趣味談義
「おおっ! この野菜炒め上手いですね。何か味付けに秘訣があるんですか?」
「味付けはそんなに。出汁をいれてるくらいです。むしろ、油通ししてるのが関係してますね。面倒なので普段はやりませんが、今日は外行き用の見栄でやりました。食感が持つように、浅いスノコも敷いてるので、その辺りも関係してるのでは?」
「油通し、なるほど。確かに普段使いは無理ですね。手間もですけど、貧乏学生には油代も安くないんで。お中元で油を送る意義、一人暮らしして実感しましたよ」
「揚げ物ともなると大量に使う上、処理もあれですよね。小型フライヤーも出てますが、量を作れなくて」
男性陣が料理談義に花を咲かせる中、女性陣は不満げだった。
「パイセン、なんか上機嫌ですね。やっぱり同じ剣士だからですか?」
「もしくは、男の子同士だからかな? 異性だと気を遣うだろうし」
「それは、ありそうですね。ありよりのありです。美少女相手に気恥ずかしさを覚えるだなんて、パイセンはむっつりですね!」
「兄貴は健全な部類だから否定しないけど、違うわよ。単に、趣味の話で盛り上がってるだけだから」
きんぴらゴボウとナスの浅漬け、キュウリのぬか漬けなどを摘まむフレデリカが口を挟む。
成美は眉間の皺を深くした。
「ほ、ほぉ……パイセンの分際で、あたしたちより趣味優先ですか」
「趣味、意外ですね。南雲くんは剣にしか興味がないと思っていたんですが」
「間違ってないですよ。趣味と言っても、兄貴は認めないだろうし」
弱みを見付けたと思ったのか、成美は口角を上げた。
ライカは成美の様子には気付かず、首を傾げる。
「認めない、ですか? 気付いてないってことですか?」
「違いますよ。男なのに料理が趣味とか恥ずかしい! みたいな可愛いことを考えてるに決まってます! いやー、枯れたと思ってたパイセンにも、人間味があったんですね!!」
「……成美ちゃん、意地が悪いよ」
ライカが責めるような視線を向けるが、成美は堪えなかった。
「いえいえ、人間味は大事ですよ。ライカ先輩だって思うところはあるはずです。特に今日のアレとかソレとか。……言いたくないですが、猟奇的というか狂気的というか」
「…………それは、うん」
腕を斬られても殺し続けるとか。
身体が爆裂四散して首だけになったのに人を殺すとか。
いくら死なないといっても、身体を動かしているのは自分自身。殺し殺されの修羅場で同じ事が出来る胆力を持つものが、どれだけいるか。
また、身体能力は現実と変わらない。
その気になれば同じ事が出来るとなれば、恐怖心を覚えるのも無理はない。
「だから言ったじゃないですか……もぐもぐ。あれは妖怪だって……もぐもぐ」
「マキさん。食べながら言っても説得力ない……もぐもぐ」
大学生二人は一心不乱に野菜炒めやロールキャベツをむさぼる。
箸休めとしておにぎりを口にし、またキャベツに箸を伸ばす。
「ところでキャベツばっかりだけど、妖怪はキャベツが主食なの? 栄養価が偏る気が」
「実家からの仕送りがあっただけよ。段ボールいっぱいに、配っても食べてもなくならなくて……やだぁ。もうキャベツなんて、見たくない、食べたくない……」
ガタガタと震えだし、きんぴらゴボウを摘まむ。
よく見れば、フレデリカの皿にはキャベツ料理がのってなかった。
「そういえばパイセン、会長さんにキャベツ渡してましたね。少なくとも、そこから今日まで毎日キャベツ。そりゃこうなりますね」
「笑えない、ね……さすがに。いくら美味しくても、飽きるね」
フレデリカは立ち直るまでに、皿を二度空にした。
「でも、手間かかってるよね、すごく。ロールキャベツはもちろん、お新香や佃煮も手作りっぽいし」
「女子力高いんですよね、人間性はクッソ低いクセに。――で、フーカ先輩。ホントのとこはどうなんです? 趣味と認めない理由が、人間味がある理由とは思えないんですが?」
「優先順位の問題ね、絶対」
持参したお茶のペットボトルを飲みながら、断言した。
「優先順位? 趣味に対する言葉じゃないですね」
「知ってると思うけど、兄貴の行動原理は剣よ。剣を振ることが最上位で、他のことはどうでもいいの。もし振れなくなるなら、日常生活すら捨てるでしょうね」
「うわー、想像通り。けど、捨てないのはなんでです? 学生なんて拘束時間長いじゃないですか」
「剣聖の仕事なんて荒事よ。命がいくらあったって足りないし、兄貴は人斬りにも戦闘にも興味ないの。あと現代社会で日常を捨てたらどうなると思う? 裏社会か、もっと深い場所か、もしくは世捨て人よ。生きるのに精一杯で、逆に剣振る時間がなくなるわ」
武人、魔導師を含め、現代インフラから遠ざかろうとする者は少ない。
それは、生きるための労力が少なくなるからだ。例えば食事。スーパーがなければ全ての食材や調味料は自分で調達しなければいけないず、コンロがなければ火起こしから始めなければならず、調理器具や食器の用意も困難になる。
代わりにカネを稼ぐ必要があるが、生きることは食べるだけではない。
住居、衣服、医療に娯楽。これらを自前で用意する時間を比べれば、労働とは安い対価と言える。
「なら、南雲くんは仕方なく料理してるって事? 外食ばっかりだと、栄養が偏るから」
「ないですね。今日の予定が決まってから、ずっと重箱の中身を考えてたんですから。事前の仕込みとか朝の調理手順とか、全部書き出して問題点の洗い出しまでしたんですよ。メニューもそうです。味の調整するために何度も何度も夕食に出して――」
フレデリカのグチがしばらく続く。
ため込んでいたモノが多かったのだろう。
「ずっとって、ちょっとパイセン! あたしらが顧問探ししてる間、お弁当の中身考えてたんですか!? 薄情にもほどがありませんか!」
「薄情とは何だ。部活設立に必要な準備はそっちでする契約だろう。俺もフーも忙しいんだ」
ぐぬぬ、と言葉に詰まる。
魔導戦技をするのに部活は必須ではない。
また、魔導系競技である魔導戦技部の顧問には、魔導三種以上の資格が必須。持っている教師は魔導科目が多く、普通科の悠太には接点がない。
必然的に、ライカと成美が探すことになったのだ。
「だからって、お弁当は……」
「疲れが取れて、栄養も取れて、なによりキャベツを大量に消費出来るメニュー。時間をかけるのは当然だ」
「いや、美味しいですよ。美味しいのは認めますけど、少しは手伝ってくださいよ! 正直、手詰まりなんです。交渉材料くらい、一緒に考えてください!」
魔導資格持ちの教師は少ない。
また、天魔付属では、顧問をすることは必須ではない。伝統ある部活だろうと、成績を残す部活だろうと、存続のために顧問を強制させることはない。
だから、魔導科の名門であるのに、天魔付属には魔導系競技の部活が少ないのだ。
「顧問なら心当たりが出来た。月曜にでも動くから、相談はその後な」
「心当たり……って、あるなら最初っから出してくださいよ!!」
「出来たのは今日の、今朝だ。情報源は胡散臭いジジイだが、信用は出来る。だから待ってろ」
「胡散臭いのに信用出来るって、矛盾してません?」
悠太は、ふんっと鼻を鳴らした。
「してない。この程度で騙すよりも、貸しを作った方が得が大きいからな。あと魔導師は胡散臭い方が優秀だぞ。酸いも甘いも噛み分けたか、頭が良い証拠だからな。逆に感情的なヤツは注意しろ。善性悪性問わず、よかれと思って暴走するから」
「いやいや、ひねくれすぎでしょ。何があったって言うんですか」
「俺が動く案件ってのは、感情的になったヤツがよかれと思って行動して、準備もしてないから当然のように失敗して、暴走して手に負えなくなったナニカの後始末がほとんどだ。牧野先輩のアレがヤバい方向に吹っ切れたって言えば想像つくか? その想像程度なら難易度ベリーイージーだからな」
この場にいる誰もが目を逸らした。
大なり小なり、魔導世界の闇を知っているからだ。
「まあ、顧問は俺に任せとけ。胡散臭い教師に心当たりがあるからな。多分、大丈夫だろう」
「分かりました。パイセンを信じて、書類の準備を進めときます」
出汁の効いたロールキャベツに、成美は腹立たしさを覚えるのだった。
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