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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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交渉(脅迫)

「けど、信用せんことには、話は進まんよな。やから、聞き方を変えるわ。別件、あるんやろう?」


「ありますよ、当然。本題も一段落したので、入りましょうか」


 杉浦のうさんくさい顔に、いらだちが浮かぶ。

 別件が本題だろうと指摘しても無駄だから、何も言わないが。


「うちの部活の顧問をしてください」


「何の部活や?」


「魔導戦技部です。魔導戦技はご存じですか?」


「天乃宮家が主導でやっとる研究やったな。結界と電子技術の合わせ技で、限りなく現実に近い仮想世界を作り出すってやつ。確か、研究費用とか賛同者を集める一環で、解放しとるサービスやろ。スポンサーがいない個人には費用が重かった気がするけど」


 魔導戦技は新しく始まった魔導競技で、知らない人の方が多数だ。

 そんな中、最新技術が解放されている理由を知っている。それを話したことが、悠太は意外だった。


「とぼけたり、しないんですね」


「正直、君の相手するの疲れるんや。やからさっさと終わらせるわ。――断る」


「そんなに嫌わないでください。ちゃんとメリットがあるんですから」


 教師に嫌われたというのに、悠太は全く気にしない。

 それどころか、断られたというのに交渉に入る始末。


「まず、監視対象の近くが部室になります。別館の研究室が部室ですから」


「いや、断るて言うたよ。というか、監視しとるなんて一言も肯定してへんで」


「そんなの、状況証拠で充分です。別に告発とか考えてないですし、そもそも逮捕されるような案件ではないでしょう? 利がないなら断れば良い。今すぐに席を立ってくれて構いませんよ」


 にっこりと、優しい笑みを浮かべる悠太。

 杉浦も負けじと、同じくらい優しい笑みを返した。


「今すぐに席を立ったら、南雲くんはどうするん?」


「真面目に進路相談をしていたら、頭がイカレてるとか言って勝手に中断されました。話を聞いてもらおうと説得も試みましたら、取り付く島もなく――と、事実を語るだけですよ。学年主任とか、PTAとか、校長や教頭、教育委員会あたりもいいかもしれませんね」


「事実しか言わんところに、性格の悪さが出とるな」


「魔導師の相手をするには必須ですからね、性格の悪さ」


 偏見である。

 魔導師は、魔導が使えるだけの人間。つまり人間は全て性格が悪いと言っているに等しいのだが、杉浦は当然のように受け入れた。


「しゃあないな。好きなだけ説得してくれて構わんよ。その代わり」


「分かってます。あくまでも別件ですからね。進路相談にちゃんと乗ってくれた先生を悪く言う必要なんて、本来はないんですから」


「やっぱ信用できんな。でも、信用せんと進まんから、信用したるわ」


 うさんくささと同じくらい、杉浦の性格も悪いようだ。


「で、監視対象言うとったけど、具体的には誰のことや?」


「天乃宮香織。俺でも感じるほどの呪詛、監視対象にならない訳がないと思いますが?」


「なるほど、天乃宮の呪鬼は確かに、国家が対処するレベルの呪詛やけど、残念やったな。天乃宮を名乗る人間の管理下に入っているなら、基本は無視や」


「関わる方がデメリット高いタイプですか。納得しか出来ませんね」


 生徒会長、天乃宮香織は、剣聖としての悠太が最大級の警戒を払う相手。

 魔導師としてはもちろん、戦士としても超一流の本物である。


「期待が外れて残念やったね」


「いえいえい、あわよくば程度で対して期待してませんよ。天乃宮は超一流ですから。危険なのはむしろ、牧野先輩でしょう。研究室に隔離されるくらいですし」


 これが本命の交渉材料。

 宿主の危機に勝手に出てくる精霊など、魔導災害認定されてもおかしくない。一度、精霊の影が出現したときなど、悠太が斬らなければ別館が吹き飛んでもおかしくなかったのだ。


「やっぱ知っとったんやな。牧野くんが危険やって」


「目を離したら死にそうなほどなら、イヤでも気付きます。――ただ、隔離施策は上手くいっていたのではないですか? 先輩から接触されなかったら、今でも気付いてなかったと思いますよ。天乃宮並に危険で、魔導災害並に不安定な人がいるなんて」


「そのための隔離措置やからな。牧野くんには同情するけど、他の生徒のことを考えるとしゃあないなって」


「否定は、できませんね。魔導災害に落ちた人を斬ったことはありますが、良い気分じゃないですから。そんな気分を味わいたくないなら、どうです。先輩の近くで監視しながら指導しませんか? 例え斬ることになったとしても、手を尽くした方がマシでしょう」


 魔導師でない悠太では、ライカの指導をすることは出来ない。

 剣聖の位階にいる剣士であっても、斬る以外の方法で精霊と関われはしない。

 だが、魔導師であれば違う。魔導の技術を高めることも、精霊と穏当に交流する術を教えることが出来る。悠太が杉浦に提案したのは、そうした道だ。


「悪くないな。剣聖がわざわざ協力を要請するんなら、大義名分としては充分すぎる」


 監視とは、見るに止めるということだ。

 どれだけ危険な状況に陥ろうとも、見守る以上のことは出来ない、してはいけない。

 直接の行動に出るとはすなわち、実力行使。仕留めなければ社会に大きな被害を与えるような、予期せぬイレギュラーが起こった場合などに限られる。

 剣聖からの要請も、広義のイレギュラーだ。


「でも、残念やったな。牧野くん、最近はかなり安定しとるんよ。魔導戦技をやった後は、かなり顕著みたいでな。関係各所から、監視を外しても問題なさそうって評価されとったわ。そんな好転しとる状況で、イレギュラーが参加する意味、ないよな?」


「先生が顧問をしてくれないと、部活という箱が完成しませんよ」


「完成させんでも機能しとるなら、充分や。剣聖の要請を蹴って、不興を買ったとしても、受ける理由にはならんな」


 これは悠太の知らない情報だった。

 監視者ではない悠太では、知ることも知る必要もないことが、彼の説得を瓦解させた。


「……あー、なるほど。今のまま放って置く方が好転すると、中央閥は考えてるんですね。さすが体制側。保守的な人間が多いようで」


「負け犬の遠吠えにしか聞こえんで。他にないなら、ここまでやな」


 悠太にはもう手がないと判断した杉浦は席を立ち――


「やー、見事に完敗しましたよ。ここまでの負けは記憶に少ないので、知り合いに愚痴りたくなりますね」


 ――すぐに席に戻った。


「……ちょい待ち。知り合いって、誰や?」


「そりゃ、業界の人間ですよ。数は多くないですが、地方閥や中央閥に知り合いがいるので。剣聖に勝った人の話なら、きっと酒の肴にしてくれますね」


「ちなみに、なんて話すつもりなんか、聞いてもええか?」


「内海刑事の弟子が教師をしてて、気持ちいくらい完敗しましたって」


 うさんくさい仮面が外れるほど、感情が表に出た。


「やっぱり、内海刑事の関係者でしたか。普通科のうさんくさい教師ってだけで選びましたが、当たるものですね」


「確信なかったんか!? というか、あのクソジジイが情報源か! あのタヌキ、どこまで話したんや!」


「魔導科の先生全員に当たったのに顧問が見つかりませんと言ったら、普通科に当たったのか、と。不確定な情報を流す状況じゃなかったので、あの人の関係者がいるんだろうな、って予想しただけですよ」


「クッソ、こんな頭のイカレたの相手なら、言ったに等しいやないか。何考えとるんや」


 しばらく、内海刑事に対しての罵詈雑言が続く。

 悠太は黙って聞きに徹し、静まるのを見計らう。


「適当だったんですが、本当に弟子なんですか?」


「誰がクソジジイの弟子か。ただの上司や。所属が変わっとるから、元上司やけどな!?」


 譲れない一線なのか、強く反発した。


「でも、俺があの人の弟子って喧伝したら、業界人からはそう見られますよ。それでも良いなら、どうぞお好きに」


「……最後の最後が脅しとか、やっぱ穿った見方しとるな、君」


 にらみ合いは、長くは続かなかった。

 先に息をついたのは、杉浦だ。


「分かった、顧問の話受けるわ。書類出し」


「別件だから、書類なんて持ってませんよ? なので、これから研究室に行きましょう。先輩と後輩がいるので、自己紹介は考えておいてくださいね」


 青筋の代わりに、笑みを浮かべる杉浦。

 大人としての矜持が、無駄な行動を慎ませたのだろう。

お読みいただきありがとうございます。


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