師の末席やからな。警察が来るまで拘束させてもらうで。救急車にも連絡済みやから、ちゃんとした呪医にみてもらえるで」


「呪医、だぁってぇ? ふざけんなよぉ! 何の権利があってぇ、俺の力を奪おうとするんだぁぁぁ!!」


「そりゃ、法律や。専用の資格無く呪詛を扱うことは法律違反やからな。資格持ちだったとしても、民間人を巻き込んで被害を出した時点で剥奪は確実。どんな刑が出るかまでは分からんけど、覚悟だけはしとき」


 踵をコンクリートに打ち付けると、カツン、という鈍い金属音が鳴る。

 呪力の縄がフレデリカを男から遠ざけた。


「ふざぁ、けるな。ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁあああ!! 俺は、俺はぁぁぁあああああ」


 縄を引きちぎろうと暴れるが、ビクともしない。

 男の特異性は呪詛のみ。それ以外は凡庸でしかない。

 魔導は身体操作と強化のみで、剣術の腕はフレデリカに封殺される程度。高度な魔導理論によって編まれた、対人拘束術式を破ることは不可能なのだ。


「身体痛めるだけだから、無駄な足掻きは……」


「ぁぁぁぁあああ、ああああぁぁぁぁ……!! …………ぁぁ、そうだな。俺はまだ、まだ……だから」


 叫びをあげることをやめた男の身体から、力が抜ける。

 ツブツブと呟かれる独り言は、まるで見えない誰かと会話しているようであった。


「……だから、だからぁ、ちぃかぁらぁをぉ、よこせぇ……」


「マズっ……!」


 自身の経験から、碌でもないことが起こると判断し、拘束を強めようと柏手を打つ。

 三倍にも及ぶ呪力の縄は網のような形を成し、男に絡みつき拘束をした。


「……ぁあ、……あぁ、ぁあ、ああ……そうだ。その願いは、正当なものだとも」


 複雑に編まれ強度を増した拘束術式が、バラバラに切り刻まれた。

 フレデリカの火界咒によって鎮まったはずの呪詛は活性化し、常人の目に映るほどの密度となった。


「どこ、行く気や?」


「無粋な網だ。若者の努力を認めようとせぬ傲慢さが見える」


 呪詛に呑まれた男は、何もかもが変わっていた。

 立ち方、剣の握り方、目に宿る自信、全てが別人のようだった。


「その子、どうする気や?」


「だが、ここは見逃そう。若者の人生を終わらせるわけにはいかない。大願成就を成し、若者が正当に評価されるまで」


 呪詛に呑まれ、ダレカになった男は、跳躍した。

 地面から塀、塀から屋根へと飛び移り、高速で離脱していく。

 同時に、救急車と警察車両のサイレンが、近付いてくる。


「……ああ、厄介なことになった。やっぱり鈍ったな」


「せ、先生! 逃がして良いんですか!!」


「良くはないけど、南雲くんのが優先やろ。加害者を追うのは警察の仕事や」


「フーカちゃん、無事なんですか!?」


「傷は深くないよ。中度の熱中症っぽくなってる方が重症やな。けど、命に別状はない。ほら、救急車来たから、後はプロに任せよ。先生は警察にお話があるから」


 そこからは、事務的に事態が動く。

 フレデリカは救急車で運ばれ、教師は警察に説明をし、ライカと成美はその場に残される。

 成美達は混乱しながらも悠太に連絡を取ろうとする。だが、同時刻、悠太も人斬りの襲撃を受けていたため、二人は悠太が出るまでその場で連絡を取り続けることとなったのだ。

お読みいただきありがとうございます。


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