スマホからの知らせ
剣豪に斬られた傷は、決して浅いものではなかった。
「痛、っっ……。内海さん、治療……」
「わぁってるって、まずは服脱げ」
「……傷を庇いながらだと脱ぎにくいのに」
二の腕の斬り傷は、骨にまで達している。
悠太の一撃がわずかにでも遅ければ、左腕は落ちていただろう。
「さーっすが、達人だね。剣聖相手にここまでの深手を」
「最弱でも剣聖だからな、意地で勝った。……あとは、呪詛に侵されていて、実力が発揮できなかったのも大きい。軽い挑発に乗っかってきたし」
「ああ、そうだった。呪詛は平気なのか? 綿霧は斬って発動する強力な呪詛だぞ」
「別に? 軽く瞑想してみたが、いつも通りですよ?」
自分を殺すと公言していた呪詛だ。
発動条件を満たしたそれを、完全に無視するほど枯れてはいない。
だが、悠太の精神には微塵の揺らぎもなかった。
「普通ならやせ我慢とか、乗っ取られたことを考えなきゃならん回答だが、悠坊だもんな。剣聖なんて誰も彼も狂ってるって思えば、当然か」
「やかましい……っつ、です。そりゃ、自覚くらいありますけど……言い方がありませんか?」
「あの人数相手に一人でケンカ売って、達人相手に一人で斬り合うなんざ、狂ってなきゃできねえよ。手があるのに使わねえのもな」
はたと思い至る。
内海に手を借りれば無傷で勝てたことに。
「……自分の未熟がイヤになります」
「未熟だって自覚があるなら大丈夫だよ、お前はまだ若いんだ。――よし、応急処置終わり」
血で汚れた服を着る。
濡れて気持ち悪いが、他に着るものがないので仕方ない。
「……んー、動かしにくい」
「応急処置だっつってんだろう、神経と血管を魔導で無理矢理繋いだだけだ。明日にでも病院に行けよ」
「やっぱり、そうですか……フーになんて言われるか」
億劫そうに息を吐く。
弟子に説教される師匠という絵図もそうだが、フレデリカは弟子以前に悠太の従兄妹。血の繋がった身内として説教されるのは、さすがの悠太も堪えるようだ。
「いいじゃねえか、言われるうちが華ってもんだ――」
――PiPiPi、PiPiPi、PiPiPi
「あ、僕です。すいません……」
スマホの着信音に反応した悠太と内海は、音源に向かって殺気を飛ばした。
真門はビクリとするも、電話に出ることを優先する。
「何、急に? 緊急時でもないと電話にしないよね? ……もしかして、あ、違う? じゃあ、…………それ、僕が伝えるの? …………うん、うん……分かった」
耳にスマホを当てたまま、真門は悠太に近付いた。
「悠太先輩、伝言がありますが……落ち着いてください」
「なんだ、急に? 割と怖いんだが」
「南雲フレデリカさんが、意識不明で病院に運ばれ……ま、した」
真門の息が詰まる。
悠太が発するナニカに身を震わせたのだ。
「何があった?」
「じっ……呪詛と共に自身を焼いたことが……要因と、予想されるそうです」
「呪詛を焼く? ……ああ、火界咒か。破邪顕正の炎なら問題なく焼けるだろうが……なんで、自分ごと焼くような自体になったんだ?」
発せられるナニカは、怒りに似ていた。
真門には向けられていないのに、手の汗と震えが止まらなかった。
「…………詳細は、まだ。ですが、斬られて呪詛を流されたようで……」
一時的に呼吸が止まる。
悠太の表情は能面のように無くなり、警棒を仕舞った。
「斬られて呪詛。内海さん、俺には心当たりがあるんですが、どう思います? 具体的には、ちょうど襲ってきた相手なんですが」
「嬢ちゃんはお前の身内だからな。可能性は高いと思うぜ」
「そうですか、そうですよね……」
悠太は考えるように目を瞑る。
時間と共に怒りは小さくなり、完全に収まると目が開いた。
「真門くん、その剣を貸してくれるかな」
「……何に、使用するつもりですか?」
「もちろん、彼らを斬るためだよ」
彼らとは、悠太を襲った二三人の剣士達。
全員気絶しているため、斬ること自体は容易いだろうが、真門は頬を強ばらせた。
「な、何を言ってるんですか? 渡しませんよ、そんな理由では」
「警察としても許容できねえな。というか、さすがに逮捕して裁判送りにするぞ」
内海は刑事として悠太に苦言を呈する。
悠太は一〇秒ほど目を閉じるが、真門に伸ばした手はそのままだった。
「なら、二度と剣が握れない程度に抑えよう。内海さんもその程度なら、交戦の結果で処理できますよね」
「……できるが、本気か? というか、やけにこだわるな」
「当然です。俺だけならまだしも、フーに手を出されたんですよ。弟子の敵を取れない剣聖という評判が流れたら、今日以上の襲撃を受けます。俺がそんなことを許すと思いますか?」
悠太の懸念は正しい。
武人の多くは荒くれ者だ。戦闘力の高さが地位の高さに直結するという業界で、剣聖の中でも最弱に位置する悠太は手頃な獲物扱いされている。
今、悠太の周囲が平穏なのは、彼が剣聖としての実力を示したから。
ここで弱気な態度を見せてしまえば、これまでの苦労が水の泡になりかねない。
「……え、それ言うの? 言わなきゃダメなの? ホントに?」
耳に当てたスマホに向かって、真門は何やら言い合っている。
言い合うというよりは、指示を受けているが近いが。
「……悠太先輩。天乃宮家から提案があります」
「提案とは、どんなものだ?」
「悠太先輩が敵を取り、彼らは斬られることはなく、内海さんは面倒な魔導災害の脅威度を減らせるという、まさに三方良しの提案です。……ねえ、ホントにあるの、そんな都合の良い方法が。……ある、そう……」
提案したはずの真門が一番疑っている。
彼の提案ではなく、スマホの向こう側に某かからの提案のようだ。
「それで、どうします? 僕もうさんくさい提案だと思いますが、嘘ではないですよ」
「……そうだな。天乃宮家からの提案であれば受ける価値はあるが――対価はなんだ」
「んー……っと、悠太先輩が安定すること自体が報酬です」
対価がない、と言ったに等しい。
さすがの悠太も怪訝そうに眉をひそめた。
「説明が欲しいんだが?」
「悠太先輩ならご存じかも知れませんが、今の天魔付属は火薬庫です。主に天乃宮本家が原因なんですが、割とギリギリのバランスでして。少し前ですが、香織ちゃんが人を殺しかけるくらい……危なくて。悠太先輩まで不安定になると、今度はライカさんがどうなるか……」
「それは……否定しきれないな」
ライカにはヴォルケーノがあり、香織には呪詛がある。
悠太はどちらも目にしている。
特にヴォルケーノは影を斬っているので、下手に好戦的になっていれば衝突する可能性が高くなる。
「……分かった。まずは話を聞こう」
「ありがとうございます。ただ、まずは車に戻りませんか。この惨状の中で話をするのはちょっと……」
「俺は別に気にならないが、真門くんは気になるならそうしよう。フーのことも気になるし。――ああ、そうだった。どこの病院に運ばれた分かるか?」
「ちょっと待ってください……どうなの、分かる? そう、分かるのね、やっぱり……はい、分かりました。魔導戦技部の方々もいるようです」
「そういえば、今日は魔導戦技に参加してたな。まさかとは思うが、まとめて襲われたのか?」
「済みません。詳しい話は現地で聞きましょう…………どうせ知ってるんだろうけど」
真門の呟きは小さく、悠太達には聞こえなかった。
その後は、内海が警察に連絡をして剣士達の処遇を任せた後、三人は車に乗り込んだ。
「おう、悠坊。なんだその顔は?」
「いえ、後輩から鬼のように通知が来てまして……はあ、面倒な。内海さん、電話してもいいですか?」
「いいぞ。ただし、騒ぐなよ」
「後輩が騒がないなら、ですね」
通話アプリを起動すると同時に、車は動き出した。
悠太はスマホから耳を遠ざけ、スピーカーを指で押さえる。それでも音が漏れるほどの声に耐えながら、悠太は根気よく話を聞くのだった。
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