枯れ木の感性
「はぁー、剣聖さん達は同じ部活なんですね」
「まだ非公式ですが。そちらは、天魔大のゼミ仲間なんですね。何の研究を。あと、剣聖ではなく悠太で結構です。南雲だと、そこの従兄妹とかぶるので」
「なら、俺はカッキーとかでいいですよ」
大男――カキザキは、積極的に悠太に話しかける。
悠太は気楽に応じるが、交流しているのは二人だけだ。
「なら、カキザキさんで」
「あやー、好感度が足りませんか。残念。研究はですね、結界を電子技術で制御するって感じです」
「もしかして、魔導戦技に参加したのは研究関連ですか? やけに練度が高かったので、プロ志望かもと思ったのですが……」
「俺は一応、魔導省志望ですけどね。でも他の二人は違いますよ。マキ先輩は研究職志望で、教授から目をかけられるほど優秀です」
マキ先輩と話題にされると、悠太を妖怪と呼んだ女性が身を竦ませた。
「あと一人は、引きこもり予備軍の廃人です」
「不本意」
廃人と呼ばれた残る一人は、カキザキの頭をはたいた。
「狙撃手の方ですね。戦略魔法を隠れ蓑に急所に狙撃したのは、実に見事でした」
「……実に不本意」
悠太は本心から称賛をしたのだが、皮肉にしか聞こえなかったらしい。
「あなた、何? 頭がおかしいの?」
「だから、妖怪なんだよ!? 首だけになっても殺す飛頭蛮の亜種なんだよ!!」
「ヒドいですね、俺は人間ですよ。年齢も見た目通りなので、古種でもありません」
マキの言い分にむっとする悠太。
不満を感じ取ったマキは、びくりとしながらも、考えを曲げない。
「でも、人間は首になってまで殺そうとしないじゃん! あと殺されたのに何も感じてないとか絶対におかしい! 人間だって言うならもっと人間らしくすればいいじゃん!!」
「そう、言われても……困りますね」
顎に手を当てて考え込む姿は、とても人間的であった。
「個人的には、フーに斬られた時点で負けを認めてはいたんです。でも、あの程度で諦めると剣聖の名が捨てれてしまうので、仕方なく? あと、勝ち負けのために剣を振ってるわけではないので。最弱と言えど剣聖に届いた技巧に対しては、どうしても畏敬の念が勝るんです」
「うう、う……意味不明だけど、割と筋が通ってる理論。人間っぽい……」
「いや、無機質すぎる。普通の人間はここまで合理的になれない」
「ちょい待て、人の兄貴に何好き勝手言ってんのよ」
殺してやると言わんばかりに、廃人をにらみつけるフレデリカ。
だが廃人も負けじと、フレデリカをにらみ返す。
「好き勝手も何も、事実」
「事実なら何でも言って良いとでも? 廃人ってもの妥当な評価ね。合理的合理的うるさいのも、普通の人間関係が結べないからよね? おまけに言ってることも全然合理的じゃないし。むしろ子供っぽくて感情的よね、行動も表現方法も」
「は?」
一気に険悪になり、無言のままにらみ合いを続ける。
悠太はまるで気にしていないが、悠太以外の四人は居心地悪そうにする。
「パイセン、止めなくて良いんですか、あれ?」
「別に、剣や銃を抜いてるわけじゃないし。そもそも武人ってのは大なり小なり血の気が多いからな。この程度はガス抜きになる」
「なんかドライと言うか……枯れてますね。パイセンのそういうとこ、嫌いです」
言葉と同時に、侮蔑の視線を浴びせる成美。
ライカは少しだけ口を開けてから閉じ、成美を窘めることにした。
「成美ちゃん、ダメだよ」
「いえ、ライカ先輩も聞いてください。あたしだって相手を称賛するなとか、絶対にケンカを止めろとかは言わないです。ただ、もっと感情的になっても良いんじゃないかって、言いたいんです。ぶっちゃけ、枯れてるところは慣れましたけど、でも納得出来るかは別です」
唇を尖らせて、不平不満を表現する。
ライカは否定しなかった。否定することが出来なかった。
「つまり、どうしろと?」
「もっと他人に興味を持ってください! 特に負けたって思ってるなら、悔しいって表現してください! これじゃあ、パイセンに負けた人達や、何も出来なくて負けたあたし達がバカみたいじゃないですか!?」
「……悔しい、悔しいか……」
テストで難問を前にした時のように、思い詰める悠太。
理解出来ないわけではないが、剣に関しては遠い感情のようだ。
「まさか、理解出来ないとか言いませんよね?」
「剣以外なら、思うことはあるな。フーとゲームして負けたときとか。でも、剣はな……剣聖、というよりは理に至った時点でズレたからな……」
遠い目をしながら語る。
成美には、その目に大きく不満を抱いた。
「理って、悟りか何かですか? さとり世代とか抜かしちゃうつもりですか?」
「まあ、似たようなものだな。師匠や姉弟子も、理に触れると世界が変わったらしいから」
「いや否定してくださいよ。冗談ですよ冗談」
「残念ながら、冗談じゃないぞ。そもそも武仙流は平たく言えば、悟りを開いた上で我を極める思想だ。求道思想に属するのも、本質が武ではなく世界の捉え方に重点をいているからだしな」
突如として始まった、流派の解説。
はぐらかされたような気がする成美だが、悠太は真剣である。
「…………――フーカ先輩、お忙しいところ済みません。パイセンがバグりました」
「残念ながら正常だし、ピンからキリまでマジ情報よ」
「えー……、剣なのにうさんくさい宗教が入るんですか……」
「別に珍しくないわよ。有名な所では剣禅一如があるわ。剣術は身体的な修行だし、生死を賭した戦いは精神の修練になる。いわゆる苦行に近いけど、剣で強くなるには自己の制御が必須なの。で、その果てにあるのが無念無想。これは禅で目指す境地でもあるのよ」
「なるほどー、勉強になります」
解説が終わると、またにらみ合いに戻るフレデリカ。
アレのどこが精神的な修行を積んだのやらと思わなくもないが、成美は何も言わなかった。
「じゃあ、パイセンは悟ったから枯れたってことでオケー?」
「半分はそうだな」
答えながら、悠太は持ってきたお重を取り出した。
包みを解くと、四段のお重をテーブルに並べていく。
「そんなことよりも、そろそろ食べないか? 昼じゃなくておやつの時間になるぞ」
「誤魔化さないでください。残り半分は何なんですか? あと配るのでお皿とお箸を貸してください」
昼食にすることに異論はないようだ。
「残りと言ってもな。俺は元々、人を斬るために剣を学んでないんだよ。語弊を畏れずに言えばただの趣味。剣聖の域に至ったから実用性が出てるけど、本質は違う」
「……まあ、今日の所はそれでいいです。納得というか、それっぽいですし」
「うん、私も同感。南雲くんは、もっとこう、違うところを見てる気がする」
「ですです。そのこっちを見てないで枯れてる所が嫌いなんですが、まあパイセンの個性ってヤツですね。――話が変わりますが、キャベツ、多くないですか?」
お重のうち、一段はおにぎり。
かやくご飯のようで細かく刻んだ肉と野菜がある。もちろん、キャベツも。
他の段はおかず。ロールキャベツが敷き詰められた段や、野菜炒めでいっぱいの段。酢の物やお新香、佃煮などがバランス良く配置された段など、一段ごとに個性溢れたお重だ。
だが、キャベツのない段は、どこにもなかった。
「キャベツが余って困ってたんだ。今日の弁当のおかげで、ようやく消費しきったくらいだから、遠慮なく食べて良いぞ」
「素直に喜べない情報ですね。でも美味しそうなのでいただきます。ライカ先輩はどれ食べます? あたし取り分けますよ」
「そう? じゃあ、おにぎりとロールキャベツと、きんぴらを」
「はーい、わかりましたー」
一番の年下だから、給仕に徹する成美。
ただ悠太の分には手を出そうとしないので、自分で取り分けた。
「フー、いい加減にしないと俺は晩飯を作らないぞ」
「………………休戦にしましょう」
「分かった」
悠太の脅しに屈したフレデリカ。
その姿に多少は溜飲が下がったようで、廃人も同意するのだった。
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