弟子の見舞う剣聖
フレデリカが運ばれたのは、天乃宮系列の病院だった。
悠太達が到着した時は夜間診療のみをしている時間で、正面のフロアは閉まっている。そのため、裏口へと向かうと、苛立つ成美と不安げなライカが待っていた。
「パイセン、遅いです! 何やってたんですか!」
「……な、南雲くん! フーカちゃ、……が、フーカちゃんが……!」
「あー、はい、聞いてますよ……だから、落ち着いてください」
悠太は二人をなだめようとするが、どこかぞんざいである。
従兄妹であり、弟子であるフレデリカを心配する二人に対しての態度。冷徹と言われかねないが、仕方の無い面もある。電話を通して成美とライカの話を、車内で延々と聞かされ続けたのだから。
「ちょ、ちょ――っ! 何ですかその態度!? あんたの血は何色なんですかねえ!」
「そ……そうですよ! フーカちゃんのこと、心配じゃないんですか!?」
「や、心配はしてますよ。でも、ここで騒いだって何にも変わりません。――あと、もう夜です。単純に近所迷惑なんで、通報される前に落ち着いてください、本当に」
疲労以外はいつもと変わらない悠太の説得は、二人をヒートアップさせた。
唯一の大人である内海は楽しそうに傍観するだけで何もしない。このままでは病院に入ることすら出来ないと、真門がライカに声をかけた。
「そこまでです、ライカさん。それ以上感情的になると、ヴォルケーノが騒ぎますよ」
「――っ! う、……うぅ……うん。そうだよね。ヴォルケーノは、マズいものね」
「はい、そうです。あと、悠太先輩の言ってることは間違っていません。今、僕たちがすべきことは、悠太先輩の従兄妹さんのお見舞いです。ここで感情的になってても、何も進展しませんよ」
真門の実家である隈護家は、天乃宮の分家だ。
現在は天乃宮香織と同じ家に住んでおり、その関係でライカとも面識がある。彼女を冷静にするのに何が有効なのかは、とうに把握していた。
「……で、でもね、真門くん。私たち、フーカちゃんの親族じゃないから入れなくて……」
「そうですそうです! 入れるならこんな暗い外なんかじゃなくて、暗い室内にいますよ! というか、誰です? 急に出しゃばってきて!」
「天乃宮の関係者で、隈護真門と言います。ちょっと待っててくださいね」
真門はそう言うと、裏口から院内に入っていく。
そして数分後には戻ってきて、全員に向かって手招きした。
「話は付けました。親族以外もオーケーですから、入ってください」
「え、ええ……、あんなに融通が利かなかったのに、一体何者!?」
「天乃宮家の関係者ってだけです。あ、院内は静かにお願いしますね。入院している方もいらっしゃいますから。騒がしくしたら、容赦なく追い出しますから」
「ア、ハイ……本気だ、あの目」
ただならぬ気配を感じたらしく、成美は静かになった。
「先に、南雲先輩の現状についてお伝えしますね」
「なんで真門くんが、フーカちゃんの現状を知っているの?」
「夜間受付で情報を戴きました」
真門は胸ポケットに入れていたスマホを手にしている。
「まず、南雲先輩の意識は回復しています。四〇分ほど前にナースコールが押されて、今は売店にあったおにぎりなどを食べていますから、心配は不要です」
「それは良かった」
悠太の剣呑とした気配が少し和らいだ。
真門はホッと一息ついたが、画面に映った次の情報で顔が強ばった。
「……怪我についてですが、魔導術式で塞いでいるので今は問題はありません。応急処置の悠太先輩よりも安全ですね。ただ、消化器官を負傷したようですので、仮に傷が開いたら食事制限を付けることになるので、激しい運動は控えてください」
「そうか、消化器か。なら、しばらくは部活を休ませないと」
フレデリカの情報を聞いても、悠太の精神に波風が立った様子はない。
意識不明で病院に運ばれたと聞いたとき、関係者を斬り殺そうとした人間とは思えない反応である。
「おにぎり……そういや、何にも食べてなかったですね。ライカ先輩はどうです?」
「……結構、空いてますね。でも、夜遅いですからね。今から食べると……太りそうです」
「太っ!? ……なんて、イヤな言葉。でも、寝れないくらいお腹が空いてて、パイセンどうすれば!?」
「しらたきとキノコでも食ってろ後輩」
どちらもカロリーの低い、ダイエットに向いている食材である。
「今気付いたんですが、二人ともご両親に連絡をしてますか? えっと、後輩さんの方は知りませんが、ライカさんの方はご両親に溺愛されてますから……」
「……っ! し、してませんでした……!」
ライカは慌ててスマホをいじり始める。
だが、院内だと思い出していそいそと仕舞って、よりアワアワと焦ってしまう。
「えっと、僕から連絡しておきますね」
「あ、ありがとうございます……」
「はー、ライカ先輩の親御さんは厳格なんですね。あたしの親は放任主義なので新鮮です。あ、あたしは後輩さんじゃなくて、紀ノ咲成美です。好きに呼んでくださいね。あと、親には遅くなると連絡済みですので」
涙目で礼を言うライカと違い、成美は連絡済みであったらしい。
保護者への不安がなくなったころ、フレデリカが運ばれた個室に到着した。
「フー、生きてるか?」
「生きてるわよ。兄貴の方も平気? なんか襲撃されたって聞いたけど?」
「襲撃犯に奥伝がいてな。腕をちょっと斬られたが、他は問題ない。内海さんに応急処置をしてもらったからな。お前の方はどうだ?」
「激しい運動一切禁止だって。食事制限ないのは嬉しいし、明日には退院できるけど、剣を振れないのはストレスね。仏像も彫っちゃダメって言われたから、ゴールデンウィークは魔導二種の勉強かな」
腕を斬られた者と、腹を斬られた者とは思えない会話内容である。
魔導を併用した現代医療は、生きているならだいたい治るレベルにある。四肢が切り落とされた程度であれば、翌日退院も珍しくない。
だが、心身へのダメージは魔導では治せないので、すぐに日常に戻せる人は少数派である。
「反省点は分かっているのか?」
「剣技と魔導の合わせ技には、不具合無かったわ。でも、精神的な呪詛って受けるとキッツイって分かったわ。精神防壁系の術式を常時展開するくらいしか対策が思いつかないわね。――兄貴はどうだったの? 斬られたってことは、同じ系の呪詛を受けたんでしょ?」
「ああ、それね。まったく影響受けなかったから、分からん」
悠太の回答は、フレデリカを呆れ顔にした。
「そっか、兄貴って狂ってるものね。人を斬りたくなる呪詛なんて、常時セルフでかけてる兄貴には意味ないわよね。ひくわー、マジひくわー」
「人を人外のように見るな。いや、人を斬りたくなる呪詛なら、受けても変わらないだろうけど……。だが、明鏡止水の域に至った武人なら、精神系のアレコレに耐性ができるぞ。防壁と合わせれば古種の呪詛にも対抗できると思うが、どうする? 習得したいなら年単位でスケジュールを組むぞ」
「んー、ちょっと時間ちょうだい。戦略的にビルド考えたいから」
悠太のようになるのは怖いが、武人として明鏡止水の域には興味がある。
マンガや小説では奥義の一つなので、憧れ的なものを感じているのだ。
「分かった。ただ、付け加えておくと、観の目と合わせると視野が広がるぞ。俺が空の目に至るためにも、必須の技工だと言っておく」
「……うわー、兄貴の目と同じって言われると、習得する気が失せるわー。兄貴みたいな化け物になる気なんて一切ないし。でも、視野が広がるのは…………やっぱり時間ちょうだい。本気で悩む」
「時間制限は設けないから、好きなだけ悩め。――さて、そろそろ聞かせてくれるか。何があった? というか、どんな相手だった?」
「ああ、忘れてた。というか珍しいわね。わたしを襲った相手について聞くなんて。まあ、いいけど。今日の魔導戦技が終わった帰り道で――」
フレデリカは、自身が入院するまでの経緯を語り出した。
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