剣魔一体
「念のために聞くけど、そのなんちゃって剣術のままで良いの?」
「なんちゃってとは何だ。警視流の木太刀形と立居合を元に真面目に編纂した、神道無念流レプリカだ」
「……それ、なんちゃってと同義よ」
警視流とは、明治時代に警視庁で成立した流派。
木太刀形は一〇の流派、立居合は五つの流派から一つずつ技を取り構成されてる。
悠太の言う神道無念流も、警視流に組み込まれた流派である。
「響きが悪いからヤダ」
「ぶっちゃけるけど、神道無念流は無駄でしょ。武仙流とか剣聖とか抜きにして、兄貴が人斬り剣術に興味あるとは思えないんだけど」
「人斬りの技に興味ないのはそうだけど、神道無念流って型が綺麗でね。前に見せてもらって『ああ、美しいな』って。だから時間見付けて真面目に編纂してる」
「つまり趣味と? 武仙流が人生で、趣味がなんちゃって剣術。改めて思うけど、頭悪いでしょ。成績も悪いし――そうだった。授業について行けてる? 勉強くらい見てあげるけど、赤点はやめてよね」
「予習復習はしてるから、赤点だけはないと思うぞ」
趣味で編纂したなんちゃって剣術でも、悠太は剣聖。
フレデリカは踏み込む隙を見いだせずにいた。
「いつも通り先手を譲るつもりだったが、俺から動くか?」
「冗談。剣聖に先手なんて譲ったら、勝てるわけないでしょ」
一足一刀。
間合いは広いが一つの型しかない太刀は、当然のように防がれる。
「バレット、リピートハンドレッド」
故に、フレデリカは型に魔導術式を組み込んでいた。
最も普及したマクロ術式ではない。威力と射程を削り、発動速度と発射速度を高めた虚仮威し。だが、剣魔一体と呼ぶべき境地に達していた。
「見事だ。去年の大会は剣と魔導がチグハグで負けたからな。よく改善し、よく隠し通したな」
「おいどこが剣術だ。棒術の術理でしょそれ。しかも素手の間合いで斬るとか理不尽じゃないの」
一〇〇の呪弾には、逃げ道があった。
使用者であるフレデリカの付近だ。本来はバレットから逃れるために距離を取らせ、さらに追撃する予定だったが、悠太が超近接戦を仕掛け目論見が外れてしまう。
「や、だって、両手使うし。そもそも持ち方が棒術に似てるし。素手の間合いは剣の欠点だし。そもそも趣味だから思いっきり趣味に走った結果だ」
「ふざけんじゃねえクソ兄貴」
待機させていたバレットを射出し、悠太を引き剥がす。
脇腹の傷は浅く、痛みに耐えるように息を吐く。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
悠太とフレデリカを遮るように、火界咒が燃えさかる。
「エフェクト・バレット。リピートハンドレッド」
斬り払われるよりも早く、火界咒は数多の呪弾へと収斂する。
一足一刀と同時に使用された虚仮威しではない。人を殺傷するに充分な威力を秘めた呪弾だ。
「オン・アニヤチ・マリシエイ・ソワカ、オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ」
摩利支天の隠形と、韋駄天の身体強化。
さらに燃える呪弾の一つを刃へと纏わせた。
「大分派手になったが、無駄が過ぎる。特に剣に火を纏わせたところで、俺相手には意味ないぞ。盾も鎧も魔導障壁もないからな」
「攻撃力過多かどうかは、自分で確かめなさいよ!」
再びの一足一刀。
先ほどと同じように防いだが、今度は大きく退いた。
「――熱っ!」
「カッコつけで手なんて添えるからだバーカ!」
攻撃力過多でも炎を纏わせたのは、刀身と左手を熱するため。
距離が開いたところで、火界咒の呪弾で追撃を仕掛ける。雨のように降り注ぐ呪弾の中、悠太は氷の上を滑るように下がっていく。
「……言葉遣いが汚いぞ。もうちょっと理性を保て」
「うっさいバーカ! 渾身の技を煤汚れただけで終わらせるなバーカ! バーカ!!」
「台無しだ、まったく。素直に褒められないだろう」
左手を添えたままの切っ先を後方に置き、右半身を前に出した。
剣を握っているとは思えないほどリラックスした風体。剣さえなければ、突っ立っているようにしか見えないそれは、構えであった。
「神道無念流の立居合。兄貴が一目惚れした、美しい構えだっけ?」
「まったくもってその通り。これなら、熱さで乱れることもない」
下がっていた腕を、ゆっくりとした動作で上部へと持ち上げる。
下を向いていた刃は天を向き、頭よりも高い位置でピタリと止まる。
「立居合の術理なら理解してるわ。左手の支えを利用して力を溜めて、デコピンの要領で威力を増す。持ち上げるときに柄を握る右手の位置をずらして、間合いを伸ばす。最後に短刀術なんかの跳躍切りでさらに間合いを伸ばす。初見なら見切れないでしょうけど、わたしがどれだけイメトレしたと思ってんの?」
「勉強しているようで何よりだが……フーの欠点はそこだ。分かりやすく教えてやるから、かかってこい」
じりじり、じじりじり、じりじじり。
フレデリカは細心の注意を払いながら、間合いを測る。
半歩、四半歩進める毎に、首や腕が斬り飛ばされる光景を幻視する。まだ間合いに入っていないと理解しても、心を恐怖する。自身を鼓舞するように呼吸を整え、さらに歩を進める。
そして、全身の毛が逆立つ地点に到達した。
一定の力量に達した武人でなければ感じない、空気がドロリと粘つく感覚。最弱の剣聖、南雲悠太の間合いか否かの境である。
「――――っ!?」
一呼吸もなく、結果が出た。
右腕を深く斬らたフレデリカが、悠太の間合いの内側で蹲る。
「活殺自在、緩急自在、伸縮自在。奥伝級であれば、この程度は自由自在。対して、未熟なものは型通りの動きしかできない。もしくは、型通りに動いた方がマシ、程度の動きしかできない」
「……なん、で? 見切った、はずなのに……?」
「これが伸縮自在の域だ。跳躍も、柄の移動もしなかった程度の簡単なものだが、見事に騙されただろう? 代わりに威力が落ちたが、人体なんて刃で触れれば斬れるもの。それを理解し、見極め、選択する。お前は不器用で型通り、額面通りのスペックしか見えていないのが欠点だ。が、そこを突破すれば化ける。時間をかけていいから、型を崩してもっとラフに動けるように考えろ」
「ああ、そう……」
ゆっくりと立ち上がるが、深く斬られた右腕は力が思うように入らない。
左右を入れ替えて、上段に構える。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン、バレット、リピートハンドレッド」
火界咒が、二人の周囲を焼く。
熱と光で視界を歪ませ上で、呪弾が降り注ぐ。どこに撃つかを予想させないため、自分諸共に、ランダムに弾雨を落とす。
悠太は被弾を嫌うが、火界咒で回避ルートが制限される。
回避しきれない呪弾を斬り払い、フレデリカは動いた。
「シャアアアァァァ――ッッ!!」
「ぬっ――?」
悠太の剣が、右腕と共に空を舞う。
自身が何を成したのか、実感が伴わず放心する。だが、身体に染みついた経験と反復が、追撃を選択する。
「絶招・虚空」
されど、経験と反復は悠太の方が上。
左の指二本が、フレデリカの心臓を突く。
糸が切れたように、どさり、とうつ伏せに落ちた。
「……本当に、強くなったな。火界咒の熱で視界を揺らぎを、隠形で肉眼を、観の目の呪力感知もバレットと火界咒の物量で機能しない。おかげで腕を斬られて、反射的に絶招を使った」
「……絶招、素手で祓魔剣を……いや、アバターとの繋がりが……断流剣の方? 未完成って言ってなかったっけ……」
「呪力や術式を斬るのはできる。ただ、流体斬りや流しが全く。片手落ちってやつだ」
心臓から、アバターが崩れていく。
「一矢報いたってことで、いい?」
「ああ、もちろん。晩ご飯は好きなものを作ってやろう。キャベツも使い切ったし」
右腕は消失し、残っていた剣を取る。
軽く振り、片腕になって変化したバランスを確認する。
調整が終わると、フレデリカのアバターは完全に消失していた。
「そろそろ、始めない? 俺はいつでもいいぞ」
取り囲む気配は、約五〇。
弟子の成長を感じ、高揚した気分のまま、悠太の獰猛に歯を剥き出しにした。
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