最弱の剣
魔導災害。
フェーズⅠ~フェーズⅤまで存在するそれは、魔導師の存在理由でもある。
(先輩が、研究室なんて名目で隔離されてたのは、コレか)
フェーズⅠは、場が霊的に不安定になった状態。
フェーズⅡになると、制御されない魔導現象や、霊体が発生する。具体的には、鬼火や怨霊などの出現。
フェーズⅢでは、その現象が実体を得る。霊体であれば仮初めの肉体を得て魔獣となり、鬼火などの現象であれば異常な法則が支配する異界に。
この法則に当てはめるなら、炎の巨人はフェーズⅡとなるのだが……。
(精霊……不安定な影でこの熱量とは、恐れ入った。下手なフェーズⅣよりも厄介そうだ)
金属の融点を超え、沸点に届くほどの熱量は、フェーズⅡであってはならないもの。
研究室が部屋の形を保っているのは、高度な魔導結界が部屋全体に敷かれているためだ。
「二人とも……今すぐ、逃げて……」
「な、何言ってるんです!? ライカ先輩も一緒に――」
「不用意に手を出すな、後輩」
ライカに伸ばされた手を、悠太は乱暴に止める。
「邪魔しないでください!」
「落ち着け。先輩に触れた瞬間に、敵認定されるぞ」
力尽くで引き剥がすと、炎の巨人は動きを止める。
一秒でも遅れれば、ライカ以外の全てを炭へと変えただろう。
「じゃあ、じゃあ――ライカ先輩を見捨てろって言うんですかっ!?」
「お前が死んだら、牧野先輩は傷付くぞ」
感情は「それがどうした!」と叫ぶが、理性は悠太が正しいと押しとどめる。
唇をゆがめ俯きながら、成美は小さくつぶやいた。
「…………パイセンも、逃げるんですよね?」
「さすがにな――」
柄を握り直し、振り返る。
「――アレは斬らなきゃ不味いだろう」
数瞬、悠太が何を言ったのか理解できなかった。
理解して、顔を上げて叫んだ。
「斬るって……それはおもちゃで、武器じゃないんですよ!!」
「見た目より脆そうってことは分かってる」
「分かってません! 競技で使う武器って言いましたけど、ほとんどスクラップなんです! 術式だって、参加の最低条件を満たせたら光るってだけで――」
「だから、分かってる」
悠太の目には、何の熱もなかった。
斬るという行動も、必要なことだから行っているだけ。
成美は、悠太に向かって「枯れている」と言ったことを思い出した。そして「まぶしい」と言われたことも。
(……やっぱり、この人が嫌いだ)
成美が好むのは、真夏の太陽のごとき輝きだ。
対して悠太の目にあるのは、真冬の雪景色のごとき静寂。
足跡を残すことさえ躊躇うほどに完成されているソレを前にして、
「……すぅ、ふぅ……――ライカ先輩を少しでも傷付けたら、あたしが地獄に送りますからね」
成美は気にせずに警告をした。
悠太の目に感情が少し戻り、口端が上がる。
「それは怖いな。仕方ないから、一撃で終わらせるか」
「ついでに、そのおもちゃを壊したら殴りますからね」
「分かった。そっちは覚悟しとく」
悠太から熱が失せ、金属棒を一振り。
特に構えもせず、胸を押さえるライカの後ろで立ち止まった。
「……なんで、戻って」
「アレを放っといたら被害が大きいからですよ」
足を前に動かそうとすると、巨人は熱量を上げる。
後ろや横に動かそうとすれば、巨人は熱量を下げた。
「やっぱり、あの精霊は先輩のでしたか。名前はあるんですか?」
「……ヴォル、ケーノ」
「見た目通りの勇ましさですね。良い名前です」
小刻みに動きながら、巨人――ヴォルケーノを刺激しないルートを模索する。
「そして、良い子ですね。影のくせに先輩を守ろうと必死で、子犬っぽい」
「あ……の、子は……」
「ただの感想です。戦力差を見誤るほど耄碌してません」
ライカの真横に立つ頃には、ヴォルケーノの行動原理は把握した。
後は、攻撃されないギリギリまで近づくだけ。
「でも、良い子なのは本当です。ヴォルケーノは、先輩を守ろうとしてるだけなんですから」
ヴォルケーノの反応は、全てライカが基準となっていた。
さらに出現前の状況から、悠太はそう結論づけた。
「……だと、しても。制御できなきゃ、……意味が」
「制御しようって意識じゃ、一生無理ですよ」
「え……?」
顔を上げたライカの目に、悠太の背中が映る。
「精霊だって霊長類なんですよ。先輩を守ろうって確かな意思があるなら、一方的に縛るなんて無理です。人間と同じように、でも神を敬うように――まあ、師匠からの受け売りですけど」
霊長一類・精霊種。
日本では古くから神と同一視される存在。
本体でなく影であるが、ヴォルケーノの熱量も神と呼ぶに相応しいもの。
悠太は神から目をそらすことなく、金属棒を正眼に構える。
「ヴォルケーノ、お前も同罪だからな。暴れる以外の方法で意思疎通をしろ。じゃなきゃ――」
悠太の放つ敵意にヴォルケーノは反応し、
「――先輩が、俺みたいのに狩られるぞ」
動く前に、ヴォルケーノの身体は崩れ落ちた。
悠太の身体は残心を取り、手の中の金属棒は熱に耐えられず一部が溶解していた。
「……ふう、なんとかなって良かった」
どすん、と床に腰を下ろし、そのまま仰向けになる。
「体調は大丈夫ですか、先輩?」
「う、うん……大丈夫、だけど……何したの?」
「見ての通り、斬っただけですよ」
武仙流「心」の理・奥伝――祓魔剣。
ライカと成美は知らない、武の深奥である。
「斬っただけって、んなわけないでしょうが!」
ごちん、という鈍い音が悠太の頭に響く。
「何をする、後輩。ちょっと痛いぞ」
「何をするはこっちのセリフです、何壊してるんですか!? 競技用のデバイスソレしかないんですよ! 次の人見付けられないじゃないですか!?」
「これしかないって……出場できないだろうが」
呆れ顔で頭をさする悠太。
「――まあ、デバイスはいいです。どうせジャンク品ですから。一回叩いたのでチャラにしてあげます」
「わあ、まったく嬉しくねえ」
「それよりも、どうやって斬ったんですか? パイセンの呪力じゃ魔導術式なんて使えないはずですよね?」
「影の核と、先輩との繋がりを同時に斬っただけだ」
「だから、どうやって?」
「………………こう、感覚で?」
「感覚で斬れてたまるかぁ! 天才か!?」
「バカ言うな後輩、呪力がない時点で凡才以下の非才だ! 武芸者に必須の重身や軽功、まったく使えないんだぞ!!」
「……え、マ? あたしやライカ先輩でも使えますよ、ソレ?」
悠太の目に、暗い熱がこもる。
身体強化の術式が全く使用できないコンプレックスを刺激されたためだ。
「あ、やばっ……ラ、ライカ先輩! 立てますか? 立てないなら美少女後輩のなるみんが手を貸しますよというか貸させてくださいお願いします!」
「う、うん……ありがとう?」
心臓を抑えていた右手を伸ばすライカ。
悠太もライカと同じタイミングで、身体を起こした。
「――時に先輩、どうでしたか?」
「どうって、何の話です?」
「俺の腕の話です。師匠からは非才だの最弱だの評される剣ですが、いります?」
ぱちくり、瞬きする。
ライカの答えは、昨日から変わっていない。
「いります! ……でも、いいんですか?」
「放っとくと死にそうなんで。せめて、先輩の卒業までは付き合ってもいいかなっと」
「うぐぅ、否定できません……」
悠太は、精霊ヴォルケーノの熱で死ぬとは思っていない。
ただ、制御に失敗し周囲に多大な被害を出した結果、魔導災害として処理されそうだと思っただけだ。
「ちょっとパイセン、何先輩を泣かしてるんですか!? ぶっ殺しますよ!!」
「殺されようが言わなきゃいかんことがある」
「何カッコ付けてんですか、パイセンの癖に生意気です!」
殴りかかる成美を、悠太は最小限の動きで躱し、成美はより感情的になる。
ライカは二人を止めるにはどうすればいいか分からずに、オロオロするばかり。
そんな三人の様子を、監視カメラのレンズだけが無機質に見守っていた。
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