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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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不運な人

 南雲フレデリカは憤っていた。


(バトルロワイヤルなのに、な~んで、誰とも遭わないのよ!)


 理由はいくつかある。

 一つ目は、初期位置。フレデリカが出現したのは、中心部から最も離れた地点だった。

 時間経過でフィールドが縮小する性質上、参加者は中心部へと移動する。悠太のように縮小することを知らなければ別だが、わざわざフィールドの端に移動する者はいない。


(やっぱり、移動速度の問題? でも、呪力視と観の目を併用すると、処理負担がなぁ。歩きながら使えるようになるのも時間かかったし、今後の課題ってやつね)


 二つ目は、歩みの遅さ。

 てくてく、てくてく、てくてく、と。

 時速約二キロ。平均的な徒歩速度よりも遅い歩みは、フレデリカの万全の備えでもある。


(この狙撃、鬱陶しいけど、それ以上に惜しいのよね。砲身、照準、推進力、弾丸――全部を魔導で再現しているから町長距離精密連射なんて頭のおかしいことしてるけど――弾丸くらい物質にしなさいよ。呪力視してるから丸見えじゃないの)


 都合、二四発。

 悠太でさえ逸らすので精一杯だった狙撃を、全て回避している。


(わたし狙う以外でも近く音がしてるし、この辺の参加者は全滅してるとか? ……戦わないで目標達成手のも、気持ち悪いわね。隠れてやり過ごすって名目なら別だけど、今日は違うし)


 三つ目は、参加者の減少。

 移動の遅さが災いし、接敵する前に退場しているのだが、狙撃だけではない。

 一番の要因は、悠太だ。フレデリカが中心付近に移動する頃には、一人で二〇人以上を殺している上、徒党を組むように促している。特に後者が致命的だった。


「あなたもしかして、人のことをバカスカ撃ってきたスナイパーさん? なんで出てきてるの?」


「あなたに提案がある」


 短杖を手にした、二〇歳ほどの女性である。

 フレデリカは剣の柄に手をかけた。


「一人で二〇人以上を倒した化け物がいる。倒すのには人手がいる、手を貸して欲しい」


 化け物、兄貴か。

 反射的に連想し、思考をいったん止める。

 悠太、というか剣聖が化け物であることに異論はない。だが悠太は最弱の剣聖、化け物の中では下の下である。限りなく〇に近いが、悠太でない可能性もあるのだ。


「化け物ってだけじゃ、どんなのか予想付かないんだけど?」


「……多分、剣士。呪力はないけど、……頭おかしい。一〇〇メートルの落下を加速に使ったり、狙撃しても逸らされたり、魔導を斬ったり……何あれ、本当に人間?」


 やっぱり兄貴だった。

 それ以外に何も浮かばないフレデリカであった。


「あー……うん、化け物ね、確かに」


「そう……頭おかしい化け物。だから、五〇人くらいのチームになった。あなたも、どう?」


「なるほど。強調しないならたこ殴りにする、と。なかなか上手い手ね。――もちろん、協力しないわ」


 悠太と敵対するから、ではない。

 たこ殴りにするくらいなら、たこ殴りにしてやるという反骨精神からだ。


「そんなことは、しない。化け物との戦闘が終わるまで、こっちに干渉しないなら。だから――」


「なら、質問。わたしよりも呪力が多い女の子と、無駄に騒がしくてテンション高い女の子、歳はどっちもわたしと同じくらいだけど、そっちにいる? いるなら考えるけど」


「…………いない。どっちも撃ったから」


「じゃあ、なし。わたしが手を組んでるのは、その子達だから」


 ライカと成美のことである。

 ちなみに、フレデリカが悠太と共闘するのは、悠太以上の化け物が相手の時だけだ。


「ところで話は変わるけど、自分がピンチだって分かってる? 撃たれた恨み、けっこうあるのよ」


「…………要求は」


 短杖の女は、フレデリカが何か言いたいことを理解した。


「単純よ。兄貴と一騎打ちするから、邪魔しないで。漁夫の利とかされたら、採算度外視でメチャクチャにしてやるから、覚悟するように」


 一流魔導師の一〇倍にも届く呪力を、殺気と合わせて解き放つ。

 悠太と比較すると凡庸に見えるが、フレデリカは現時点でプロ。それも、火界咒と剣術という、戦闘に特化した魔導剣士。大規模な破壊術式を発動するまでの時間を、自力で稼ぐことができる実力もある。

 短杖の女は、一筋の汗が垂れるのを感じた。


「兄貴とは、誰?」


「行間で分からない? あなた達が化け物って呼んでる人よ」


 目尻が忌々しげに動いたのを、フレデリカは見逃さなかった。


「合理的じゃない。勝ちたいなら、手を組むべき」


「感情論で動いてんだから当然じゃない。あと、勝ちたいんじゃないの。挑みたいのよ」


 フレデリカの知覚範囲に、悠太が足を踏み入れた。

 移動速度は、時速約三キロメートル。誘うような速さで歩いている。


「理解出来ない……」


「武人として見れば、魔導戦技は良くできたシステムよ。何度殺されても死なない安全な世界で、安全に死ぬまで戦えるなんて、現実で得られない経験よ。……なのに、今日のわたしは一度も戦ってないの。HPもMPも消費してない万全の状態で、目の前には強力なボスがいる。なら、挑むしかないでしょ」


 短杖の女は、眉間の皺を深くする。


「理解出来ない……」


「理解してもらわなくても結構だし、合理的に考えるならわたしの提案に乗るのが一番よ」


 相手を必ずしも理解する必要はないが、戦いにおいては理解した方が勝率が上がる。

 例えば、相手が修めている魔導が分かれば、どんな攻撃をするかが予測出来る。相手がどんな基準で判断をしているかが分かれば、どんな言葉で共感を得られるかが分かる。

 少なくともフレデリカは、短杖の女相手にそれをしていた。


「まず第一に、わたしと戦うのは無駄よ。手傷を負うのはもちろん、負わなくても無駄な呪力を使うわ」


「倒されて困るとは限らない」


「いや、困るでしょ。一キロオーバーの狙撃を成功させる腕があるし、今だって半径五〇〇メートルの範囲に砲門を五つ準備してる。充分に一流の魔導師よ。あえて難点を指摘するなら、対人戦に特化しすぎてて魔導災害への対処が難しいことと、呪力と術式のみの狙撃だから呪力視が使える武人には見切られやすいってところね。現に、わたしは一発も当たってない」


 表情は変わらないが、眉間の皺がより深くなった。


「沈黙は肯定と受け取るわ」


「……仮に、そうだとして、その程度では」


「こんなのは前座よ。本命は残りの二つ」


 フレデリカは両手でピースサインをした。

 短杖の女の目尻がつり上がる。


「わたしと兄貴が戦えば、兄貴の戦い方を観察出来る。そして兄貴にダメージを与えれば、そっちが有利になる。――ね、得しかないでしょ?」


 遊ばれた。

 手のひらの上で転がされた。

 胸中に悔しさが渦巻くが、合理性を重視する女には敵対する理由はない。

 短杖を強く握りしめ、答えを出そうとする。


「意外だな。まさかそっちに協力するなんて」


「するわけないじゃない。現実ならともかく、ただのお遊びよ? 信条を曲げる気はないわ」


 答えを出す前に、悠太は到着した。

 フレデリカの視界にも意識にも、女の居場所はなくなった。

 それは悠太も同じである。


「嬉しいような、寂しいような、複雑な気分だ。プロを目指すなら初対面の人とも手を取らないとダメだぞ。利害が一致してるならなおさらに」


「わたしの師匠は兄貴よ? 遊びとか趣味に全力になるのは当然でしょ」


 二人が剣を向け合う前に、短杖を握りしめたまま、女はその場から離れる。

 いや、逃げ出した、と言うべきだろう。

 悠太の化け物ぶりは、存分に見た。呪力と殺気を浴びたことで、フレデリカの規格外ぶりを実感した。


「………………っ」


 対人戦に特化しているはずの自分の魔導が通じない相手。

 これから戦わねばらない化け物から逃げながら、女は短杖を握りしめた。

お読みいただきありがとうございます。


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