馬鹿の一つ覚え
「独白は終わったの? もう遅いし、早くして欲しいんだけど」
「ぁあん!? ……ぃや、落ち着け。ただの、戯れぇ言だ……」
「じゃあ、戯れ言ついでに定型文でも。――魔導三種保有者として警告するわ。あなたの呪詛は魔導災害に発展する恐れがあるわ。民間人へに被害が出ることも考えられる。今すぐに呪詛を解除しなければ、実力行使で制圧するわ」
「はっ、ぁははははははははははっ――! お前がぁ、俺をぉ、制圧だぁ? 笑わせてくれるねえええ」
男が拒否すると、フレデリカはデバイスを正眼に構える。
「あぁあ、ああぁ。抜いたな、抜いたなぁ! コレで正当防衛成立だぁぁあああ!!」
歓喜のままに、男は鞘から剣を抜く。
そしてフレデリカと同じく正眼に構えた。
「正当防衛なんて成り立つわけないでしょうが。わたしが構えたのは、あんたが警告に従わなかったから仕方なく、よ。――っていうか、そもそもの話として魔導資格無しに呪詛を使用するのは明確な法律違反。わたしは緊急的な措置をとって制圧に動いた。つまり、大義名分があるのはわたしの方ってことよ、お分かりかしら間抜けな犯罪者さん」
心底馬鹿にしたような声音は、男を激高させるに充分だった。
感情のままに怒号を浴びせようとする隙をフレデリカは逃さない。
「もうちょっと落ち着きなさいよ。すぐに終わるじゃない」
一足一刀。
予備動作無しに首筋に吸い込まれた剣は、激高していたはずの男によって止められた。
「変ぁわらねえな。バカの一つ覚えにぃも、ほどがあるぜぇ」
「へー、迷いなく防いだってことは、本当に戦ったことあるんだ」
フレデリカはすぐさま飛び退き距離をとる。
彼女の一足一刀は予備動作なき妙技ではあるが、剣の軌道が変わらないという欠点がある。初見であれば問題ないが、経験者相手では見えなくても防がれてしまう。
「次ぃは、こっちの番だぁあああ!」
一呼吸の間に、三度、剣が振るわれた。
フレデリカと比べれば稚拙な剣技であるが、速度や威力は申し分ない。
加えて、不自然なほどにチグハグであった。目線と足が別の生き物のように別の動きをし、慣れた者ほど惑わされるであろう。
「バレット。――リピート、ハンドレッド」
フレデリカも調子を崩され、三度目の斬撃を受けそうになる。
だが、命中しかけた剣は、フレデリカの光弾が弾く。
光弾は弾いただけにとどまらず、雨のように男に降り注いだ。
「――ちぃっ」
「行儀が悪いわね。武人を気取るなら礼節ぐらい弁えなさい」
消費した光弾は、すぐさま補充される。
並のプロ魔導師一〇〇人分の呪力を保有するフレデリカにすれば、湯水のごとく使用できる。
「でも、アレね。あんたは鍛錬をサボるタイプね。エンジョイ勢ならそれでもいいけど、剣で生計を立てるつもりならアウト。才能があるのにもったい……いや、逆ね。難しい術理もすぐにできるようになる才能があるから、驕って技を磨かない。才能に溺れた愚者の典型例ね。標本にしたいくらい」
「ひひひ、なぁんだ。嫉妬かぁ? 醜いねぇ、ひひゃひゃ」
「嫉妬? 物を知らないのね、これは哀れみって言うのよ。あと、侮蔑も一割あるわね。プロの魔導師として、呪詛を暴走させた阿呆に対しての」
不安定ではあるが、男は自我を保っている。
それは、ある程度まで呪詛を扱えている証。
扱えながらに常軌を逸した言動を繰り返すのは、呪詛の制御に失敗した証。
「プロォ? お前みたぁいな、弱っちぃヤツがかぁ? ふひひゃひゃひゃ、笑わせてくれるねぇ!?」
「はぁあ、笑わせるだ? 笑わないわよ。つーかさぁ――驕ってんじゃないわよ! 剣も魔導も何もかもが中途半端なのよあんたは!!」
一足一刀。
怒声を隠れ蓑にして踏み込んだ。
感情的になりつつも、フレデリカの技に乱れはない。
だが、常に同じ軌道を描くフレデリカの剣は、危なげなく防がれてしまった。
「中途半端ぁ!? それはお前みたいなバカの一つ覚――ごぶっ!?」
防いだ瞬間に、光弾が男を襲った。
フレデリカの光弾は、身体強化の術式を付与したストレートと同等の威力を持っている。
よろめく身体を立て直すまでの間に、四発が着弾した。
「……くそ、がぁ」
「はい、おかわり」
一歩分の距離を、一足一刀で埋めた。
光弾などとは比べものにならない斬撃が、首に放たれる。
防がねば終わる。反射的に防御し、同じように光弾を受ける。
この流れを二度ほど繰り返し、男はようやく一足一刀が届かぬ距離に逃れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ、がぁ」
「あらあら、雑魚相手に息なんてあげて、どんな気分かしら?」
悪態をつく男に対照的に、フレデリカは涼やかだ。
「なんだ、それは……?」
「見て分からなかった、ただのバレットよ。魔導学の誕生と共に生まれた傑作術式。万人に扱えるほど簡単でありながら、驚くほどの拡張性を備えて、誰もが一度は使う魔導の基本術式」
「そんなのは分かってる! なんで俺が、そんなぁ雑魚術式にぃ!?」
「あんたが雑魚だからよ」
男の冷静さを奪うための挑発だ。
「あぁああああぁぁぁ――!?」
「この程度で心乱す未熟者は、雑魚としか呼べないでしょ」
一足一刀の弱点を補うために至った境地こそが――剣魔一体。
簡単に防がれないように剣の軌道を増やすのではなく、防がざるを得ないほどに鋭く洗練させる。そして防がれることで出来る隙を、魔導術式でこじ開ける。
例えるならば、チェスや将棋における定石。
自身の動きを型に押し込め、相手の行動を限定し、そこからの流れを探求する。
フレデリカの剣魔一体は、枷をはめた剣聖の片腕を奪うほどの高みにある。
「ぁ、かっぁ……」
「マクロ〇一、スタンボルト」
また、当然のこととして。
一足一刀が通った時の流れも存在する。
今、行われたのは、暴徒鎮圧用の術式。かみ砕いて言えばがスタンガンだ。
「もったいないわ。驕りを捨てて真面目に取り組めば、わたしなんて歯牙にも――……?」
腹部に熱を覚える。
何かを思い、残心をとったまま視線を腹部に移動すると、自身の腹部に剣が深々と刺さっていた。
「……は? え、あ……ああ、油断した」
フレデリカは知らないことだが、男の流派は身体操作を術式で制御する。
魔導術式が起動すれば、例え意識を失っていても十全に動く。男には無理だが、極めれば生身では不可能な速度と精密さで動くことが出来るのだ。
「……ふひ、ふひは、ひひゃははははははは! 斬った、斬ったぞ、ふひゃはははははは!!」
狂ったように声を上げる。
大の男を失神させるほどの電流を受けたはずなのに、男の目はランランと見開いている。
「……そうね、斬られたわね。よりにもよって腹を斬るなんて。治療しないと死ぬだろうけど――だから、なに? この状況でも、まだわたしの方が有利よ」
痛みを抑える術式を起動する。
また、一〇〇発の光弾は射出を待って宙に浮かんでいる。
男がフレデリカの腹を斬り裂くよりも早く、制圧することが可能だ。
「有利? 有利かぁ、そうだなぁ。認めてぇやるよ。こうして斬ってなきゃぁ、お前に負けてたかもしれねぇなぁ。でぇもぉ、勝ぁつのは、俺だぁぁぁあああ――!!」
痛みに耐えながら、男の支離滅裂さに顔をしかめる。
柄を握る手に力が入ると同時に集中させた意識が、突如として解けた。
「……あ、ぅああ、ぁああ……」
フレデリカは、見逃していた。
男にある呪詛がどのような性質のモノかを、深く考えなかった。
「ぁ、ああぁ、ぁぁぁああああ……!!」
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