一方その頃
日が傾き、夕食の準備をする家庭が増える頃。
フレデリカを含む三人は、魔導センターを出て帰路についていた。
「だー、勝てない! なんで勝てないんですかねえ、ねえ!!」
「あのね、一ヶ月も経たないのに強くなるわけないでしょう。魔導戦技の参加者なんて、初心者はほとんどいないんだから」
「初心者どころか、プロも珍しくないですよね……はあ。香織ちゃんに勝てそうな人もちらほらいますし、南雲くんからの課題を達成できるのはいつになるんでしょうか……はあ」
三人は、歩きながら魔導戦技の感想を言い合っていた。
戦術的、戦略的要素は一切ない、ただの感想だ。生産性のある話しは魔導センターの中で語り尽くしているので、溜まりにたまった感情を吐き出している。
「二人なら、夏休みまでにはクリアするわよ。問題はわたしの方ね。逃げ回ればいけるんだけど、兄貴が課題出した意味なくなるし、なにより性に合わないわ。何も考えずに火界咒をブッパして焼き払いたくなるのよね、やんないけど」
「やんないんですか? 修行にならないから、とかですか?」
「いや、ヘイト集めるから。前に兄貴が囲まれたでしょ? アレされる可能性高くなるのよね。集まった連中は火界咒の対策するから、気持ちよく焼き払えないし。時間かかっても、剣を主体にする方が勝率高いのよね」
「……うう、私がやられるパターンの一つです。呪力が多いってだけで囲まれて……」
「ライカ先輩の呪力はスゴいですからね。囲みたくなる気持ちも分かります」
戦闘に関して、ライカは呪力があるだけの素人だ。
囲まれたら終わりなので、いかに囲まれずに生き延びるかがライカに与えられた課題なのだ。
「まあ、群衆に紛れるのは平穏な社会生活を送るには必要な技術よ。そこを怠ると、魔導師じゃなくても社会からはじき出されちゃうんだから」
「魔導師じゃなくてもって、もしかして南雲くんのことを念頭に置いてますか?」
「え、パイセンですか? そりゃ枯れてますしズレてるとは思いますけど、普通の範疇じゃ」
「そうね。わたしにとって一番身近な例は、兄貴だから。剣士としての生き方も、魔導師としての生き方も、全部兄貴から教わったわ」
成美には信じられない話だが、ライカには腑に落ちる話だった。
「……パイセンって、矯正しないと社会からはじき出される人なんですか?」
「剣聖に至る人間ってのは、例外なくソウよ。そもそも、ちょっと考えれば気付けるわよ。魔導が使えないのに魔導師を斬り殺せるとか、おもちゃで精霊の影を斬るとか、人間業じゃないでしょう。飛頭蛮とか妖怪呼ばわりもされてたけど、正しすぎる評価よ。兄貴の内側にある衝動は、魔導災害レベルの呪詛に匹敵するのよ」
魔導の才はあっても、民間人でしかない成美にはピンと来ない。
異界になりかけた魔導災害を目の当たりにもしたが、そんなものを人が抱えられるとは思えなかった。
「まあ、兄貴のことは気にしなくていいわ。剣聖なんて化け物、よっぽどのヤクザ家業じゃないと関わらないしね。気にした方が良いのは――あそこにいるような人斬りよ」
二人よりも前に出たフレデリカは、手を伸ばして道を塞いだ。
緊張した面持ちの先には、日本刀を手にした男がいる。
「未成年の女子相手に殺気を飛ばすなんて、常識がないのかしら? 親と師匠の顔が見てみたいモノね」
「……ひひ、なんだぁ、その他人行儀。俺のことなぁ、ら。知ってるだぁろう?」
成美とライカは、堪らずに後ずさりをした。
男はあまりにもズレていた。隠すことなく日本刀を手にしているだけではない。上手く回らない呂律、熱に浮かされた吐息、焦点の合わない虚ろな瞳孔。それら全てが、日常から大きくズレていた。
「いや、知らないわよ。頭の悪いDQNならクラスに何人かいるけど、あんたよりマシだし。アイツら以下の知り合いも、心当たりないのよね……」
「ああっ!? んだぁよ、お高く止まりやがって。剣聖の弟子ぃってだけで、調子乗りやがって。手前は俺に負けるような弱者だろうが! 自分を負かしたヤツを覚えられないバカだろうがよ!!」
「とりあえず、理性が蒸発してるのは分かったわ。でもわたし、ちょっしゅう負けてるから。要因分析はするけど、負かした相手のことまで覚えないわよ。記憶容量の無駄遣いだし。――そもそも、勝ち負けなんて水物よ。要因分析以外で覚える価値なんてないし、覚えてるとしたら無駄な執着。つまり負かした相手を覚えてるのはね、女々しくてネチっこいヤツって証明よ」
論理を飛躍させた罵倒は、ズレた男を真っ赤にさせた。
「おぉれが、俺が、女々しって――!?」
「女々しいわよ。女々しいって言われてムキになるところが、特に女々しいわね。きっとご両親もお師匠様も嘆いてるでしょう。ああ、なんて女々しい男なんだ。生きる価値もない愚鈍なクズ。とっとと剣を折ってどっかで野垂れ死んでしまえってね」
息をするように流れ出る罵倒は、男をさらに興奮させる。
憤死せんばかりに息を荒くするが、剣の柄だけは掴まない。
「……ふ、ひひ、……いぃや、この女は俺に負けた負け犬だ。吠えて優越感に浸りたいだけだ。だから、だぁから、だぁかぁらぁ、気にぃするなぁ、おぉれ」
必至に憤怒を押さえる男。
だが、理性的であろうとしたのではない。勝者はあくまでも自分だと、自分自身に証明するためだけに、男は外れそうになる箍を必至で守っているのだ。
「フ、フーカ先輩。なんですか、あの人……怖いです」
「魔に呑まれた魔導師、ってヤツだと思うわ。前に一度、兄貴の仕事を見学したときに見たのに似てるから。まあ、アレと違って理性は残ってたけど……話の通じなさは同じね」
魔に呑まれるとは、人の道から外れたことを指す。
例えば、実験のために法を犯したり、魔導術式の制御に失敗し知性が消失したり、または快楽のために魔導で人を殺したり。
剣聖としての悠太の仕事は、そんな魔に呑まれた魔導師の対処である。
「……あの人を斬るんですか、フーカちゃん?」
「殺すつもりはないわよ……というか、多分殺せないわ。本気の殺し合いは、初めてだから」
声の震えは理性で押し殺している。
魔導戦技で使用しているデバイスを握る手には汗一つない。
だが、二人を安心させるために浮かべた強ばった笑みが、フレデリカの言葉が正しいのだと二人に伝えていた。
「初めてって……だ、大丈夫なんですか!? だってあの人――」
「殺しに躊躇しないでしょうね。大丈夫かは、やってみなきゃ分かんないわ。兄貴はああ見えて過保護だから、実践の空気は教えてくれたけど……」
眼差しが不安で陰る。
人殺しに対する忌避感はとても大きい。
殺さねば死ぬ戦場でも、銃弾を一発も消費していない死体が珍しくない。生きるか死ぬかの過酷な状況であっても、引き金を引けない人間は多いのだ。
「……あの時は、足が竦んだわ。呼吸の方法も忘れて、指一本動かなかった。恥ずかしいにもほどがあるけど、それがあるから今動けるのよね。二人も今日の経験は忘れない方が良いわ。逃げるのに役立つから」
「今、逃げろってことなの? ヴォルケーノが暴走しないように?」
「最後まで見ててってことですよ、暴走させないように。逃げたら無駄にアレを刺激しそうですし、わたしは居てくれた方が嬉しいです。覚悟を後押ししてくれそうですから」
三度、深い深呼吸をする。
陰りを理性で打ち払った。
「……あの人を、殺す覚悟のこと?」
「いいえ。わたしもアレも含めて、殺さずに終わらせる覚悟です」
殺せないなら、殺さないで勝てば良い。
人殺しを忌避する自分が、どうずれば戦場で生き残れるのか? その問いに対して、フレデリカはそう答えを出したのだった。
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